第177回:竹宮ゆゆこさん

作家の読書道 第177回:竹宮ゆゆこさん

『とらドラ!』『ゴールデンタイム』などのライトノベル作品で人気を集め、5月に〈新潮文庫nex〉から刊行された『砕け散るところを見せてあげる』も大変評判となった竹宮ゆゆこさん。無力ながらも懸命に前に進もうとする若者たちの姿を時にコミカルに、時に切なく描き出す作風は、どんな読書体験から生まれたのでしょう。インタビュー中に、突如気づきを得た様子も含めてお届けします。

その5「浄化を助けてくれた本」 (5/6)

  • 君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)
  • 『君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)』
    津村 記久子
    筑摩書房
    626円(税込)
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  • ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)
  • 『ミュージック・ブレス・ユー!! (角川文庫)』
    津村 記久子
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    555円(税込)
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  • ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)
  • 『ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)』
    古川 日出男
    文藝春秋
    691円(税込)
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――働き始めてから、読書生活は変わりましたか。

竹宮:給料泥棒をしながら解毒、浄化を進めていました。で、その頃に実家を出たんですが、その時に「この本は大事だ、持っていかなきゃ」と思った本のメンツとか、その後も浄化のプロセスを生き延びた大事な本があって。絲山秋子さんの『海の仙人』、『袋小路の男』、『ばかもの』、津村記久子さんの『君は永遠にそいつらより若い』、『ミュージック・ブレス・ユー!!』、長嶋有さんの『ジャージの二人』、『パラレル』、そして本谷有希子さん...。古川日出男さんの『ベルカ、吠えないのか』も実家を出る時に持って出た本ですね。衝撃的に「この本はいいものだ」って、すごく特別感があって、「この本を実家に置いて出られないな」と思いました。
絲山さんの作品って、改めて言葉にすると表層的なことしか言えないんですけれど、あまり感情を爆発させたりせず内でいて、あまり否定して弾き飛ばしたりしない。津村さんの作品もそうですけれど、毒にやられて治療中の私にとって、自分を否定されることがないのがよかったんですよ。それに絲山さんの書く男性も女性も、その視点となる人物と世界との距離感がクールというか。本当に格好良く思えるんですよ。現実ぽくて、ガチャガチャしてなくて......ああ、うまく表現できません。なんて残念な私のボキャブラリー...。
津村さんは絲山さんとは逆のところで好きなんです。絲山さんの作品を読むと、外から絲山ワールドが広がってきて「好きー」となるんですけれど、津村さんを読むと、身体の内側から津村ワールドが広がってきて「好きー」となるんです。絲山さんはスパッと切ったら骨ががらーんとありそうで、津村さんは切ったら血がどばーっと出てきそう。

――切るんですか。本谷さんはどうですか。

竹宮:本谷さんを切ると本谷さんが出てきそうな気がする。『ほんたにちゃん』、本当に好きです。『ぬるい毒』も好きです。本谷さんは本谷さんの自意識が面白い。でも、そう言われてみると、絲山さんや津村さんの本を読んでいる時は作者の自意識を楽しんでいることはないですね。
さきほど挙げた秋山瑞人さんは、切ったら秋山さんの文章が出てくる気がします。文章のリズム感とかがすごくて。『猫の地球儀』を読んだことが、ライトノベルを書こうと思ったきっかけになりました。ライトノベルって面白いなと思って。
ほかには森奈津子さんの『西城秀樹のおかげです』も「とりあえずいっぱい読んでおこう」という時期に読みましたね。安達哲さんの漫画の『さくらの唄』も話題になったのでこの頃に読みましたが、もしも高校生の頃に読んでいたら大変なことになっていた気がします。
宮部みゆきさんの『火車』と伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』は、言葉選びが難しいんですけれど、巧さに唸らされる。「巧さ」っていうと、すごく上から目線に聞こえますが、そういうことでは決してなくて、小説の完成度に圧倒されちゃった、という感じです。
それと、『海潮音』がありますね。小説を書き始めた頃に美文を求めて買ったのかな。買う時にすでに「このイメージを想起させる文章の繋がり、いい。これに影響を受けたい」と思った気がします。だから、ちゃんとした楽しみ方はできていないんですよ。『海潮音』を楽しんでいる人は、絶対に私の何百倍、何千倍っていう楽しみ方をしているんだろうな。私、言うなれば漫画の表紙を見るだけの楽しみ方しかしていないのかもしれない。『海潮音』を分かってあげられなくて、ごめんって気持ちです。『海潮音』は絶対すごいポテンシャルがあるのに。

――すごく申しわけなさそうに語ってますね(笑)。

竹宮:いや、私、うちに来た価値ある文学作品も、ちゃんとポテンシャルを活かせているのかなという疑念が常にあって。絲山さんとか津村さんとかも好きだ好きだと言ってはいるけれども、この私の能力が足りなくて絶対100%のポテンシャルには触れていないんですよ。自信がないです。

――ポテンシャルを活かすというのは、どういうことになるんでしょう。

竹宮:あまり国語の試験的な切り口になるのは好ましくないんですけれど、作品に書かれたことを正しく理解する。100%まで達せたら、100の次は101じゃなくて、もう無限大になる気がするんですよ。100%まで達せたら、生まれ変わるくらいのすごいことが起きるんだろうなっていうぐらい。なんか、すごいことを小説に期待しているんですよね、私は。

――さて、ゲームシナリオを書きながら小説も書いて、小説家デビューされるわけですよね。

竹宮:自分で正式にデビューと名乗っているのは、雑誌に小説が掲載された時なので、2004年です。文庫になるのはその後です。で、その頃にゲーム業界が以前ほどは景気よくなくなってきて、会社を辞めました。専業作家になりたかったという感じではなかったですね。でも私は小説を書くことでしかこの世に生きていく術がないと分かっていました。他の選択肢を選んでも破綻する、という実感は毒の時代からありましたから。全方向のドアが自分には閉じられる感覚がずっとあったんです。

――その後、解毒はいかがですか。

竹宮:実家を出たことがたぶん、大きな浄化の一段階でした。その時に絲山さんや津村さんや古川さんの本を持って出たんですよね。とか言いつつ、10年くらいしたら「あの時あれを浄化だと思っていたけれど、実は毒を溜めていたんだ」とか言っていそうではありますね。また違う種類の毒。たぶん、私はサブカルだからどうのとかモテないからどうの、ではなくて、毒を溜めていく毒ポケモンみたいな種類の人間なのかなって思います。自らをむしばむ毒だと分かっているのに摂取して溜め込んで、おかしくなっていくというような。

――でも読んだり書いたりすることで浄化されていくという。

竹宮:そうですね。リア充の人は「いろんなことがあって私は浄化されて変わったわ。その時に読んでいたのがこんな本」と言うんだと思いますが、私はそのメインの「いろんなこと」がなくて、「本を読んでいた」ということしかないんですよ。みなさんはどうですか?

――私も本を読んでいることがメインですねえ...。

――同席者1:僕、リア充とはほど遠い境界にいた人間なので...。

――同席者2:自分もリア充ではないです...。

竹宮:あっ...? 私、自分一人が毒を食べた可哀相な人間な気がしたんですけど、もしかして人それぞれなんでしょうか。私、街を歩いている時まわりの人をみて「みなさんさぞかしずっとキラキラして楽しく明るく軽やかに生きてきたんでしょ」って、浅はかに勝手に決めつけてきちゃったんですけれど、間違ってますよね、きっと...。なんか、今、重大な気づきがありましたよ、私。私、自分は何も特別なんかじゃなかったって気がついた。話しているうちに自我が拡張していって、でも、ああ、明日も生きていかなくちゃってところに収束した感覚があります、今。

  • 西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)
  • 『西城秀樹のおかげです (ハヤカワ文庫 JA)』
    森 奈津子
    早川書房
    756円(税込)
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