第178回:宮内悠介さん

作家の読書道 第178回:宮内悠介さん

デビュー作品集『盤上の夜』がいきなり直木賞の候補になり、日本SF大賞も受賞して一気に注目の的となった宮内悠介さん。その後も話題作を発表し続け、最近ではユーモアたっぷりの『スペース金融道』や、本格ミステリに挑んだ『月と太陽の盤』も発表。 理知的かつ繊細な世界観はどのようにして育まれたのか。読書の変遷をたどります。

その6「SFでデビューを果たす」 (6/6)

  • NOVA 1---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫 お 20-1 書き下ろし日本SFコレクション)
  • 『NOVA 1---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫 お 20-1 書き下ろし日本SFコレクション)』
    伊藤 計劃,円城 塔,北野 勇作,小林 泰三,斉藤 直子,田中 哲弥,田中 啓文,飛 浩隆,藤田 雅矢,牧野 修,山本 弘
    河出書房新社
    1,026円(税込)
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  • 虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)
  • 『虚構機関―年刊日本SF傑作選 (創元SF文庫)』
    田中 哲弥
    東京創元社
    29,969円(税込)
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  • ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワ文庫JA)』
    宮内 悠介
    早川書房
    799円(税込)
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――「盤上の夜」で山田正紀賞を受賞されましたね。そんなタイミングでの受賞だったんですね。

宮内:ええ。創作の神様はぎりぎりを見極めるな、と先日、森晶麿さんとも話していたところでした(笑)。運がよかったです。とはいえ、デビューできたからといって本を3冊出してくれるような時代でもない。東京創元社の担当さんは「3冊出す」と言ってくれたんですけれど......。受賞してからは1年半くらいは貯金や退職金を切り崩しながら、背水の陣で。でもそこまでいくと腹も固まるもので、お金がなくなるまで書けるだけ書こうと思いまして、幸い本にまとめることができました。

――小説を書き始めた時はミステリで、デビューはSFだったわけですよね。

宮内:もともとプログラミングや宇宙論が大好きでしたし、作っていたのも人工知能もどきだったりと、自分の発想の根にはSF的なものがあると思っています。とはいえ、なぜSFレーベルからデビューしたのかと、その経緯を申しますと、10年くらい作家志望を続けているとやっぱり心が折れてくるものでして、書店の棚の背表紙を見ていても憂鬱になってしまう。小説というものに対してだんだんひねくれてきていたところ、友人の酒井貞道さんが「こんなものがあるよ」と見せてくれたのが、河出書房新社の大森望さん責任編集アンソロジー『NOVA』と、東京創元社さんの『年刊日本SF傑作選』だったのでした。読んでみたら収録されている作品のどれもこれもがとんがっている。昔、新本格にハマった頃の鮮烈な体験に近いものがありまして、そして『年刊日本SF傑作選』の最後のページを見たら原稿を募集していたので、初心に返って書いて見ようと思い立ったのです。それまで書いたものはことごとく1次選考で落ちていたんですが、この時はとんとんと、選考委員特別賞をいただけるまでいったのでした。

――しかも創元SF短編賞の第1回目だったんですよね。ちょうどそういう賞ができた時でよかった。

宮内:本当にそうです。特別賞をいただいたのが2010年、その短篇は2010年末のアンソロジーに掲載されまして、その後1冊の本にまとめてもらえたのが2012年の3月です。そんな次第でして、「なし崩し専業作家」として、幸い、今もやらせていただいています。

――その後、『NOVA5』に「スペース金融道」の短篇も掲載されて、大変話題になりましたよね。このたびタイトルもそれこそ『スペース金融道』という一冊の本にまとまりましたね。

宮内:一冊目の『盤上の夜』シリーズがまとまるよりも前に、表題作を含めて二作掲載いただきましたので、この『スペース金融道』が私のもうひとつの原点だと言えます。そういえば、2011年の忘年会で大森さんに「年明けまでにできる?」と訊かれて3日で書いたのが『NOVA7』に掲載された連作の二篇目、「スペース地獄篇」でした。まだ単行本が一冊も出ていなかったので、とにかく必死です。

――「スペース金融道」のシリーズはどんな生命体にも金を貸し、宇宙だろうと核融合炉だろうと相手を追いかけ奇想天外な方法で取り立てをする金融会社の2人組の話。『盤上の夜』を進める一方で、こんなコメディもお書きになっていたとは。

宮内:『盤上の夜』がシリアスな内容でしたので、ユーモアの方面も前面に出してみたいと考えた経緯があります。その「スペース金融道」を読んでくださった早川書房の編集さんから依頼をいただき、「SFマガジン」に書いたのが『ヨハネスブルグの天使たち』になります。

――毎回テイストが違いますよね。

宮内:毎回一緒でも面白くないですし、書きたい、またはやってみたいことが多すぎるもので。それをどういう順序で出していったら1作でも多く書かせてもらえるかと。そこに偶然も加わって『盤上の夜』、『ヨハネスブルグの天使たち』、『エクソダス症候群』、『アメリカ最後の実験』、『彼女がエスパーだったころ』、『スペース金融道』という並びになりました。『スペース金融道』はもう少し早いほうがよかったかもしれません。

――今、一日のサイクルは決まっていますか。

宮内:このところは喫茶店で仕事することが多いです。あんまり長居すると申しわけない気がして、1時間半に1回コーヒーを頼んで。書くデバイスはiPhoneであったりポメラであったり手書きであったり、バラバラです。

――最近どんな本を読んでいますか。

宮内:資料ばかりになっているのが悩みどころです。小説となると、親しい方の作品を挙げると縁故で選んでいるように思われそうですし、難しいところです。ただ、創元SF短編特別賞をいただいた時に、同時に同じ出版社の「ミステリーズ!」新人賞でも最終候補まで残ったのですが、その時に佳作に入った深緑野分さんが気になっておりまして、『戦場のコックたち』などは、それはもう楽しく読みました。創元SF短篇賞の同窓と言いますか、私が特別賞をいただいた時に『あがり』で受賞された松崎有理さんもいますし、佳作をとられた高山羽根子さんは少し前にようやく短篇集『うどん、キツネつきの』を出されたうえ、文学方面にも挑戦されていて楽しみに読んでいます。第2回受賞者の酉島伝法さんも文芸誌の「群像」に書かれたりと、それぞれのやりかたで活動されていてすごく楽しいです。最近では藤井太洋さんが『小説現代』に書かれていた小説もすごく面白かったですね。

――資料も精神医学史から経済学の本まで、その時執筆しているものによってジャンルがずいぶん変わりそうですね。

宮内:『あとは野となれ大和撫子』という長篇を『文芸カドカワ』さんで連載していた時は、中央アジア関係の資料を70冊くらい参照して、しかもちょうど必要な『ユーラシア・ブックレット』がなくなってしまうかもしれないという時期で慌てて買い占めに走りました。
これはアラルスタンという架空の国が舞台の話です。環境汚染で海が干上がったところに、ソビエト連邦崩壊のどさくさに紛れて、各国の被差別の民が集まってきて国を作ってしまった。それから時を経て、現代の主人公である日本人少女が、親の仕事でアラルスタンに来ていたところ、戦乱に巻き込まれて孤児になってしまう。そして後宮に拾われるのですが、そこは優秀な人材教育の場でもあってと、学園もののような雰囲気もあります。そして新たに内紛が起きて、根性のない男どもが逃げ出してしまい、議会も空っぽなので仕方なしに後宮ガールズたちが立ち上がる......。と、ここまでが第1話です。

――第1話がもう波乱万丈。面白そうですね。

宮内:これは連載も終わりまして、翌春にはまとまる予定です。その前に、光文社さんから――「ジャーロ」で連載していた『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』がちょうど発売になるところです(11/17発売)。これは碁盤師という碁盤を作る職人さんを探偵にすえたミステリの連作です。私としてははじめて本格的にミステリに挑戦したのもですので、どうぞよろしくお願いいたします。

(了)

  • うどん キツネつきの (創元SF文庫)
  • 『うどん キツネつきの (創元SF文庫)』
    高山 羽根子
    東京創元社
    1,015円(税込)
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  • 月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿
  • 『月と太陽の盤 碁盤師・吉井利仙の事件簿』
    宮内 悠介
    光文社
    1,728円(税込)
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