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鈴木 恵美子の<<書評>> |
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黄色い目の魚
【新潮社】
佐藤多佳子
定価 1,575円(税込)
2002/10
ISBN-4104190039 |
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評価:A
小学生の時に描いた三角の黄色い目をした性格悪そうないやあな魚はみのりの自画像だった。家族も学校も大嫌いなヒトやモノばかりで自分の居場所がない、叔父のアトリエだけが唯一のシェルターだったみのりは、クラスの似顔絵王木島の描いた「いやァな感じでよく似てる」絵にキレル。「私は人のヤなとこばかり見える自分を必死でなくそう隠そうとしてるのに堂々と絵にしやがって」。へぼGKでもサッカーやってれば居心地よいポジションがあり、「マジになるのは自分の限界がみえちまう。」恐さから逃げ、ヘラヘラしてた木島はみのりの怒りのオーラを「感電するように受け取った。」8編を貫いている10代の主人公ならではのピュアさにジンとくる。自分の居場所を見つけるのに苦しんだりごまかしたりしてたことさえ忘れてしまった私めさえ、思わず再読してしまって変わらぬ感動。青春の渦中で翻弄されている人はポールニザン風に「それが美しい時代だったとは誰にも言わせない」と大見得きるにせよ、冬の海さえ輝かすようなラストシーン美しい!青春小説ならでは。よいなあ。成長と未来があるということは。 |
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空中庭園
【文藝春秋】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2002/11
ISBN-416321450X |
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評価:A
どこを切っても生々しい。その切り方も鋭い。殺意まで感じていた自分の母の家庭を全否定するため計画的に妊娠結婚した絵里子、その「何事も包み隠さず」という家族モットーを「浮ついて地に足がついてない」うさんくさいものと見抜いている娘、住んでいる団地自体が「思いこみで成り立っている場所」、「思いこんでいると本当のモノが見えない」と考え初め、自分の思いこみから脱出したいと訴える息子と母親の噛み合わない会話はおかしいような悲しいような…。家庭とはこうあるべきモノという絵里子の思いこみの象徴のようなベランダ園芸の花々は決して根ざすことなく、季節の変化の中でゴミと化していくところも、コワイ。家族の誕生パーティを演出し続けて来た絵里子の誕生日に唯一気づいてくれたのが疎ましい母親だけとか、悲喜劇というほど大げさでなくても巧まずして滑稽、悲惨な家族のキショさ。「あーマジ逃げてえ」とつぶやきながら、何事も深く考えない夫とその家族は、大型ショッピングセンターに囲い込まれて、かってアジアバックパッカーとして逃げてた主人公達より深い迷路にはまっている。 |
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天使
【文藝春秋】
佐藤亜紀
定価 1,800円(税込)
2002/11
ISBN-4163214100 |
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評価:D
白地に黒字で「天使」に銀鼠の帯、シンプルで無彩色の装丁がぴったり。無機的で、非人間的。フツーの人間が持たない「感覚」と呼ばれるサイキックな特殊能力を持つ少年が、その手の能力を駆使して諜報活動をする元締め「顧問官」に拾われ利用される。第一次大戦前という物騒な時代の戦場ヨーロッパ、人の内面に侵略し精神的に破壊するそんな危険な能力が暗躍する。気持ち悪くなるほど暴力的な闘いが次々としかも淡々と続いて、もう結構と言いたい。実は私の友達にも、巫女体質の人がいていわゆる気配を感じることがあるらしい。それはそれで天賦の体質で異空間体験出来るのは悪くない。けど、それが悪利用されることを考えると、ホント、超ホラー。「天使」って要は人の姿してても人間じゃないって存在描いたハードボイルドだよね。ただでさえ寒い季節に余計寒々するの読みたくなかったなあ。
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終戦のローレライ
【講談社】
福井晴敏
定価 (上)1,785円(税込)
定価 (下)1,995円(税込)
2002/12
ISBN-406211528X
ISBN-4062115298 |
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評価:A
敗戦国ドイツ海軍の秘密実験艦「シーゴースト」は日本の戦利潜水艦「伊507」となり、秘密裏にどこやらわけありげな「帝国軍人としては規格外品」艦員ばかりを寄せ集め、特殊兵器「ローレライ」の回収に乗り出す。その秘密兵器の正体は、これが終戦工作の取引材料になるような兵器(?_?)
と意外。又「伊507」に出撃命令を下した司令浅倉の「この国が迎えるべき終戦の形」、上巻では理路整然として期待を抱かせた論理が、下巻の具体策となると狂気の沙汰で、えーっ??でも、人物はその一人一人の相貌や存在感が、死と隣り合い生の意味を問うて克明に描ききられている。苦悩を背負いながらも耐え、苛酷な状況下で支え合い、闘い、限りある命を生ききった人たち!字数制限があって一人一人書けないのが残念。「鳥の将に死なんとするやその声悲し、人の将に死なんとするやその言良し」、その生の限りを生き死んでいく場面場面、胸に迫り、涙ぐまずにはいられない。かっての戦争の愚はより悪い形、「律儀さ」さえ失い、欲望や不安をコントロールする倫理観崩壊となって、今に繰りかえされようとしているという戦慄を感じさせる。圧倒的な読後感だ。 |
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スパイク
【光文社】
松尾由美
定価 1,785円(税込)
2002/11
ISBN-4334923801 |
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評価:C
失恋で一人暮らしのさびしさを愚痴る28歳のOL、緑がたまたま飼うことになったビーグル犬スパイク、実は私もこの手のレモンカラーのを飼ってたことがある。スパイク君のように人語こそ語らなかったけど、人の気持ちをよくわかる賢くて優しい子だった。だから、謎の前で混乱している緑に、解説し、相談に乗り、アドバイスしながら一緒に行動し、時には分別臭くたしなめたり、すねたりする犬らしからぬくせに犬っぽい言動おもしろー(^o^)かった。でも難を言えば、それ以外の登場人物の描かれ方が単なる狂言回しというか、どれもこれも皮相的で深みがないというか、魅力がない。犬ほどの存在感がないのが残念。でも、世の中、犬ほどの品性もないお人も多いこの頃だからねえ。 |
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見仏記 親孝行篇
【角川書店】
いとうせいこう・みうらじゅん
定価 1,575円(税込)
2002/11
ISBN-4048837818 |
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評価:C
「拝む」というほど信仰的でもなく、「鑑賞する」というほど審美的でもなく、ぶらりと行って見る。しかも一人ではなく、ボケとつっこみのかけあい漫才的道中も楽しく。着いて見てみれば、もう過去に何度も見ているはずなのに、新しい発見や新鮮な感動がある。ホント、その通りだよね。だから何度も行きたくなる。でも、その感動はあくまで「真剣さに負けちゃダメだ。真剣さはあぶないぞ。」という、みうら的宗教スタンス
、安易にあっち側にひきずりこまれない主体性あるアーチスト魂からきてるところが魅力。彼ら独自の「見」はシリアスに拮抗する対極だから、けっこう見かけほどお気楽じゃない。でもなあ「親孝行編」なんて恥ずかしいよ。「親孝行する」ってのも恥ずかしいかも知れないけど、「される」なんてほとんど我慢しきれないほどのおこがましさ、つきあわされたくないねえ。 |
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リスク
【世界文化社】
井上尚登
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4418025308 |
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評価:C
リスクを避けるのが賢明、堅実とされる時代ではない。既存の生活にしがみつくのは、沈みかけた船に乗ったまま何とかなる、誰かが何とかしてくれると思っているようなもの。その、無知、怠惰、無責任のつけを払わされる段になって、被害者面で泣きつこうにも、負け組のレッテルを貼られ、バカ扱いされるだけ。
ま、リスクの何たるかも知らず、対処も考えず、選択することなく、いたずらに怖れ汲々とする惰弱な精神こそが、リスキーな状況をより深刻化させるという実用啓蒙書のような小説でした。具体的には、平凡な一家の働き手である30代サラリーマンが株や、家を買う、リストラされるという事態の中で、いろいろなトラブルから学習し、リスク耐性、人生の選択眼を身につけていくというお話。
所詮沈みかけた船でジタバタしてもしようがない、さっさと見捨ててたとえ小さくても次の船で漕ぎ出せる若い世代はいいけれど、それより上の世代って、やっぱり沈没かなあ?今度は50代を主人公に書いて欲しいね。 |
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コレクションズ
【新潮社】
ジョナサン・フランゼン
定価 3,990円(税込)
2002/11
ISBN-4105425013 |
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評価:B
題が効いてる。「誤りを訂正すること、修正、矯正、罰、」などの意味がある語だ。人生は「修正」不能な過去で成り立ち、各人各様の性格、志向も又抜きがたく「矯正」不能。でも人はそんな現実を何とか「コレクト」しようとあがき、すったもんだするという皮肉。老いが円熟ではなく耄碌であり、かっては子供たちに「罰」を与えていた親が、老人性痴呆症の頭に「懲罰」監房とうつる養護老人ホームで死を待たれる身になる。子供達はそれぞれの生活や厄介事を抱えていて、年老い支えを期待する親を疎み、故郷中西部に侮蔑的。長男は父親が嫌っていた投資で金儲けに余念がなく、次男は不適切な性関係で失職し、認められるあてない脚本を「修正」し直し続け、娘は「家庭」を再生産しそうもない。「家族の連帯感や親子きょうだいの親密さは彼の子供の頃に比べて価値あるものと見なされなくなった」世の中、それぞれが勝手にそして孤独に生き死にしていく家族の姿、アメリカだけじゃないよね。孝行や自己犠牲が美徳だった時代は遠く去り、個人と自由が何より重視され、家族の絆の支配下で忍従し苦しむことも無くなった変わり、「コレクションズ」のジタバタドタバタは続くのだ。疲れる。 |
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七王国の玉座
【早川書房】
ジョージ・R・R・マーティン
本体 (各)2,800円
2002/11
ISBN-415208457X
ISBN-4152084588 |
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評価:A
警告!「えーっ次、次はどーなっちゃうのよ?」とあれこれ想像し過ぎて不眠症になるおそれがあるので、せっかちな人は全巻完結してから読むべし!「氷と炎の歌1」という表題が既に暗示的だ。古代北の王の血族スターク家6人の子供達に迫る氷雪の試練と、ドラゴンの血を受け継ぐ前王家ターガリエン家最後の末裔デーナリスの、炎の中から誕生復活再生する命。その魔術的妖しさと冷厳残酷な政争の現実感が溶け合って、スケールの大きな世界が展開されている。ディテールも読ませる。現王家をめぐる攻防の中、正義と名誉と友情を重んじる男は、手段を選ばぬ謀略の前で、何と愚かで無惨な存在か。陰謀、強姦、略奪、殺戮、破壊、戦乱の南。「壁」と呼ばれる防壁の周辺、ゾンビのような恐怖の存在が隙をうかがう北。最後に生き残るのは誰か。ほんとドキドキしちゃう!それに七王家のそれぞれが持つ紋章と銘言は、人に誇り強さ美しさを与えるお守りであると同時に運命的血縁の呪縛でもあるんだなあ。かっこいいような、こわいような。
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ビッグ・レッド・テキーラ
【小学館】
リック・リオーダン
定価 1,901円(税込)
2002/12
ISBN-4093562725 |
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評価:B
ダーティなスラング、ジョーク乱発でもゲスくない。ドランケンなラテンテイスト結構イケてる。テキサスはサンアントニオ、勿論行ったことないけど、熱くて乾いた風や街の匂いまで伝わってくる。10年ぶりの帰郷は、父の死の真相解明や、昔捨てたはずの恋人からのラブコールがきっかけにせよ、ドライでワイルドなその風土が彼を引き戻したと言ってよい。過去を洗い出せば恋人は謎の失踪、汚職がらみの脅迫事件をたどれば次々おこる殺人事件の惨殺死体に直面。一銭にもならない上に命もヤバくなりそうなシュチエーションで警告無視、殴られ蹴られ留置所に放り込まれ、銃を突きつけられても全然懲りず、ずんずんズカズカ踏み込んでいっちゃうこのノリは何?タフと言うより無神経なマッチョバカじゃないの?でも、全然ヒロイックじゃない気取りのなさ、失うべき何物もないプータロ青年の恐れを知らないサバサバした強みがおもしろいキャラ作ってて読ませる。現代版「往きて還りしものがたり」ってとこかな。 |
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