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佐久間 素子の<<書評>>
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溺レる
火怨
【講談社文庫】
高橋克彦
定価 (上)800円(税込)定価 (下)820円(税込)
2002/10
ISBN-4062735288
ISBN-4062735296
評価:B
 英雄の一生をえがく時代小説は、晩年がつらい。どうしたって、老戦士は弱いのだ。若い時に、華やかな戦歴を誇れば誇るほど、老いの哀れが心にしみる。しかし、本書の主人公、古代蝦夷の将アテルイは一貫して強い。登場したときから死ぬ場面まで、神々しいほどに高潔な彼の性格がゆらぐことはない。本書の欠点をことさらにあげつらうとするならば、きっとこの非のうちどころの無さということになろう。もっとも感動も同じ所からやってくると言い添えねば不公平になる。そして、常に数倍の勢力をもつ朝廷軍を相手に、策略をめぐらせて挑む戦闘が抜群に面白いのは、弱者である蝦夷が圧倒的に高潔だからだ。こんな小説が、気持ちよくないわけないじゃん。

退屈姫君伝
台風娘
【光文社文庫】
薄井ゆうじ
定価 520円(税込)
2002/10
ISBN-4334733883
評価:C
 思いどおりにならない女の子が好きという男の人たちって、何となく似てませんか。地味で好奇心旺盛で、優しいかと思ったら妙に頑固だったり。私の知っている狭い世界だけの現象かもしれないけれど。読み始めてすぐ、こりゃ、めろめろになるだろうなって顔が浮かんだ。台風娘(比喩ではない)という設定がまず秀逸。そして、出会いの場面がきらきらしてて最高。惜しむらくは、この素敵なシーンの期待値に、その後の展開が追いつかないこと。話がどんどん散漫になっていってしまう。台風との恋愛だもの。ふりまわされたあげく、おいてきぼりは当然だって? 件の男たちは、えーおもしろかったけどなーなんて、けろりと言ってのけるのかもしれない。

最悪
ハードボイルド・エッグ
【双葉文庫】
荻原浩
定価 730円(税込)
2002/10
ISBN-4575508454
評価:C
 いつかテレビで見たような、誰かに借りて読んだことがあるような、著者が書くのはいつだって、そんな、笑えてちょっと泣ける物語だ。陳腐になるかならないかは、紙一重。毎回毎回、危ない橋を渡る著者だなあと感心する。で、今回はというと、やや陳腐でした。なんせ、主要キャラが、勘違いハードボイルド・ヒーローと、トンデモ秘書なのだ。愛すべき人々ではあるが、読者の予想を裏切って、動かすには確かに限界があろう。それにしても、こうくるかなという所に笑いがきて、こうくるかなという所に泣きがくる。あまりにも、予定調和的。笑いがベタなのはよしとするが、泣きはいかんね。もっとも著者は確信犯なのだろうけれど。

木曜組曲
信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス
【新潮文庫】
宇月原晴明
定価 620円(税込)
2002/10
ISBN-4101309310
評価:D
 独自の世界を構築してつづられるファンタジーやSFというジャンルは、容赦のないもので、はまれば極上のトリップ感が味わえるかわりに、合わないとなると徹底的に拒まれてしまう。いやはや、こんなに手こずったのは『グローリアーナ』以来だ。信長とローマ皇帝ヘリオガバルス。大戦前夜のドイツ、時間も空間も遠く隔たった二人について、アントナン・アルトーは思索をめぐらせる。両性具有、古代オリエントの太陽神、光を放つ霊石。めくるめくイメージの奔流にくらくらさせられる。耽美にして衒学的、溺れることができる者のみが物語を受け取れるのだろう。

男の子女の子
無境界家族
【集英社文庫】
森巣博
定価 560円(税込)
2002/10
ISBN-4087475050
評価:B
 家族・育児というきわめて個人的な題材を扱いながら、話がどんどん広がっていくのがおかしい。この、えらく壮大な寄り道を、脱線と呼べないのは家族3人がともに
「無境界」だからだ。何と言っても「個人に対する国家の重みとか管理とかでは、オー
ストラリアが一番軽そう」という理由で移民をする風通しのよさだもの。一事が万事、そんなハイレベルなエピソードを並べて、派手に毒を吐いても、芯にあるのは、個の尊重というあまりにも健全なポリシー。リベラルでありたいと思いつつ、すぐに考えることをさぼって保守に寄っちゃう自分としては、なかなか刺激的な一冊であった。凡人は凡人なりに、それでも目指せ無境界!だもんね。

銀座
長崎ぶらぶら節
【文春文庫】
なかにし礼
定価 500円(税込)
2002/10
ISBN-416715207X
評価:D
 ブランドイメージそのままである。読もうかなとアンテナが動く人には満足できる内容なのだろう。私はだめでした。もしくは、お呼びでないって感じ。芸者と学者の、恋と歌探しを語るこの物語で、学者の魅力がわからないのでは、どうしようもなかろう。また、作詞家である著者が、歌をどうえがくかという点には興味があったのだけれど、歌とは何かということについては書かれていても、歌そのものの表現はあっさりしたもので、はぐらかされたような気がしてしまった。逆に、期待以上だったのが、活気も気怠さもリアルな長崎花街の風情。人のにおいがして、ありもしない郷愁がかきたてられた。

汚辱のゲーム
踊り子の死
【創元推理文庫】
ジル・マゴーン
定価 1,029円(税込)
2002/9
ISBN-4488112056
評価:B
 謎が解かれたあと、思わずうなった。見事な必然性。なるほど回答はこれしかあるまい。わかってしまえば、あれもこれも真相を指していたのだと思い当たる。気づかなかった私のバカバカ。でも、ミステリはこうじゃなくちゃね。ちなみに、私は、図がないとわからない密室トリックや、タイムテーブルがないとわからないアリバイくずしだけでは楽しめない人間である。求めているのは、ドラマがあってこそのパズルだ。その点、本書は、パズルのためにドラマを用意しました的な、ぎこちなさは感じられず、安心して薦められる。シリーズ物だけあって、探偵役(警察官だけど)のロイド&ジュディは人間くさい魅力をばらまいており、こちらのドラマもまた見逃せない。

わが名はレッド
唇を閉ざせ
【講談社文庫】
ハーラン・コーベン
定価 (各)1,040円(税込)
2002/10
ISBN-4062735644
ISBN-4062735652
評価:C
 読んでいる最中は面白くて、一気読みだったのだけれど、ラストは何だかご都合主義にうまいことおさまってしまって、すぐさま醒めた。娯楽小説とはいえ、もう少し余韻を楽しめないとさびしい。殺されたはずの妻を思う夫の気持ちは切なく、さらには、真相をたどるために思い出をなぞる作業がその切なさを倍増させるしかけ。一体この切なさはどこへ消え失せたか。レズビアンのモデル、子煩悩の麻薬の売人等、魅力的な脇役たちも、ラストは何故か影がうすい。ぜひともフォローがほしかった。蛇足ながら一点。なぜこの厚さで上下本、しかも高い。二段組にでもして1冊におさめたら、同じ値段で、ハードカバーが作れるのでは?

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