第202回:寺地はるなさん

作家の読書道 第202回:寺地はるなさん

婚約を破棄されどん底にいた女性が、ひょんなことから雑貨屋で働くことになって……あたかい再生の物語『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞、以来、現代人の心の沁みる小説を発表し続けている寺地はるなさん。幼い頃は親に隠れて本を読んでいたのだとか。読書家だけど小説家を目指していたわけではなかった寺地さんが小説を書き始めたきっかけは? 読むことによって得た違和感や感動が血肉となってきたと分かる読書道です。

その3「使わなくなった言葉、本の購入基準」 (3/7)

  • 放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)
  • 『放課後の音符(キイノート) (新潮文庫)』
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  • 蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)
  • 『蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)』
    山田 詠美
    新潮社
    562円(税込)
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――高校時代はどうでしょう。

寺地:高校1年生の時に、担任の先生がまあまあ本の話をしたがるというか、自分が読んで良かった本をものすごく生徒に推してくる先生だったんです。

――国語の先生だったのですか。

寺地:いえ、体育の先生です。珍しいですよね。いい先生で、三浦綾子の『塩狩峠』を強引に推して、夏休みの課題図書にするくらいで、それではじめて読みました。『塩狩峠』ももちろん良かったんですけれど、私は『泥流地帯』が衝撃的でした。
北海道の貧しい兄弟の話なんですけれど、弟のほうがすごく勉強ができるのに、貧しくてお金がないから賢い子たちが行ける学校にいけない。それで故郷の村で学校の先生になるんですけれど、噴火が起こって村全体が土砂に飲み込まれてしまうんです。兄弟は生き残るんですけれど、他の家族は死んでしまって。これは『続 泥流地帯』もあって、その災害から立ち直るまでも書かれるんです。つまり『泥流地帯』は災害に遭うところで終わりなんですよ。幼馴染みの女の子が女郎屋に売られたりして散々苦労して、辛い辛い辛いで、最後にめっちゃ辛いとなって終わるんです。すごく辛いんです。

――衝撃的だったというのは...。

寺地:自分が当たり前に「そういうものだ」と思っていたことでも「本当にそうなのか?」と気づかされるという、驚きがいっぱいあったんですね。たとえば、「日頃の行い」って言葉はある意味すごく残酷なことだっていうことがずっと書かれてある。災害に遭った後に、ちょっと被害が少なかった地域の人が、私たちは日頃の行いが良かったから家族も畑もあまり被害を受けずに無事だった、みたいなことを言っていて怒りをおぼえるシーンがあるんですけれど。何気なく使われる言葉だけれど、じゃあ、災害で死んだ人は日頃の行いが悪かったのかというと、全然そんなことじゃないですよね。だからこれを読んで、ああその通りだなと思って。それ以降、「日頃の行い」という言葉を使わなくなりました。

――ああ、本当にそうですよね。他に高校時代に読んで印象に残っているものは。

寺地:やっぱり山田詠美さんですね。聖書のように持ち歩いていました。とにかく文章がきれいだなと思って、もう暗唱できるくらいに読んでいました。高校生だったのでやっぱり『放課後の音符(キイノート)』とか、『風葬の教室』とか『蝶々の纏足』といった、学生のお話が多かったですね。

――ちなみに、高校生になってもまだ、親から隠れるように読んでいたのですか?

寺地:そうです。山田詠美さんは恋愛を書かれているから、「そんなの読んで」みたいに言われて馬鹿にされると思いましたし。

――高校を卒業されてからは。

寺地:ぶらぶらしていました(笑)。バイトしたり、パソコンの教室に通ったりして、20歳の時にようやく就職するんです。でも、まあ20年前の話ですが、給料がすごく安くて、月に10万円切るくらいしかもらえなかった。だからその頃、全然本も買ってないと思うんです。で図書館には行っていました。仕事を始めてからは、昼休みに本が読めるし、その頃には自分の部屋があったので、部屋で本が読めるので、それがちょっと嬉しかったですね。
その頃、図書館で偶然、姫野カオルコさんの本を借りたんです。『喪失記』でした。それがすっごく面白かったんですよ。それで姫野さんの本を読んでいたら、エッセイとかあとがきに「小説は儲からない」「本を買ってもらえないと次の本が出せない」みたいなことが書かれてあって、それで「あ、買わなきゃ駄目なんだ」と思って、そこから無理をしてでも本を買うようになりました。好きな作家の本が読めなくなったら自分が困るわと思って。

――いい話。

寺地:でも、だいぶ前に死んだ人が書いた本は借りて済ませてました(笑)。『嵐が丘』とか。でもそれも、買えば出版社や翻訳者の利益になるんですよね。今はもちろん買うようにしているんですけれど、当時は死んでいるか死んでいないかが、買うか買わないかの分かれ目みたいになっていて。

――本を買う前に著者の生存確認をするという(笑)。いまぱっと『嵐が丘』の書名が挙がったということは、面白かったということでしょうか。

寺地:そうですね。ヒースクリフやキャサリンについて、家政婦さんみたいな人が喋っているのを「私」が聞いているので、すごく変わった形式で書くなあと思って。そこが面白かったですね。でも海外の小説はそんなに読んでいないかもしれません。とりあえず有名なものは読んでおけ、くらいな感じで。

――その頃は作家を志していたわけではないですよね。有名なものを押さえておこうと思ったのは、名作なら外れがないと思ったからなのか、それとも教養として読んでおきたいと思ったからなのか...。

寺地:単純に、一般教養みたいな感じで読むものだと思っていました。高校生くらいの時から、自分のことをすごくあほなんやと思うようになってきて。だから知識を身に着けたいけれど、でも今からまた学校に行くのは無理かなと思い、だったら本とか読んでおこう、という。だから、みんな普通の人は『嵐が丘』を読んでいるだろうと思っていました。そういう有名なものを読んでおいたら、人とも話ができるやろ、くらいに思っていた気がしますね。

――では、他に読んだ海外の名作といいますと。

寺地:『ボヴァリー夫人』とか。なぜか『ロリータ』とか。ガイド的な人がいないから、書店で見つけるしかないんですよね。インターネットも今ほど使い勝手がよくなかった頃だし、田舎の書店って新潮文庫の棚はあるけれど他はあまりないところが多いので、その頃に読んだのは新潮文庫の割合がすごく多いですね。どういうのが面白いのか分からないので「なんとなく」とかタイトルが格好いいとかで選ぶしかなく、自分の好きなタイプの作家とか小説に会うのは遅かったです。川上弘美さんとか知ったのは20代後半でした。

――たまたま何かを読んでみて、いいなと思ったんですか?

寺地:そうですね。最初に読んだのが何かは忘れましたが、『センセイの鞄』とか、すごく好きでした。

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  • 『ボヴァリー夫人 (新潮文庫)』
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  • ロリータ (新潮文庫)
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