第201回:古内一絵さん

作家の読書道 第201回:古内一絵さん

映画会社に勤務したのち作家デビューを果たし、さまざまな舞台を選んで小説を執筆している古内一絵さん。ドラァグクイーンが身体にやさしい夜食を出してくれる「マカン・マラン」もいよいよ完結、今後の作品も楽しみなところ。では、どんな読書体験を経て、なぜ小説家へ転身を果たしたのか。その転機も含めて読書遍歴をおうかがいしました。

その5「名作を読みふけった時期」 (5/7)

  • ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)
  • 『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)』
    山田 詠美
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  • 吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)
  • 『吾輩は猫である〈上〉 (集英社文庫)』
    夏目 漱石
    集英社
    432円(税込)
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――では、どうして小説を書きたいと思われたのでしょうか。

古内:子どもの頃から本が好きで、もともと物語も書いていたので「作家になりたい」という気持ちはぼんやりあったと思います。高校生の時に100枚くらいの小説を書いて投稿もしましたし。それは文藝賞に応募したんですけれど、1次選考を通過したんです。それで満足しちゃったんですよ。もういいや、って。その時に受賞されたのが山田詠美さんの『ベッドタイムアイズ』でした。
それ以上やろうという気持ちにはならなくて、その後は全然書いていませんでしたが、ぼんやりと「小説書きたいな」という気持ちがありました。でも映画の仕事に夢中になって。「私は一生こうして会社の名刺を持って生きていくんだな」と思っていたんですね。
でも、入社した映画会社が、社長が亡くなって大手に営業譲渡されたんです。それまでの老舗映画会社は中小企業で、ブラックでしたけれど楽しかったんです。なんでもやれた。英語もできないのにいきなりカンヌに買い付けに行けって言われたりして、しかも買ってきた映画を宣伝から営業まで何もかも自分でやるんですよ。めちゃくちゃでしたし、だから駄目になったと思うんですけれど、やりがいがあった。プレスシートの映画のストーリーも毎回全部自分で書いていましたから、文章を書く点でも鍛えられていたと思います。
でも大手になったら分業制。全部「外注しちゃえ」みたいな感じで。社員が残業しないように、それが会社としては正しいのだと思いますが、だんだん「ここにいてこの後どうなるのかな」と。このままいくと中間管理職になって、現場の仕事も減っていって、結局売り上げ報告だけしているようになるなというのが見えて、それはあまり面白くないなと思えてきて。37歳くらいになって「また小説書きたいな」という気持ちが浮かんできたんです。

――で、書き始めた?

古内:いえ、書けないです。高校時代に100枚書いて以来、書いてないですから。自分の読書も全然足りてなかった。こんなんで作家になれるわけないじゃんと思って、そこから教科書で読んだことのある人の小説を全部読むことにしました。夏目漱石とか森鴎外、谷崎潤一郎、志賀直哉、芥川龍之介、川端康成とかを、どんどん読み始めました。そうしたらめちゃくちゃ面白かった。
『坊っちゃん』もちゃんと読むと、当時読んだ時と印象が違う。映画のイメージにひっぱられていたけれど、「松山の悪口しか書いてないじゃん」と気づくんです(笑)。夏目漱石は『吾輩は猫である』も『草枕』も『三四郎』も面白くて、『こころ』と『それから』はよく分からない、みたいな感じ。そのうち志賀直哉がすごく好きになり、『和解』を読んだ時に、赤ちゃんが亡くなるシーンにあまりにも迫力があって、電車で読みながらワーッと泣けて「ああ、志賀直哉、好き、大好き」って。川端康成も「こんなに文章のうまい人は世の中にいないんじゃないか」と思うんですけれど、書いてあることはもう、『山の音』なんて舅が嫁に欲情している描写に「おいおい」ですよね(笑)。映画だと山村聰さんのすごくいい印象があるのに。でもそんな最悪なことをきれいな文章で書けるってすごいよなと思いました。
あと好きだったのは井伏鱒二。『夜ふけと梅の花』とか、ちょっとユーモアのある『駅前旅館』とか。『黒い雨』になると全然違いますが、それも大好きです。林芙美子さんもすごいと思いながら読みましたね。島崎藤村は『破戒』は読めましたが、『夜明け前』はあまりに長くて挫折しました。太宰治の『もの思う葦』を読んだら、『夜明け前』のことを「そうめんやうどんを何杯も何杯も出すような小説を書きやがって」みたいな感じで書いていて、爆笑しました。太宰もすごく好きでした。

――一気にずいぶん読まれたんですね。

古内:ただ、明治とか大正とか昭和初期の作家は有名で分かるんですけれど、逆に新しい作家が分からないんですよ。大ベストセラーになるような人は分かっても、新しい作家は誰を読んだらいいのか分からない。その時に、「本の雑誌」を読み始めたんです。それで北上次郎さんのお薦めするものを読むようにしました。
なぜかというと、北上さんが他の雑誌で紹介していたオーソン・スコット・カード『消えた少年たち』とか、浅田次郎さんの作品を読んだらすごく面白かったんです。それでこの人の薦めるものは間違いないと思って、北上さんの「めったくた新刊ガイド」を読み始めて、そこで紹介されているものを素直に買っていきました。そうしたら本当に外れがなくて。特に若い新人作家さんの本がみんな面白かった。

――それらを読んでいる頃は、まだ小説は書かれていなかったんですね。

古内:まだ書いていませんでした。でも、42歳になった時についに早期退職の募集が始まったんです。在籍10年以上40歳以上の全員が、いわゆるリストラ勧告されたんですね。もちろん手を挙げなければ辞める必要はないんですけれど、私もその対象者だったんです。ちょうど20年勤務していました。で、「ああ、映画とお別れするのはここだな」って、本当に思って。退職金に上乗せがあるから、それを元手にして本気で小説を書いてみることにしました。その時はじめて、本気で小説を向き合うことにしたんです。
当時、めちゃくちゃ現役で働いていました。DVD制作室というところに移って「CSI:科学捜査班」という非常に売れていた海外テレビシリーズのプロデュースをやっていて、主演男優を来日させてプロモーションしたりしていたんです。だから会社側もまさか私が手を挙げるとは思っていなかったみたいで、すごく驚かれました。でも、いい後輩も育てたので、任せられるなと思ったし。ところが、この時に手を挙げたのは私一人だったという(笑)。

  • 夜ふけと梅の花・山椒魚 (講談社文芸文庫)
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