作家の読書道 第202回:寺地はるなさん

婚約を破棄されどん底にいた女性が、ひょんなことから雑貨屋で働くことになって……あたかい再生の物語『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞、以来、現代人の心の沁みる小説を発表し続けている寺地はるなさん。幼い頃は親に隠れて本を読んでいたのだとか。読書家だけど小説家を目指していたわけではなかった寺地さんが小説を書き始めたきっかけは? 読むことによって得た違和感や感動が血肉となってきたと分かる読書道です。

その1「親に隠れて本を読んでいた」 (1/7)

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  • 『完訳 オズの魔法使い 《オズの魔法使いシリーズ1》』
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  • 『完訳 オズのオズマ姫 《オズの魔法使いシリーズ3》』
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――いつも一番古い読書の記憶からおうかがいしているんです。

寺地:タイトルが覚束なかったのでいくつか持ってきたのですが(と、本を数冊取り出す)、幼稚園で毎月1冊絵本をもらっていたなかで、はっきり覚えているのがこのお話なんです。本自体は、あとから買ったものなんですけれど。

――アンデルセンの『お姫様と11人の王子』ですね。

寺地:お姫様に11人お兄さんあがいて、11人とも白鳥に姿を変えられてしまうんです。夜は人間に戻れるんですけれど。トゲのあるイラクサでマントを編んで全員に着せかけてあげたら魔法が解けるけれど、編み上げるまで口をきいてはいけないって言われるんです。子どもの頃に読んで、これはすごくかわいそうだなと思って。すごくきれいなお姫様なので、森でこっそり編んでいたら狩りに来た王様だか王子様だかが彼女をお城に連れて帰ってしまうんですよ。まだ編まないといけないのに。きれいだから連れて行かれてしまうなんて、きれいなのも大変だなって。みんなお兄さんたちが魔法にかけられていると知らないから、お姫様のことを「魔女だ」みたいに言い始めて、磔にされるギリギリのところで編み上げて魔法がとけてめでたしめでたしなんですが、「えー、大変」と思って、それが強烈に印象に残っているんです。

――素敵な物語を読んだ、という記憶ではなく、なにか納得できないものがあった、という記憶だったんですね。

寺地:そうなんです。『シンデレラ』もそうですけれど、お姫様が出てくる話ってだいたい「きれいだから」っていう理由で誰かが助けにきたりするので、「きれいだというのは重要条件なんだな」と思い、子どもながらに暗い気分になっていました。きれいじゃなかったら誰も助けにきてくれないし、靴を落としても探しにも来てくれないということが、お姫様の話を読んですごく気になっていました。
私は佐賀県の出身なんですけれど、わりと人の容姿について簡単に口に出す土地柄だったんです。結構きれいな人のことでも「あの人は口が大きすぎるけん、いかん」とか平気で言われる。4歳くらいの子どもだった私でも、普通に容姿をけなされたんです。だから 余計気になっていたのかもしれないですね。幼稚園の先生でも普通に「〇〇ちゃんは可愛いから」とか言っていました。

――へええ、それはきつそう...。

寺地:だから『オズの魔法使い』を読んだ時は、すごく新鮮でした。きれいだから幸せになれるということではなく、ドロシーの知恵や優しさにで話が展開していくから、すごく面白くて、すごく好きになりました。読んだのは小学校1年生くらいだったと思うんです。
何年か後にその続篇があるのを知って、どうしても読みたくて...。結局、最初の5作くらいしか読めなかったんですけれど、2巻目はドロシーが出てこなくて、3巻目の『オズのオズマ姫』でドロシーがまた帰ってくる。そこですごく格好いいなと思った場面があるんです。ラングイディア姫という、顔を30個持っていて、それを着替えるように自由にかえられる人が出てくるんです。1日中鏡張りの部屋で、「きれいやわあ、私」みたいな感じで過ごしているんですよ。その人がドロシーに「あんたの顔ちょうだい」「かわりに26番をあげるから」って言う。そこでドロシーが怒ってきっぱり言うんです。「私、お古はいただかないことにしてるんです。だから、今のでやっていきますわ」って。格好いいと思いました。その頃自分は、当たり前のようにお姉ちゃんや親戚のおさがりをもらっていた子どもだったので(笑)。
本は好きでした。ただ、うちの親って、本を読むのを嫌がったんですよ。本を読んでも嫌がるし、テレビを見ても嫌がるし、何をしても嫌がる。だから、おおっぴらに本を読めなかったんです。こそこそ読んでいました。

――ご両親は「勉強しなさい」っていいたかったのでしょうか。

寺地:小学生の頃は勉強はしてほしかったみたいですけれど、中学生くらいになって勉強しはじめたら「しなくていいよ」とか言い出して。へんな家族ですよね? どうしてだったのか、全然分からないんですよ。すみません、分からない話をしてしまって。

――いえいえ。じゃあ小説家になった時はどのような反応だったのか気になります。

寺地:それがまた怖いんですけれど、普通に喜んでいました(笑)。「あんた、本好きやったもんね」って。あんまり喜ぶから、私の記憶が間違っていたのかなと思ったくらいでした。

――へええ。ご兄弟はいらっしゃったのですか。その方たちは読書されていたのかなと思って。

寺地:兄と姉がいますが、本は読んでいませんでした。山奥に住んでいたしテレビも見せてもらえないから、図書館で借りてくる本くらいしか楽しみがないけれど、借りても親の前まではランドセルから出さないようにしていました。

――読む本は海外のお話が多かったのですか。

寺地:そうですね。もうちょっと大きくなってからだと、『ナルニア国ものがたり』とか、エンデの『はてしない物語』とかがすごく好きでした。
でも、5年生くらいではじめて、田辺聖子さんの本を読んだんです。それで内容にびっくりして。最初に読んだのが『言い寄る』だったんですよ。『言い寄る』『私的生活』『苺をつぶしながら』で三部作となっていますよね。その『言い寄る』の文庫を偶然手に入れて、読んでみたら出てくる男の人がちょっとクズみたいな感じで、それが衝撃で。これが大人の世界かと思って(笑)。

――作文や読書感想文など、文章を書くのは好きでしたか。お話を作ったりとか。

寺地:いや、好きでもなかったですけれど、書けなくて困るということもなかったように思います。空想は常にしていましたね。でも、それをわざわざ文字に残しておこうとは思わなかったですね。

――たとえば、どんな空想を?

寺地:自分じゃない誰かが生活している様子を、ずーっと考えるとか。私は今給食を食べているけれど、たとえばフランスに住んでいる私と同い年の女の子は何を食べてるんやろ、みたいなことを延々と考えていました。他に、後にお話を書くようになる要素があるとしたら、自分ではあまりたくさん本を買えないから、夏にやっている新潮文庫の100冊、みたいなものの目録というんでしょうか、あれを本屋でもらってきて、繰り返し読んでいたことですね。

――あらすじ紹介とかを繰り返し?

寺地:はい。それで「こういうお話かな」と想像していました。だから、自分ではすっかり読んだ気になっているけれど、その頃に想像しただけの本とかあると思います(笑)。映画なんかも、チラシを見てすごく想像する癖がありました。今はしないですけれど(笑)。想像の中ではなんでも起こるから、実際の映画を観て「あれ?」っていうこともありました。

――漫画も家では禁止だったのですか。

寺地:はい。でも友達の家で読めました。5年生の時に、同じクラスの男の子の家に遊びに行ったら「りぼん」がずらーっと並んでいたんです。そもそも漫画を見たことがなかったから「なんだこの素敵な本は」と思って。可愛い女の子の絵がいっぱい載っていて、レターセットとか、すごく素敵な付録がついていて。こんないいものがあるんやと思ったんですけれど、そのなかで一番好きだったのが岡田あーみんのギャグ漫画でした。

――『お父さんは心配症』とか?

寺地:そうそうそう、『お父さんは心配症』です! そこではじめてギャグ漫画を一気に摂取して。「りぼん」はどうしても欲しかったので、月に500円くらいのお小遣いのなかから買っていました。でもそれはさすがに分厚いので隠せず、親にばれましたね。まあ、ばれても馬鹿にされるだけなので、別にいいんですけれど。

――でも、親に馬鹿にされるって、心が折れますよね。

寺地:そうですよね。親って絶対的な存在だったので、そういう人に馬鹿にされるというのは悲しいことですよね。

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