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佐久間 素子の<<書評>>
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エイジ
エイジ
【朝日文庫】
重松清
本体 660円
2001/8
ISBN-4022642742

評価:B
こんな時代に14才でいることはさぞかし大変だろう、なんて、うっかり思ってしまうのだが、もし私が14才なら、何をたわけたことを、と怒ったろう。中学生だったときの気持ちなんてすっかり忘れているのだ。それに気づいて、かなりへこんだ。本書はそれほどリアルな話なのだが、今、日本で生きている平均的な14才にとって、この話がリアルなものなのか、それはまた別の話なんだろうな。件の感想に対して、「ほかの時代とか、知らないし」とさらりと返せるエイジは、ずいぶんとかしこい男の子なのだけれど、いらいらしたり、うろうろしたり、とりみだしたりと不安定でもある。もっとも、それが共感を呼び、最後は彼の獲得する強くてしなやかな世界観に救われるのだ。


密告
密告
【講談社文庫 】
真保裕一
本体 819円
2001/7
ISBN-4062731991

評価:D
「小役人」シリーズとはうまくなづけたもんだ。よくいえば等身大、悪くいえば地味な主人公・萱野が、上司を密告したという濡れ衣をはらすため、ねばり強く(しつこく)、警察組織に探りをいれるというストーリー。容疑が密告だけに、しんねりむっつりした印象は避けられないにしても、古くさいのがいただけない。ヒロインが二人そろって、2時間ドラマ的に古いのが致命的。そんなやつおれへんわーの声が聞こえるってば。ファムファタルと、若くて一途な女の子という組み合わせも、つきすぎで嘘くさい。恋愛を絡めずに、サスペンス一本で勝負してほしかった。それにしても、警察組織の腐敗をリアルに感じるっていうご時世にはうんざりなのである。


華胥の幽夢
華胥の幽夢(ゆめ)十二国記
【講談社文庫】
小野不由美
本体 648円
2001/7
ISBN-4062732041

評価:C
十二国記の番外短編集。小粒ながら、かなり読みごたえがある。物語に厚みがあるのは、各編の登場人物たちの覚悟の重みによるものであろう。国をせおって立つために、迷って悩んで手にいれた覚悟の、すがすがしい重み。国のためにささげた人生を、志半ばにして断ち切る覚悟の、いたましい重み、等々。どの短編の覚悟も美しく、まっすぐに読者に届けられる。王のあり方を問う『乗月』『華胥』は、どちらも独立色が強く、本編が未読でも満足できるのではないか。理想のために道を誤る王の姿が痛い。他3編は既読者向き。ほのぼのと優しい『冬栄』は、『黄昏の岸』直前の戴国の話。本編を読んだ身には切なすぎて、泣きそうになった。


斎藤家の核弾頭
斎藤家の核弾頭
【新潮文庫】
篠田節子
本体 705円
2001/6
ISBN-4101484120

評価:C
近未来、管理のすすんだ階級社会、日本が舞台。不要なものを捨てようとする日本と、裏切られ続けたあげく反乱をおこす超エリート・斉藤家。階級社会という設定も、斉藤家の(エリートの)家族観も、まがいものの住環境も、ありそうな話と思わせる説得力がある。そして、斉藤家にそそがれる作者のシビアな視点ときたら、悪意があるんじゃないかと思うほどだ。彼らの無自覚や思いこみが、あぶりだされてくると、同情する気も失せてしまう。身近で理解もできて、たぶんだからこそ、鼻につく斉藤家。ぎんぎんにきいたブラック・ユーモアは、細部にまで及び、かなり背筋が寒くなる。発達異常の小夜子の存在のみがファンタジーで、救いなのだけれど、反則でもありますな。


池袋ウエストゲートパーク
池袋ウエストゲートパーク
【文春文庫】
石田衣良
本体 514円
2001/7
ISBN-4167174030

評価:B
池袋の10代なんて、エイリアンみたいなもんだ。という偏見持ちでも、心配無用の、オーソドックスな青春小説である。ちょっと意外なくらい保守的に思えるのは、マコトたちの、笑いや怒りや悲しみに共感できるから。そして、何を大切に思うのか、何を憎むのかという価値観が、まっとうすぎるほどまっとうなものとして、現れているからだ。もっとも、そのまっとうさが泥臭くないのが、今時なわけで、クールで軽やかな彼らは、とってもかっこいい。若さゆえに不様なサブキャラクラスでも、やっぱりかっこいい。今時をえがくにはありきたりすぎる展開の表題作も、ありきたりに堕ちないすがすがしさがある。続編も読もうっと。


1974ジョーカー
1974 ジョーカー
【ハヤカワ文庫HM】
ディヴィッド・ピース
本体 900円
2001/7
ISBN-4151726519

評価:E
どこがいいんだか、理解できなかった。そこはかとなく、自己陶酔を感じる所も好みに合わず。暴力をえがいて、痛快というのも、問題があるのだろうけれど、本書は救いがなさすぎて、問題外。うける暴力も、与える暴力も、矛先が弱い者に向かっているのが醜い。改行の多い、短い文のリズムが、凄惨な暴力に拍車をかけて、読むのもつらい。暴力が進むにつれ、人間としての形も心もどこかにいっちゃって、あとには、孤独すら残らない。こういうのが、ノワールなの? ということは、ひょっとして私、ノワール駄目? エルロイ(未読)も馳星周(未読)もわからないってこと? わからなくっていいやって気もするけれど、本読みとしては、損してるかも。


ビッグトラブル
ビッグ・トラブル
【新潮文庫】
ディヴ・バリー
本体 629円
2001/7
ISBN-4102223215

評価:B
南フロリダを舞台とした、どたばた・脳天気コメディ。展開はスピーディーだし、核爆弾まで飛び出す物々しさだというのに、なぜか、ほのぼのしているのが魅力。誤解と非常識と偶然が重なり合って、雪だるま式に騒ぎが大きくなっていくクライマックスが楽しい。アメリカ人なら肩をすくめ、手のひらを天に向けて、首をふるんだろう。私は日本人なので、にやりと笑う程度なのだが、それでもわくわくのあまり、足がむずむずしてしまった。ぞろぞろ出てくる人々が愛嬌たっぷりなのがいい。わいわい騒ぐおバカな高校生も、居丈高なFBIも、妙にかわいい。ラストに向けて、スネークが下品な犯罪者になっちゃったのだけがわずかに惜しい。


生は彼方に
生は彼方に
【ハヤカワepi文庫】
ミラン・クンデラ
本体 980円
2001/7
ISBN-4151200088

評価:C
訳者解説を読んで、はじめて知る凝った構成。「音楽的な配慮」だもの。解説を先に読んでいたら、挫折していたかも(笑)。ともあれ、みかけの割には読みやすい小説であった。しかし、分量の割には心に残るものが少なくて、書くことがあまりない。自伝的小説らしいのだが、若き詩人の自意識過剰ぶりは、『人間失格』の葉蔵と互角をはる勢い。彼我の差を比べてみるのも、また一興。気の滅入る作業ではあるけれど。他人の評価を前提とする自意識は、我が身の存在意義をふらふらになるまであやうくする。非凡のふりして、だましだまし世間をわたっていたヤロミールの行き着く先には、平凡な死が待ち受けている。皮肉な運命が滑稽で哀しい。


悪党どもの荒野
悪党どもの荒野
【扶桑社ミステリー】
ブライアン・ホッジ
本体 876円
2001/6
ISBN-4594031803

評価:A
カジノのあがりをちょろまかした男と、捨てられた女と、だまされた女。アメリカ大陸を東から西へ、追いつ追われつ三つ巴の逃亡劇が始まる。道中、各々相棒をみつけ、最終的には、三組の男女のおいかけっことなるのだが、どのカップルも実にイキがいい。ろくでなしと、神秘おたくの娼婦。暴走気味のヒロインと、トラウマをかかえた男やもめ。まぬけで残虐なちんぴらと、ヒロイン顔負けに気の強い年増女。当然大騒ぎ、しかもハイスピードだ。そして、かなりコメディ色が強い。はちあわせして、緊迫のにらみあいの最中に、人質にとった方ととられた方が痴話喧嘩をはじめる場面など、かなり笑える。なんて、油断していると、冷水を浴びせるようなシリアスな場面が現れたり。ラストには宴の後の寂寥感までただよわせる力技も堪能できる。満足。ヒロインと父の確執が少々邪魔なのだが、傷という程ではない。期待せずに読み始めたが、一気読みの大当たり!だった。


ハートウッド
ハートウッド
【講談社文庫】
ジェームズ・リー・バーク
本体 933円
2001/7
ISBN-4062732033

評価:D
繊細なヒーローの、繊細なハードボイルド。私はちょっとがさつ気味なので、思わせぶりな語り口がもどかしく、読みづらかった。主人公が誤って殺した友人の幻も、盲目のインディアンの女性が告げる抽象的な予言も、あざとい気がして好きじゃない。主人公にとっての、永遠のあこがれの女性もちっとも魅力的には思えない。その女性が主人公の行動原則になっている部分が大きいので、理解できないのもしようがないことなのだ。こういうセンチメンタリズムはあいにく苦手でね。ただし、暑い夏のけだるい午後、さわやかな朝など、空気感は抜群。アメリカ南部の閉じた空間には、思い出がとじこめられちゃうのかもしれないな、とも思う。


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