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今井 義男の<<書評>>
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都立水商!
都立水商!
【小学館】
室積光
本体 1,300円
2001/11
ISBN-4093860793
評価:AAA
あまりに斬新な発想とキワモノ的な装丁が、潔癖な読者の関心を遠ざけたとしたらこれほどの不幸はない。そう、その人たちは『翼はいつまでも』に勝るとも劣らない青春小説の傑作を見逃したことになるのだ。この作品の素晴らしさは、私たちの棲息する薄っぺらな建前社会のフローリングをものの見事に引っ剥がしてしまう爽快感に尽きる。なかんずく、落ちこぼれ生徒と教師・講師の信頼が生む一体感、世間が浴びせる好奇の目と愚劣極まる高野連の思惑をことごとく粉砕する水商野球部の快進撃は、読む者の胸を熱くさせずにはおかない。明晰なバランス感覚を窺わせる作者の人間観察は、細やかで暖かく、ときに鋭い。背負った過去と向き合う生徒・講師たちのおりなす小さなドラマは、無理解で息苦しい現実をことば少なに物語る。本書はかつて『私、プロレスの味方です』が日陰のプロレス者を元気づけたように、誇りと夢を失いかけている青少年、疲れた中年男女にたくさんの勇気を分け与えてくれることだろう。《あらゆるジャンルに貴賎はない。――村松友視》けだし名言である。

すべての雲は銀の…
すべての雲は銀の…
【講談社】
村山由佳
本体 1,800円
2001/11
ISBN-4062108860
評価:A
一歩間違うと軽薄すれすれの作品になったかもしれない。全体に楽天的というか、なにもかもがとんとん拍子に運びすぎて、こちらはハラハラもドキドキもさせてもらえないのである。不登校のエピソードひとつとってもそれは顕著である。羽ぼうきで表面を撫でているようでまるで手ごたえがない。別に憂鬱な気持ちになりたいわけではないが、そう易々と片づけられるといかにも作り話っぽい。主人公の個人的な苦悩も他人から見れば笑い話ほどの価値しかなく、無論そんなことで世界は終わったりしない。逃げ場が必要なのは理解できる。だが、物分りのよい人々と、居心地のよい空間だけではなにも解決しない。この小説は土俵際で辛くもその答えに到達している。道は少々曲がりくねってはいるが。

あくじゃれ瓢六
あくじゃれ瓢六
【文藝春秋】
諸田玲子
本体 1,619円
2001/11
ISBN-4163205500
評価:AA
<いなせ>という言葉がある。上方では<しゅっとした>という表現があるにはあるが、おそらく似て非なるものだ。さて才人・諸田玲子の最新作は、入牢の身の悪党が、快刀乱麻を断つがごとく難事件を解決するという趣向である。この瓢六と呼ばれる人物の謎に包まれた半生も興味深いが、なんといっても堅物の同心・篠崎弥左衛門との意にそぐわない掛け合いが、やがて友情に移り変わる様が読ませる。尋常でない知性、仲間に対する心遣い、世間を見とおす冷徹な目利き。瓢六の抜きん出たところはそれだけじゃない。事のさばき方といい、妙にストイックなところといい、やっぱり<いなせ>なのだ。長崎から江戸へ直行したのは正解である。上方などへ立ち寄って変な影響でも受けていたらと思うとぞっとする。

影法師夢幻
影法師夢幻
【集英社】
米村圭伍
本体 1,700円
2001/12
ISBN-4087753018
評価:A
虚実錯綜する時代小説にはいくつかハードルがある。人名がややこしくてなかなか覚えられない。人物の相関図が複雑。地名がわずらわしい。さらにその時代特有の用語。意味も読みも分からない言葉が天日干しのアジの開きのようにずらりと並ぶ。敬遠する人がいるのもうなずけるが、実際はそんな大した問題ではない。分からなければちょっと調べるなり、メモするなりすれば事足りるのである。現代小説でも耳新しい言語はいくらでも出てくる。わずかな手間を惜しむのは、みすみす鉱脈をまたいで通るようなものだ。いまのところ米村圭伍の小説に当たり外れはない。破天荒な面白さという意味では減速した感もあるが、入り組んだストーリーは前作を凌ぐものがある。なにより作者自身が楽しんでいる姿勢がいい。

クリスマスのぶたぶた
クリスマスのぶたぶた
【徳間書店】
矢崎存美
本体 1,200円
2001/12
ISBN-4198614520
評価:C
私はこういう架空のキャラクターになんら違和感を持たない。古くはロボット三等兵、快球Xから、スナフキン、R・田中一郎…と、心許ない記憶容量の大半がそんなもので占められている。ただ、なんでも無批判に受け入れたわけではない。たとえばドラえもんでしばしばあっといわされるタイムパラドックス。ネズミ男が演じる痛烈な風刺劇。単にキャラクターに寄りかかっただけの作品でないのは一目瞭然である。ではぶたぶたシリーズはどうか。率直にいうと固定ファン以外にはあまり用のない本だと思う。なぜなら、この小刻みなクリスマス・ストーリーは、どれもぶたのぬいぐるみを登場させるためだけに書かれたものだからである。<可愛い>とか<罪がない>ことを売りものにするなら、小説である必要はない。その役割はすでに幼児向け絵本やおびただしい文具が果たしている。

雪虫
雪虫
【中央公論新社】
堂場瞬一
本体 1,900円
2001/12
ISBN-4120032159
評価:B
幕開きがセンセーショナルな殺人でなく、どっしりと構えたスタンスは好感が持てる。受け狙いが見え見えの、浮ついた国産ミステリには正直辟易していて、松本清張や水上勉の小説が無性に懐かしい、と思っていたところだった。記号と化した死体も、奇天烈なトリックもこの作品には出てこない。刑事・鳴沢の地道な捜査が剥いでいく薄皮の下からは、犯罪に巻きこまれた人々のあえぎ、犯罪に手を染めた人々のおびえが瘴気のように立ち昇る。設定ゆえに初期の段階から事件の顛末が読めてしまうのは惜しいが、作者の目指す方向は誤っていない。いま私が望むのは、息づく生身の人間の物語である。ここにはその原石が埋まっている。

フォー・レターズ・オブ・ラブ
フォー・レターズ・オブ・ラブ
【アーティストハウス】
ニール・ウィリアムズ
本体 2,200円
2001/10
ISBN-4901142682
評価:B
以前から思っていたことだが、外国を舞台にした物語、とりわけ美しい絵はがきを彷彿させる小説は、おしなべて生活感が稀薄である。重苦しい日々の営みすら自然の一部に溶けこみ、目の前を素通りしてしまう。そんな読まれ方をする作品こそいい迷惑だが、実は本書がそうだ。父の後ろ姿を遠目に道を歩くニコラス、海辺でキャンバスに向かう父、物言わぬショーンを車椅子に乗せるイザベル…。印象的な場面は、数え上げればきりがない。私にとってこの物静かなメルヘンは、果てのない回廊に展示された連続するタブローだ。作者の意図とは関係なく。

エア・ハンター
エア・ハンター
【集英社】
クリス・ラースガード
本体 2,600円
2001/11
ISBN-408773353X
評価:AAA
相続人捜しという響きが新鮮である。さすが超大国アメリカ、小説ネタの宝庫だ。賞金稼ぎに似た、ある種のいかがわしさは巨大な同業者が一手に引き受け、ニックとアレックスは専ら誠実さをモットーに職務に励んでいた。その彼らが悩んだ末、賄賂と引き替えにある遺産ファイルを手にするや、事態はまさしく急転直下のダッチロール状態に。迫るFBIを右にかわし、つけ狙う殺し屋を左にいなし、徒手空拳の二人が暴く汚れた遺産の真相は…。謎のスケールもさることながら、先が予測できないプロットに時間の経過も忘れてしまう。ミステリの土壌はまだまだ豊かで開拓の余地があることを知らしめた痛快無比の力作。途中で読むのを止められたあなたは、真に強固な意志の持ち主か、よほどのっぴきならない用を抱えていたか、のどちらかだ。

危険な道
危険な道
【早川書房】
クリス・ネルスコット
本体 1,200円
2001/9
ISBN-4150017077
評価:AA
病める大国。その病原がどこに由来するかは、かの国の分かりやすい歴史が自ら証言している。これは流された二筋の血をさかのぼる苦渋に満ちた物語だ。黒人探偵スモーキーに舞いこんだ自身に関わる奇妙な謎。依頼人ローラの塗りつぶされた過去は、次第にスモーキーの忘れ難い過去へと擦り寄っていく。ときを同じくして、メンフィスは怒りの炎に包まれようとしている。まだ歴史とはいえない1968年の出来事である。警官隊が黒人たちのデモを暴力で制圧し、米軍がヴェトナムに雨アラレと爆弾を投下しているとき、ジョウ・ベイリーと同じ年頃の私は、毎日砂場でプロレスに明け暮れていた。恥ずべきは無知である。時代背景のもたらす緊迫感と、無駄な修飾を削ぎ落とした文章がざくざくと胸に突き刺さる。

ひらひら
ひらひら
【集英社】
池永陽
本体 1,700円
2001/11
ISBN-4087752968
評価:D
1.身内や知り合いにヤクザがいた。2.仕事上で心ならずヤクザと関わりをもった。3.トラブルの相手がたまたまヤクザだった。4.同じ町内会にヤクザがいた。5.ヤクザウオッチングが唯一の趣味。堅気の暮らしをしていてヤクザと接近遭遇する理由は概ねこんなものだと思う。5以外の全てを経験した私が断言する。ヤクザは人間のクズである。一般市民の中にクズ以下の人間がいることを3や4から学んだのもまた事実であるが、それでも肯定するわけにはいかない。土足で顔を踏みにじられても、憧れていた伝説の男が殺されても、ヤクザのシノギが好きだといい切る主人公に、共感しろといわれても困るのである。かっこ悪くてもぜんぜんかまわないが、ヤクザである必然性もまったく感じない。それとも、シンパシーを抱く若者がいたら作者は満足なのだろうか。

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