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唐木 幸子の<<書評>>
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セイジ
セイジ
【筑摩書房】
辻内智貴
本体 1,400円
2002/2
ISBN-4480803645
評価:A
 こういう本に出会うと、私は新刊採点をさせて貰って良かったなあ、とつくづく思う。自分ではまず手に取って買っては読まないだろうからだ。私が通常の読書に求める娯楽性はないし、浅田次郎のような手練の文章とストーリーを楽しむときのような安心感もない。しかし、あちらこちらにキラリと光り輝く言葉がふと置かれていてハっとさせられるのだ。ここいらで感動させようという意図のない純粋な文学性ってこういうものなのかな、と感じた。太宰治、というのとはちょっと違うんじゃないかという気がする。この著者の個性は、もっと違う種類の清冽さだ。『竜二』の後半で、母親が死ぬシーン。その顔は、「臨終を確かめた医師が暫く見つめ続けたほど、おだやかに、澄んでいた」と書かれている。死ぬときはかくありたいと、こんなに感じさせてくれた文章は今まで他にない。

世界の終わり、あるいは始まり
世界の終わり、あるいは始まり
【角川書店】
歌野晶午
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4048733508
評価:B
 なんか変だぞ、このストーリー・・・と思って読んでいたら、やっぱり。何が変だったかを書くとネタバレになるのでよすけれど、こういう構成は初めてではないのに、うっかり著者の筆の巧みさに乗せられてドキドキした私はばかだった。それはともかく、私はこの本を面白いとは思うけれど、実際の事件になぞらえて『息子への疑惑に対する父親の心の葛藤と動揺が手に取るように描かれて・・・』という書評を目にすると首を横に振りたくなる。何故なら、ここまで疑惑が煮詰まったにしては、父親としてうろたえぶりが生ぬるいっ。この父親が取っている行動は殆どギャグである。もう一歩踏み込んで本当に命を賭ける瞬間の衝撃が欲しくて欲求不満になった。私だったら、疑惑の片鱗が見えた時点で、『○○ちゃん(娘の名前)!、お母ちゃんに、みな言うてごらん!!これは何やの!!!』と抱き縋るだろうしな、娘がナイフ握ってようとピストル構えてようと。それじゃあ小説にならないか。

天切り松闇がたり 初湯千両
天切り松闇がたり 初湯千両
【集英社】
浅田次郎
本体 1,500円
2002/2
ISBN-4087745600
評価:B
 天切り松、という盗人稼業の爺様が、刑務所の中で囚人や看守や、時には署長たちを相手に昔話をするという、ストーリーテラー・シリーズものの第3巻。面白いと噂に聞いたことのあるシリーズだが、やっぱりこういう3巻目というのはいけない。どうしてもオリジナル第1巻にこそ、作者のとっておきのネタが仕込まれるし、2巻ではちょっと慣らした雰囲気で変化を付けられる。しかし3巻目はどうも・・・。エイリアンもダイ・ハードもランボーもそうだったよな、ってあれは映画か。何はともあれ、美味しいけれど残り物を食べている感じでかったるかったが、最終話の『銀二蔭盃』には泣けた。松蔵の親分、目細の安吉が格好良いのだ。特に、安吉と大親分の銀次が最果ての網走で互いにしか聞こえぬ口の動きで夜盗の会話を交わすシーンの張り詰め加減は、流石に浅田次郎だ。最後の最後になってBに昇格。

白い声
白い声
【新潮社】
伊集院静
本体 1,500円/1,400円
2002/2
ISBN-4103824050
ISBN-4103824069
評価:A
 これまで目利きコーナーにその著書を挙げて2回も賞賛の書評を書いたように、私は伊集院静氏の初期からの大ファンだ。高木の家の英雄、と思い出すだけで感動蘇るし、エッセイの一編々々に忘れられないフレーズもある。短編がこれがまた良くて、『あづま橋』の中で、女の浮浪者が出てくる『蛍ぶくろ』なんか良かったなあ。最近ではアホー鳥での西原理恵子とのジョイントが秀逸だった・・・という中にあっては、伊集院静氏の著書の内で、週刊誌に連載された長編恋愛物はどちらかというと好きなほうではない。特に氏が描く女性像で、本書の玲奈のような聖女だけは、なんでこんな風に書くの、と思ってしまう。こういう行動を取る女性はいるけれど、その心の中はこうではない、と私はほぼ断言したいからだ。でも喀血のシーンや、作家・野鴨をかくまう桶谷と編集者の片岡をヤクザが襲う臨場感などは凄い。同じ女性でも、この桶谷の妻の描かれようには、聖女はふっとんでしまう強靭さがある。こうでなくては。やはり贔屓としては、A以外はつけられない。

はぐれ牡丹
はぐれ牡丹
【角川春樹事務所】
山本一力
本体 各1,600円
2002/3
ISBN-4894569361
評価:C
 何も開幕7連勝もしなくても良いから、監督は岡田彰布の方が良かった、と思う阪神ファンは私だけだろうか。私は中学・高校時代に甲子園で何度も星野仙一を見て、あの威圧感、存在感と共に、星野イコール恐るべき中日ドラゴンズの人として娘心にインプットされているのだ。これで阪神が優勝したら嬉しいか、と問われたら、うーん、嬉しいけれど醒めてるかも、と今から思う次第である。何の話かというと、上記の気持ちは、直木賞受賞作の『あかね空』を読んだ後に受賞後第1作の本書を読んで感じた違和感と共通しているものがあるのだ。突出した主人公不在で増え広がる登場人物と、余り興味を引かない、面白くない贋金作りの背景。何かと華々しいけどどこかつまらない感じ。著者のこれまでの苦労が直木賞受賞で成就したかのように、過去の貧乏話が喧伝されてはいるが、氏の本領が発揮されるには、もう一山越えるべき峰があると見た。

アイスマン
アイスマン
【早川書房】
ジョー・R・ランズデール
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4152083980
評価:B
 私はランズデールは冒頭でつまづくことが多い。矢継ぎ早に色んな話が繰り出されて面白いことは面白いのだが、もしかして、読者の心を引き付けそうな言葉を良い頃加減に並べてるんじゃないだろうな、と感じてしまう。例えば本作でも、主人公が母親の死体を凍結乾燥させている、とのくだりがあって、ええっ一体どうやって、とギョッとするが、その後を読んでみると凍結乾燥ではないじゃないか。凍結乾燥というと、液体窒素でマイナス196度の超低温まで下げた後に減圧して細胞内の水分を昇華して乾燥することを言う。ビルはせいぜい、部屋を冷房して放ったらかしているだけだから凍結乾燥という言葉はおかしい。細かいことを言うな、と思われる向きもあろうが、こうした用語はコケ脅し的効果を生む。解説者が案の定、この凍結乾燥という言葉をあら筋で採用しているように。そういう底の浅い【すごいだろう効果】がバラ蒔かれている雰囲気があるのだ。一気読みできる面白さはあるのでBにするけど本当は3行目でつまづいたんだからな。

煙突掃除の少年
煙突掃除の少年
【早川書房】
バーバラ・ヴァイン
本体 1,600円
2002/2
ISBN-4150017123
評価:A
 得体の知れない老作家が冒頭で病死する。その妻は夫の生前の仕打ちに対して恨みがましいことばかり言っているし、娘二人は美人で頭も良いが温かみの感じられない女たちだ。というわけで気持ちの良い人間は殆ど登場しないのだが、ストーリーとしては実に心に訴えかけるものが多かった。私は何度も本を置いて考え込んだ。ここで語られる夫婦や親子の関係が余りにも寒々しいが故に、自分の家庭は、私の夫は、今は5歳の娘は将来・・・と思いを馳せてしまうのだ。この小説は一応、ミステリである。殺人もあれば失踪もある。しかし読後に残るのは、この老作家と妻の無残な夫婦関係であり、母と娘の互いの侮蔑が透けて見える親子関係だ。ところで随所に出てきて不快な雰囲気を生み出す『わたしは鋏を渡す』と言うゲーム、その真相は後半になって明かされる。他人を嘲笑いたいがためのような実に腹立たしい種明かしなので、一層、この家庭の病みの深層が感じられたのであった。

わたしは女 わたしは船長
わたしは女 わたしは船長
【原書房】
リンダ・グリーンロウ
本体 1,800円
2002/2
ISBN-4562034734
評価:C
 著者は、映画『パーフェクト・ストーム』で傍役だが印象的な女船長リンダのモデルだった人だ。あの映画は公開時に大劇場で見たのだが本当に凄かった。遠洋漁船が100年に一度というような嵐に巻き込まれ、クライマックスでは海全体が立ち上がったかと思われるような大波に船員が飲み込まれる。あのシーンが忘れられなくて、後にDVDが出た時に素早く購入。でも家のTVで見るとこれがちっとも迫力がなくて、水がザッブンザッブンしてるだけの映画になってしまって残念だった。リンダ役は、『アビス』で主演したE.マストラントニオが好演していたが、本書はそのリンダが船長として最も誇るべき漁を思い返したドキュメンタリーだ。厳しいマグロ漁の実態が誇張がなく淡々と描かれており、著者の無駄と無理のない人間性が感じられて好感が持てる。ただ、『私は女・・・』なんていう邦訳題には相当、げんなりしてしまった。リンダ本人が知ったらいやがるんじゃあないの?

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