第178回:宮内悠介さん

作家の読書道 第178回:宮内悠介さん

デビュー作品集『盤上の夜』がいきなり直木賞の候補になり、日本SF大賞も受賞して一気に注目の的となった宮内悠介さん。その後も話題作を発表し続け、最近ではユーモアたっぷりの『スペース金融道』や、本格ミステリに挑んだ『月と太陽の盤』も発表。 理知的かつ繊細な世界観はどのようにして育まれたのか。読書の変遷をたどります。

その3「本格ミステリとドストエフスキー (3/6)

  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー
    新潮社
    907円(税込)
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  • 悪徳の栄え〈上〉 (河出文庫)
  • 『悪徳の栄え〈上〉 (河出文庫)』
    マルキ・ド サド,マルキ・ド・サド
    河出書房新社
    756円(税込)
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  • ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)』
    フィリップ・K・ディック
    早川書房
    1,015円(税込)
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  • ソラリス (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ソラリス (ハヤカワ文庫SF)』
    スタニスワフ・レム
    早川書房
    1,080円(税込)
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――高校時代の読書生活はいかがでしょうか。

宮内:話の通じる友達も多くできまして、そこでやっと子どもになれた気がします。また、本当の意味で本と巡り合ったのは、高校時代かもしれないです。
いつまでも虚弱な文化系ではまずかろうと、一念発起してスキー部に入りまして、その部活の友達から新本格ミステリを教わりました。綾辻行人さん、法月綸太郎さん、新本格というには遡りますが竹本健治さん、島田荘司さん......。そして、自分でもこういうものを書いてみたいと思いいたりました。隣のクラスでは本格ミステリの犯人当てが流行っていまして、それで、高校2年生の時だったと思いますが、犯人を当てたら学食のカレーをごちそうするよといって、私も書いてみたのです。それが私の最初の小説です。
新本格のいいところは、古典を踏まえているため、リファレンス的な機能がありますので、そこから古典のミステリを読んでみたりしました。入口が綾辻さんとか法月さんですから、エラリイ・クイーンですとか。
実際に書いてみると興味が広がるものでして、文学面では、ドストエフスキーとかマルキ・ド・サドとか、SF方面ではP・K・ディックとか、スタニスワフ・レムとかを読んでいた記憶があります。

――それぞれどのあたりの作品をお読みになったのですか。

宮内:ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』、サドは『悪徳の栄え』。後者は家族の本棚にあったのを見て、それが暗いオーラを放っていたので、これはきっと自分に必要なものだと思って盗み読みしました。いかにして子どもに本を読ませるかといった話がよく挙がりますが、ここに何かポイントがある気がします。「いいか、読むなよ。絶対に読むなよ」っていったほうが読むのではないかと(笑)。
ディックは最初が『ヴァリス』です。ちなみにアメリカのかたに『ヴァリス』と言ってもどうしても通じなかったことがありました。しばらく考えて『ヴェイリス』と言ったら通じました。あれはスペルが「VALIS」なんですよね。レムはなんだかんだで『ソラリスの陽のもとに』が好きです。

――プログラミングはやっていたんですか。

宮内:やっていました。昔持っていた8ビットコンピュータから、NECのPC98シリーズに乗り換えまして。ただ、興味の対象が小説に移ってしまったので、フラクタル図形を描いたりと、もう少し手遊び的なプログラムを組んでいた程度でした。

――プログラミングなどをやっていると、小説もやはり構成や仕掛けをきっちり組み立てたものに惹かれるんでしょうか。

宮内:私はソフトウェアを作るのが好きだったものですから、高3までずっと理系コースだったんです。昔の新本格とかですと「人間が書けていない」と批判を受けることもあったようですけれど、その文体が当時理系であった私にはぴたりとフィットしまして。余計なことをこそぎ落としているような気がしたのです。あるいは、私が感想文を書けないこととリンクしているかもしれません。

――密室ものが好きだったんですか。館ものとか。

宮内:館ものが大好きでして。先日実家に帰った折に当時書いていたものを発掘しまして「うわっ」と一人赤面したのですけれど(笑)、たとえば館の平面図がちゃんとあるのですが設定がめちゃくちゃな代物でしたり。
と同時に、不思議と、ドストエフスキーにもぴたりとハマったのです。私は早稲田の付属高校にいたので大学の学部の志望を出すのですけれど、それまでずっと情報工学を志望していたのを文学部に変えて、文転いたしました。その後SFの世界で見出していただいたので、もっと理系の勉強をしておけばと、その選択を少し悔んでいたりもします。ただ、理系に行ったら行ったでものぐさな私が卒業できていたかどうか(笑)。実験とレポートに追われて小説を書く時間がなかったかもしれませんし。

――じゃあ、その時にはもう、将来作家になろうとか、文学を勉強しようとかというはっきりとした意識が芽生えていたわけですよね。

宮内:はい。よくある無根拠な自信とともに。まだないジャンルを書きたかったです。当時好きだったのは綾辻行人さんとドストエフスキーだと考えてみると、おそらくその時に漠然と頭に描いていたのは、笠井潔さんの作品みたいなものかもしれません。たとえば矢吹駆シリーズは哲学的思想をモチーフにしていますよね。

――大学ではワセダミステリクラブに入っていたそうですね。どういう活動をされていたのですか。

宮内:もっぱら小説ばかり書いておりました。文学部へ行ったのは文学の基礎教養をつけたかったためで、ワセダミステリクラブに入ったのは、エンターテインメントの作法を身に着けたかったためです。代によってムラがあるのですが、私の代のあたりは実作する人が少なく、やや寂しかったです。次の学年で森晶麿さんが入ってきたので「来た!」と思ったのに1か月くらいでいなくなってしまって。だいたい実作系、書評系、読書系と、麻雀系などに分かれていましたか。

――そういえば麻雀、お強いそうですね。デビュー作『盤上の夜』でも麻雀の話がありますが。

宮内:強い時期もありました(笑)。祖母が麻雀好きでして、その祖母の手ほどきでおぼえました。小学生の頃には日本にいないですから、中1か中2の頃ですか。中3の受験勉強の頃には打っていた憶えがあります。家でやってもいい顔をされないので、友達と団地の屋上なんかでこっそり打っておりました。『盤上の夜』には囲碁、チェッカー、麻雀、将棋、古代チェスなどが登場しますが、そのなかで得意だといえるのが麻雀、好きだと言えるのが囲碁なんです。

――先日別のお仕事でお会いした時に、漫画家の日高トモキチさんを愛読されているとおっしゃっていましたよね。日高さんは前に麻雀漫画をお書きになっていて。

宮内:高校時代から読んでいる麻雀雑誌に連載していた日高さんの『パラダイス・ロスト』という漫画がとても好きだったのです。日高さんにはアンソロジー『SFスナイパー』に掲載された「アンビストマの大迷宮」という小説作品もあって、その文体の影響も受けています。もっともらしい文体で変なことが書かれておりまして。私のはともかくあれは傑作です。

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