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山田 岳の<<書評>>
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時には懺悔を
時には懺悔を
【角川文庫】
打海文三
本体 590円
2001/9
ISBN-4043615019
評価:B
うーん、探偵小説を読んで、障害者の問題を勉強させられるとは。新米探偵聡子が不法侵入の研修中に死体を発見。殺されたのは別の事務所の、やはり探偵。「指導教官」の佐竹は聡子とともに犯人を追う。で、もっともあやしいと思われた明野という男が、重度の身体障害者、新と二人暮しってことやねん。新は二分脊椎症にして水頭症、じぶんで食事をとることも、排泄をすることもままならない。そんな子ども抱えている男が、なんでまた殺人を?という疑問にこたえるかのように、九年前の乳児誘拐事件があきらかになっていく。こまかい描写を重ねた盗聴の段取りは、探偵という職業が、アメリカの作家が描くほど<かっこいい>もんと違ゃうことを教えてくれる。盗聴の内容からは、明野が料理を一度噛み砕いてからスプーンで新に与える、食事のようすがうかびあがる。元小学教師の聡子はしだいに新に感情移入し、明野が逮捕されると新がどうなるかを心配しはじめる。それは探偵の仕事の埒外と、あくまで職業人としての探偵に徹する佐竹。このへんのバランスが絶妙で、話が<お涙ちょうだい>に陥ることを避けながら、読者感情の<ガス抜き>をたくみにはかっている。それだけに、結末がすかしを食らったような・・・。

鉄鼠の檻
鉄鼠の檻
【講談社文庫 】
京極夏彦
本体 1295円
2001/9
ISBN-4062732475
評価:A
編集部から届いた包みをあけた瞬間、ぎゃあああ〜と、悲鳴が。事件か?否、評者の口から発せられた<叫び>であった。なんやのん? この分厚さは! ふつうの文庫本4冊分はあるやん! これをたった1ヶ月で読めってか? 評者の右眼球がピクピクとケイレンをおこす。その日は見なかったことにして済ませる。次の日も見ない。翌々日、恐る恐るページをめくる。毎日少しずつ読めば、ひょっとしたら〆切までに読めるかもしれへん、などと思う。初日、2日目50ページずつ、3日目100ページ、4日目200ページと、日を追うごとに読む量は増え、ついには300ページを突破する日も。1ページあたりの字数が少ないのと違ゃう? などと不遜なことを考えながら約1週間で読破したのであった。戦後まもない箱根の山奥で「発見」された謎の寺。幽霊のように現れる振袖姿の少女。彼女が口ずさむ呪文のような唄。そして次々と起こる殺人事件。著者は横溝正史の伝統を受け継いではります。けど、<名探偵>は古本屋の京極堂と迷(惑)探偵の榎木津に分裂してはる。この2人が陽と陰にわかれて登場し、物語をかきまわす。最後は2人がそろって<解決>へ。冒頭にいきなり太平記の原文が出てきたり、禅宗の系統やら、宗派による<悟り>方のちがいの説明があって、興味のない人は、そこでつまずいてしまうかも。評者にはとてもおもしろく<勉強>できたけど。

『Shall we ダンス?』アメリカを行く
『Shall we ダンス?』アメリカを行く
【文春文庫】
周防正行
本体 638円
2001/9
ISBN-416765606X
評価:E
むかし、クリーム(イギリスのロックバンド)が解散の理由を尋ねられて、「みんなアメリカが悪いんだ」と答えたことを思い出した。映画『Shall we ダンス?』監督のアメリカ・プロモーション・ツアー体験記なのだが、周防監督もまたクリームの3人とおなじ苦しみを味わっている。強行スケジュール、時差ぼけ、気のきかないエージェント、おなじ質問の繰り返し、しょうもない日本への偏見と誤解、量は多いが味付けのひどい食事等々、タフであることを要求するアメリカ社会は、繊細な人間の心に平気でやすりをかけていく。週刊誌の連載記事としては、すいすいと読めて、それなりにおもしろくはあるが、これが1冊の本になると、だんだんしんどくなってくる。はじめは、日米文化摩擦体験記としても読めるが、「がさつでいいかげんなアメリカ人」に「カメラを構えてみせてウケをねらう監督」の構図のくりかえしに、うんざりしてしまうのだ。アメリカでの映画評など、なかなか興味深い資料もおさめられてはいる。「ミラマックスがカットしてきたシーンと僕の見解」は、何が何でも映画を2時間以内に収めようとするミラマックス(アメリカでの配給会社)と「そんなところで切ったら、わけのわからん作品になる」と悲鳴をあげる周防監督とのせめぎあいの具体的検証。「こんなとこまで切るんだよ」という監督の言い分はわかるけど、「くりかえしの手法を無視している」「2時間を越えない再編集案をじぶんで出したら通った」と本文に書いてあれば彼らの再編集に対する<ポリシーのなさ>も充分伝わってくるというものだ。巻末のおまけでよかったのではないか。

笑うふたり
笑うふたり
【中央公論新社】
高田文夫
本体 667円
2001/9
ISBN-4122038928
評価:B
むかし「今夜は最高」というバラエティ番組があった。タモリを中心に、歌あり、ダンスあり、トークありの、かなり<ねられた>TVショウだったが、この番組が終わってからは、出演者が<リハーサルを重ねた>バラエティ番組を見かけなくなった。この本で著者が言っている通り、<いい学校>を出ただけのディレクターが主流になり、安い予算での番組作りが優先されて、<見せる芸>に対する見識が失われてしまったのだろう。伊東四朗、三木のり平、イッセー尾形、谷啓など、この本に登場する人たちはいずれも、練り上げられた<芸>の達人であり、話を聞く著者もまた<一観客>として演芸場にたびたび足をはこび、彼らの<芸>を愛してきた。だからこその、おもしろ芸談義なのである。この本を通して、しだいに明らかになってくるのは、「TVは<芸>を消費するだけで、<芸>を育てることはない」という、言われてみればあたりまえの、しかしTVに夢中になっている人たちには想像もできない事実である。「つまらないがあるから、面白いがある」という欽ちゃんの言葉は、放送作家セミ・リタイアの評者には、もっと早く聞いていればもっと楽に仕事ができたのに、と思わせるに充分な説得力があった。

老人力
老人力
【ちくま文庫】
赤瀬川源平
本体 680円
2001/9
ISBN-4480036717
評価:C
同時多発テロからアフガン爆撃へとつづく現在、この本が出ることはめっちゃ意味のあることと思いますのんや。一連の事件報道で燃え尽きて、がっくりと老人力におそわれる記者・特派員がきっと、ぎょうさん出てきはります。かく言う評者も、阪神大震災と地下鉄サリン事件の両方の報道に従事して以来、急激に老人力が増して、あわてふためいてますねん。そんな人らにこの本は「ええねん、ええねん」と笑いかけてくれる、ありがたーい聖典でおま。おまけで路上観察学会の成果(写真)もついてます’。そのキャプションが秀逸。平凡な風景を「ああ、こないにしておもしろがってはんのや」と、わかります。ということは、キャプションがなかったら、なんやの?という写真(笑)。単行本2冊分が文庫で1冊とお買い得ですけ’ど、続編のところに入るとだんだん飽きがきますねん(笑)。単行本同様、1冊ずつ、別々に読んだ方が両方とも楽しめたんと違ゃうかな。ついでに。マスコミとかのタテマエ言葉に「老人力」がつかわれると、本来のニュアンスとかユーモアがうしなわれるってのは卓見。コンサートとかのチケットをなくすのは、評者は20代からだから、老人力には入れてほしくないな(笑)。えっと、スペースシャトルに乗った高齢の米上院議員に、どこかの新聞記者が老人力を質問したってのは、どのページやったかいな?

24時間
24時間
【講談社文庫】
グレッグ・アイルズ
本体 1086円
2001/9
ISBN-4062732440
評価:C
「あいつはいつもちゃんとやる。そう言ったろう」この一言からはじまる書き出しが印象的。まず登場人物ひとりがスクリーンに映り、しだいに背景がはっきりしてくる映画のワンシーンをほうふつとさせる。24時間子どもを預かり、親が身代金を払わなければならなくない状況に追い込む主犯格のジョー。誘拐というよりはゲームのようでもある。彼の一味はこの手口で、5回も営利誘拐を行い、警察に通報されることなく「成功」をおさめてきた。今度も「ちゃんと」できるのか? この一言は、これから起こる「事件」(犯人たちにとっては「アクシデント」)を予感させる。最初のひとつとして、読者の前に明らかになっているのは、誘拐された幼女アビーが、若年性の糖尿病を患っており、24時間どころか、すぐにでもインシュリンを注射しなければならないことだ。ゲームのように誘拐を重ねてきた犯人たちにとっても、これは「重荷」。ジョーは、被害者家族のまえに姿をさらし、無事に子どもを帰すことで通報をまぬがれてきたからだ。人質の死は、彼にとっても安全の確保を危うくする。予想外の状況に「完璧な手口」を誇ってきたジョー一味はどう対応するのか?アビーの父親、ウィルはただ手をこまねいているばかりなのか? そんな訳ないよなあ、アメリカン・ミステリーなんだから。

心の砕ける音
心の砕ける音
【文春文庫】
トマス・H・クック
本体 581円
2001/9
ISBN-4167527847
評価:C
「それじゃ、アメリカのミステリーはハーレクイン・ロマンスになっているというんですね?」ドクターWは黒縁めがねの奥の目をきらりと光らせた。京都のとあるバーのカウンターで、評者が「アメリカのミステリーは、どれもこれも最後は主人公が銃を持ってたちあがるんです」と言ったときのことだ。<アメリカン・ミステリーのハーレクイン化現象>ここ何ヶ月か、評者をイライラと悩ませてきた原因にドクターWは的確な診断を下したのだった。さて本書。主人公は最後まで銃をとることはない。が、ストーリーの展開が、ハーレクイン・ロマンス(汗)。ひとりの女をめぐって、兄と弟が恋のさやあてをしているあいだに弟が殺された。女が容疑者であり、兄が追いかける。ラッキョウの皮を1枚1枚めくっていくようにして明らかにされていく女の過去。そして意外な結末。ハレホレハラ。これは、邦題のようなことを表現したかった、ミステリーの形をした純文学なのかもしれない。

愛しき者はすべて去りゆく
愛しき者はすべて去りゆく
【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2001/9
ISBN-4042791042
評価:D
誘拐された幼女を救い出すため、探偵のパトリックとアンジーは警察官のプールとブルザードに協力するが、身代金要求を受けての大捕り物帖は失敗に終わる。ひょんなことから連続幼児誘拐犯のアジトが発覚。名誉挽回の急襲は成功したものの、誘拐された幼女は戻らず、プールは負傷。パトリックとブルザードも切り刻まれたほかの幼児の遺体に打ちのめされる。以上、約400ページのプロットはまずまず読ませる。が、プールが死んで、ニール特別捜査官が登場した、のこり約150ページがぐしゃぐしゃ。プロットもそうだが、<児童虐待する親であっても親権を取り上げることはできない>とする法律をまえに、「虐待されている子どもを救うには法律を破らなければならない」というアメリカン・ヒーロー的発想へ、のこり少ないページで<挑戦状>をつきつけたことにも原因がある。(そんな発想の国民だから、憲法第9条をまげてまでの自衛隊派遣に、アメリカ人は意気に感じてくれるのだろう)。「悪法であっても法は守らなければならない」と、著者は、終戦直後餓死した日本の裁判官のような立場をとることにしたようだ。<アメリカン・ミステリーのハーレークイーン化現象>(『心の砕ける音』参照)が進むなか、著者の立場は、アメリカ国民に、日本のアメリカン・ミステリー・ファンに支持されるのだろうか?

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