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石井 英和の<<書評>>


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「きのうの空」
評価:A
戦後の日本人が歩んできた、あの日々への哀惜の念を、丁寧な職人技で一つ一つ時代を追って描き出してゆく。うまいものだと思う。が、その綺麗なまとめ方に疑問が出てくるのだ。理不尽かも知れない不満を持ってしまうのだ。いったい、こんな形の「素晴らしい出来上がりの小説」など、書く必要があるのだろうか?と。それが完璧な出来上がりを示せば示すほど、描かれた、触れれば血が吹き出すような人生への実感は、逆に我々から遠ざかって行ってしまうのではないのか?壁に飾られた「巨匠の御作品」として。なのに人は、例えば「珠玉」などという尊称を与え、伏し拝むことで、「それ」が遠くに行ってしまったが故に価値あるのだ、と信じ込もうとする。一体、「立派な小説を書く事」には、どれほどの意味があるのだろうか?作品を評価はするが、そんな疑問を持ってしまった。
【新潮社】
志水辰夫
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4103986034
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「錦絵双花伝」
評価:C
まだ読みはじめといえる28ペ−ジの、堂々たるご都合主義に圧倒され、後は、まさに才気煥発たる著者の筆に翻弄されるのみ。資料を元に別世界を創造するという意味で、時代小説もSFの一種と言えるだろう。さしずめこれは時代小説におけるスペ−スオペラか?いや、この「軽さ」は、例のヤングアダルトものと比べるべきか。ただ、読者の興味を引きつけ、次々にペ−ジをめくらせるための、例えば「お宝の奪い合い」といったシュチエ−ションが、冒頭にあまり明確に提示されていないので、前半は、読者が著者のはしゃぎっぷりに置いてきぼりになる感もあり。そして終幕に至り、妖怪変異大盤振る舞いの大サ−ビス。が、そうなるとどうしても山田風太郎の忍法物を想起してしまい、「あれに比べると」「二番煎じ」といった感想を持つ事になってしまうのだ。この路線は損だ。
【新潮社】
米村圭伍
本体 1,700円
2001/4
ISBN-4104304034
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「ミステリ・オペラ 宿命城殺人事件」
評価:C
夫の自殺の真相を追う妻の物語りに始まり、やがて小説は、時間と空間を自在に飛び回り始める。「南京事件」や満州国建国の秘話、甲骨文字・・・著者の築き上げた文学の大伽藍に圧倒される思いがした。が、物語が終盤に差しかかり、提示された謎への回答が示されだすと、こちらの気持ちは萎えて行ってしまう。組み上げられた謎の大伽藍に比して、差し出された回答は、なんだかひどく貧相に感じられたのだ。謎の解かれるカタルシスよりも幻滅がやって来てしまう。それは、著者が「語るテクニックの高度化」と引き換えに手に入れてしまった「語られるべきものの希薄化」に通底するものに思われるのだ。また、それ以前に「探偵小説でなくては」ではなく「SFでなくては語れない真実もあるんだぜ」なる惹句が帯に記される小説を、今こそ著者は書くべきではなかったのか?
【早川書房】
山田正紀
本体 2,300円
2001/4
ISBN-4152083441
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「ホテルカクタス」
評価:A
数ペ−ジおきに挿入される絵画に目を奪われ、その度にペ−ジを繰る手が止まった。読み進めてきた物語のイメ−ジを反芻しながら絵の世界に入り込み、小説と関係のあるようなないような幻想を弄び、また現実世界に戻っては残されたペ−ジを読み進む。そんな読み方をしてしまい、妙に読みおえるのに手間取った。それらの絵が小説世界にうまく溶け込んでいるせいなのか、それとも私好みの絵柄であるせいなのか。この作品への称賛のかなりの部分は、この画家に対して与えられるべきだろう。などと、いちいち付け加えてしまう私の性格は多分、作中の「数字の2」に似ている。初夏の風の吹き抜ける、居心地のよい部屋における午睡の夢の如くに淡い幻想物語が静かに立ち上がり、ほのかな感傷の気配を残して消え去ってゆく。心地良い。
【ビリケン出版】
江國香織
本体 1,500円
2001/4
ISBN-493902914X
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「蹲る骨」
評価:C
ヤニ色に古びたエジンバラの街の表情と、その背後に横たわるスコットランドの歴史が深い味わいを伝えてくる。渋い渋い展開で、事件発生の描写も地味。後はとにかく、延々と続く聞き込みのシ−ン。ペ−ジを半分以上めくったあたりでも事件の全貌は予感の域を出ず、主人公はまだ「だから俺たちは慎重に行動しなければならないんだ」などと言っている。人格者の読む小説、という気がするなあ。が、そんな前半の展開の渋さとの対比から、話の激しく動きはじめる物語終盤は、なんだか、やや品の下ったような印象になる。と言うか、軽薄な読み手のこちらは、そこに至ってやっと話に乗れたのだが。それにしても、このエンディングにカタルシスを感じる人って、いるのだろうか?これ、何かの前編だったの?スト−リ−が全部終わってから話をしようや(怒)
【早川書房】
イアン・ランキン
本体 1,800円
2001/4
ISBN-415001700X
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「真夜中に海がやってきた」
評価:E
昔ながらの文学青年が精一杯の虚勢を張って書き上げた「ありがちな魂の彷徨の書」というべきか。登場人物たちの心はこの種の物語の定石通りに屈折しており、スト−リ−も定番の、倦怠と不毛と性描写で満たされている。主人公は形通りの独白をする。「アタシってカシコイのに、どうして世の中ってアホばかりなのかしら。あ−あ、だるいわ」そして政治の話、あれこれ。そもそも、政治の話題を作中に登場させる事で、作品に箔を付けようなんて、なんたる貧相でカビの生えた権威主義だろうか。古来、著者の抱いているのと同質のコンプレックスとその裏返しの虚勢を切り札として、世の荒波から自我を守ろうと考えた青少年たちによって、このような書は何度も書き下ろされ、伏し拝みつつ読まれてきた。時代ごとにレッテルを貼り変えられつつ。これが何、ポストモダンて言うの?
【筑摩書房】
スティーヴ・エリクソン
本体 2,300円
2001/4
ISBN-4480831886
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「血脈」
評価:B
どこかでこんな話を読んだ記憶があると思いながらペ−ジを繰って行ったのだが、途中で「ギリシャ神話だ」と気がついた。大神のくせして行状の悪いゼウスを囲み、支離滅裂としか言いようのない振る舞いに走る神々の物語。だがもう遙かな昔に、そんな奔放な神々の生きるべき時代は過ぎ去っていたのだ。そこに、「血脈」にかかわる人々の悲劇(喜劇?)がある。小説として読んだら構成に問題あると思う。紅禄、ハチロ−と、「大物」二人が舞台から去って後の話は「デタラメの血脈」の残務処理っぽくなる。そこでの主役である著者自身も後始末役、あるいは終幕の見届け役の色合いが濃い。その終幕部分が長過ぎるので、読み手としては退屈感がないでもないのだ。が、「事実としての重み」がその背後に横たわっているので文句も言い辛い気もして、ちょっと困ってしまう。
【文藝春秋】
佐藤愛子
本体 各2,000円
2001/1-3
ISBN-4163197907
ISBN-4163198601
ISBN-4163199004
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「世界の中心で、愛をさけぶ」
評価:D
なんだか恥ずかしくなってしまったのだ。著者の描き出す聖なる少女の像。それが克明に描かれるほど「そういう女とは縁がなかったんだろうなあ」とか、著者の青春を思いやってしまって。なかったからこんな小説、書いたんでしょう。まあ、その件に関しては人ごとではないが。そして古来、青春小説の数々に、あるいは豪華アイドル共演のゴ−ルデンウィ−ク公開映画において、恋人たちに常に訪れてきた伝統ある病い、白血病の登場。などと茶化してしまう私は多分、この作品の読み手には相応しくないのだろう。この作品は3つのパ−トに分けられる。前半の恋愛妄想部分。後半の生と死に関する考察部分。最後の数ペ−ジにおける時の流れへの感慨部分。この3つの、実は別々のものの連結によって作品の「感動」が合成されているようだ。あと、著者の過剰なナルシズムと。
【小学館】
片山恭一
本体 1,400円
2001/3
ISBN-4093860726
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「Dr.ハンディーマン」
評価:B
カバ−に記された物語の発端を読んで、おそらくこうであろうと予測したのだが、その通りのスト−リ−が展開された。で、予測した通りの結末がやってきた。つまりは定石通りの、予定調和的な、ちょっぴりとぼけた、ほろ苦くも心温まるラヴスト−リ−。このような微温的な物語は、どちらかと言えば普段の私の評価するところではない。が、意外に好感を持ってしまったのは、その「心温まる」部分が押しつけがましかったりせず、また、自己陶酔っぽい臭さがあったりしないせいだろう。常に著者は地に足を付けて、自分の訴えかけたい情感と同サイズの物語を、気負わずに繰り広げてゆく。その姿勢が、読んでいて快かったのだ。ただ、もう少しギャグを詰め込んで、ドタバタコメディ的な色を出しても良かったのではないか、とも思った。
【早川書房】
リンダ・ニコルズ
本体 1,900円
2001/4
ISBN-4152083433
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「オンナ泣き」
評価:D
まず、「フェミニズムを支持する男」の欺瞞性に言及している点を評価したい。男に生まれて男として育った、被告席に座るべき存在。にもかかわらず、「私はフェミニズムの理解者だ」として自らに免罪符を発行し、勝手に検事席に紛れ込んで「女性の開放」について説教たれたりしている奴には一言言っておくべきだ。一方、この書全体にはひどい閉塞感が漂っている。それは著者が、男中心社会の抑圧から自由になるためにと手にしたフェミニズム思想に、逆に幽閉されてしまっているから。男社会の牢獄から女性を自由にするはずの思想が、今度は別の牢獄として彼女の視野を狭窄に追い込んでいる。自由を求めた結果、得たものが、世界を「フェミニズム教」の教義の鋳型に無理やり押し込めるようとして叶わずに苛立つ、検察官の立場だなんて。解放に至る思想って、そんなものなの?
【晶文社】
北原みのり
本体 1,600円
2001/4
ISBN-4794964838
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