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渡邊 智志の<<書評>>
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道祖土家の猿嫁
道祖土家の猿嫁
【講談社文庫】
坂東眞砂子
定価 860円(税込)
2003/1
ISBN-4062736446
評価:A
 「家モノ」にハズレなし! 一族史を丹念に追った大河小説が「家モノ」。『楡家の人々』が家モノの筆頭なのかな? 家にはドラマがあるんだなぁ、と改めて実感。家は男を主軸に据えて形作られた血族家系制度で、そこに放りこまれた嫁(=女)の歴史。しかもよりによって「猿嫁」。表紙だけ見たらどんな話なのかぜんぜん判らない。ルソーの南国の絵が不思議。「道祖土」ってのも普通は読めない。舞台は土佐(高知)で作者のネイティブな方言が心地良い。思わず口調を真似しちゃう。「たまるかたまるか」…って意味は判っていないけど。時代を経て変わる物と変わらない物が丁寧に描写される。立ちションは不変。高知の女性が今も立ちションしてるわけじゃないぞ、たぶん。人生って長い。ひとりを丹念に追うだけでこんなにもドラマチック。テレビドラマでは味わえない、小説ならではのほんわかした暖かみを味わえます。この本は大マジメにお勧めです。面白かった!

走るジイサン
走るジイサン
【集英社文庫】
池永陽
定価 420円(税込)
2003/1
ISBN-408747531X
評価:B
 頭の上に矢印がのってる人に会ったことがある。風見鶏みたいにくるくる回って、どっちに進めばいいか判るんだとか。背中に拳銃を突きつけられてる人もいたっけ。別の意味でヤバイですね。それに比べれば、頭の上にサルがちょこんと座っているなんて、可愛いもんだ。当人にしてみたら大問題なんだろうけど、このサルに愛嬌があるもんだからつい笑っちゃうんだな。老いてなお旺盛な性欲に右往左往する老人と、すっとぼけたサル。若い時には実感しにくい「老」と「死」を、小説ならではの手法で巧みに表現されてます。「癌で余命いくばくもない」とか「意外な過去が遺書で明かされる」という展開はちょっと陳腐かな? でも上手いし面白いからぜいたくな文句が言いたくなっちゃう。短すぎるんだ! ツルツル読めちゃう。人物を掘り下げてそれぞれのドラマを丹念に読みたかった。サルと一緒にジイサンには右往左往し続けて欲しかったなぁ。「右翁左媼」…なんてね。

幻獣ムベンベを追え
幻獣ムベンベを追え
【集英社文庫】
高野秀行
定価 540円(税込)
2003/1
ISBN-4087475387
評価:A
 探検で未開の奥地に進んでゆく男たちの顔はみんな似てくるんですね。そっくりな顔の友達がいますよ。ところでムベンベって何? これは80年代の話だから、当時はそんなのがいたの? 今も昔も変わらず生き続けてる怪獣? どうせ「みんなの心の中に」「夢として、良い思い出として」生きてるんでしょう? …そんな甘っちょろいもんじゃなかったです。日記調の筆致はあくまで冷静に現実を見てる。やってることが普通の感覚からするとかなりブッ飛んでるから、逆にクール。でもどう考えてもこの人たち「変」。本読んで声出して笑ったのは久しぶり。ムベンベらしき写真は無し。せっかく来たからでっち上げちゃおう、と不純なことは微塵も考えなかったらしい。あくまで純な動機だったことにも感動。最後にメンバーが寄せたあとがき、…泣けるねぇ。30日間病気で倒れていた田村くんの心情は胸に沁みる。自分もアフリカに探検に行きたくなる…、ことはないよね?

あとがき大全
あとがき大全
【文春文庫】
夢枕獏
定価 790円(税込)
2003/1
ISBN-4167528088
評価:B
 あとがき先読み派か否か。…断然「あとがき先読み派」。どうせすぐに内容を忘れちゃうし、犯人知ってても犯人当てられないんだから、この本を通読した後でも、今後ずっと夢枕獏の作品をたっぷり味わえるでしょう(まだ一作も読んでないんだから恥じるべきですが…)。日記の覗き見みたいな雰囲気で、ちょっと気恥ずかしい独特のノリ。好きな子の気を惹こうとして手を尽くして遊ぶ初恋の文通みたいで、なんだか照れ臭くなってきました。意味不明のところもたくさんある。キャラクターへの思い入れはすごいと思う。年月を経て若さゆえの気負いやひとり相撲が薄れ、成長していく様子が垣間見える。…テンションの高さとはしゃぎっぷりはあまり成長していないか。でも読者へのサービス精神が噴出してるんだからこれはこれでいいんだよな、あとがきをひとまとめにした時点で同じような調子になっちゃうんだから。自作を褒めすぎるのも少し鼻につく。でもそれが快感!

涙
(上・下)
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 (上)620円(下)700円(税込)
2003/2
(上)ISBN-4101425256
(下)ISBN-4101425264
評価:C
 乃南アサは苦手です。どうしても好きになれない。初めから偏見を持って読み始めているので、ついつい粗探ししつつ読み進めちゃう。タイトルが薄っぺらいとか、人が描けていないとか、あまりに都合の良い巡り合わせとか。まるでどうでもいいことに引っかかって集中して読めない。どうにも苦手なんです。おすぎの解説が映画作劇に絡めていたから、意識しながら好意的に読み進めました。映画になると思えばちょうどいい展開っぷりかも。当時の出来事や風俗をあからさまに挟みこんでいるのは、意外と気になりません。サービス精神と思えばいいのかな。年表丸写しのように挿入されているので便利に使えます。おかげで作品全体が「あの時代の空気に包まれた思い出」という雰囲気になっていますが、非現実的なおとぎ話でファンタジーめいているのは狙った効果なのかな? 60年生まれの作者に時代に対するノスタルジーはなさそう。今回も苦手意識を払拭できず。残念。

沙中の回廊
沙中の回廊(上・下)
【朝日文庫】
宮城谷昌光
定価 (各)700円(税込)
2003/2
(上)ISBN-4022643021
(下)ISBN-402264303X
評価:B
 世界史の受験勉強で中国の王朝を歌って覚えました。♪殷・周・春秋・戦国・秦~。「春秋」ってなんだかたくさーんの国があってごちゃごちゃしてた頃でしたっけ? その程度しか知らなくてこんな重厚な歴史大河物を読みこなせるのか。…苦労しました。人物や国名などの固有名詞が読めないし、なかなか覚えられない。途中で2度も諦めようと思ったけれど、一歩一歩ゆっくり進んで、なんとか読了。もともと歴史物の乾いた文体は好きな方で、下巻に入ってからは急に面白くなっってきました。主人公の存在が重みを増し、要職について出世してゆくあたりから感情移入開始。国を治める者が遵守すべき内容について語る主人公はカッコイイ。現実のサラリーマン生活で部下が上司を諌めるのってホントに大変だし、正義の人が報われるとは限らないし、ちょっと悲しくなったりしてね。理解は不十分でしたが『重耳』も読みたくなりました。受験勉強は無駄だったことが判明…。

『坊っちゃん』の時代
『坊っちゃん』の時代(1~5)
【双葉文庫】
関川夏央・谷口ジロー
定価 600円~650円(税込)
2002/11~2003/2
(1)ISBN-4575712299
(2)ISBN-4575712302
(3)ISBN-4575712310
(4)ISBN-457571240X
(5)ISBN-4575712442
評価:C
 嵐山光三郎『追悼の達人』『文人悪食』『ざぶん』を直前に読んでました。内容が重なって目新しさがなく、ちょっと退屈。先読み後読みの差ではなく、5冊もあるのにこれだけか、という物足りない感じ。人間として文豪を捉え直す読み物はどれも意外な真実を知ることができて興味深いことが多い。史実に創作を混ぜてドラマ化する場合、大胆な虚構や物語の嘘を楽しみたいのに、偶然の邂逅(すれ違い)がすれ違っただけで終わってるんですね。それだけ。そこからドラマが展開しない。デッサンがしっかりしていて細かい絵は好みなんだけど、女性の顔を描き分けられないというのは弱点かも。最初の1冊として手にしやすいという利点はある。仮想を描く必要はないし、結果として物語部分があまり面白くないのは仕方がない…。本当にそうなのか? 絵の力はとても強いんだから、漫画でなければできない独自の演出をして欲しかった。嵐山光三郎は面白かっただけに、残念。

鉤爪プレイバック
鉤爪プレイバック
【ヴィレッジブックス】
エリック・ガルシア
定価 924円(税込)
2003/1
ISBN-4789719804
評価:A
 前作も読んだ。でも忘れちゃった。ぼんやりと面白かったけれど忘れてしまうくらいの印象。だからどうせダメでしょ…、ってなめてかかったら、ところが失礼ながらこれが実に面白い! ストーリーテリングがシンプルになったから? 設定を説明する手間が省けたから? 文章がこなれていて読みやすい。「登場恐竜」が少ないのも嬉しい。ご都合主義で話がとんとん拍子に進みすぎるきらいはある。軽妙さも空々しいかも。つまらないジョークを言う軽い主人公を受けつけない、っていう意見もあるでしょう。でも恐竜ならではの乱闘活劇、その滑稽さを楽しむのがメイン。「恐竜なのだ!」という世界観を受け入れてしまえば、香腺や尻尾などの特殊なアイテムがドラマの中で活きている。なんでもない話に「恐竜&軽味」を足して、新しい楽しみ方を提供してくれた。映画化されるのかな? 小説の文字だけの表現を追う方が、逆に自由にその姿を思い浮かべる楽しみがあるよ!

モンスター・ドライヴイン
モンスター・ドライヴイン
【創元SF文庫】
ジョー・R・ランズデール
定価 630円(税込)
2003/2
ISBN-4488717012
評価:C
 不思議な気分だ…。この本に最低の「C」評価を付けることにためらいがない。けなせばけなすほど、それがこの本の評価につながっていくような気がするね。「バカ」とか「くだらねー」という否定的な言葉が、逆に褒め言葉になるでしょ。本のページの角を気に入ったところでたくさん折っている。とんでもないモノが登場した時に「ワハハハ」と笑いながら折り曲げたみたい。ドンドコ変テコなモノが出てくるから油断できない。章が進むにつれてきちんと状況が肥大化(クレッシェンド)しているのが嬉しい。映画的な盛り上がり方だ(必ずしも映画になって欲しいわけじゃないけど)。訳文はちょっと読みにくい。でも勢いがあって軽妙で、グロテスク過ぎることもない。必ずしも笑える話ではないんだけど、笑えるんだ。「なんだよこれ-、バッカじゃねーのー!」な-んて言いながら。ポップコーンを食べながらさらっと読み飛ばそう。「C」評価は褒めてるんですってば!

拳銃猿
拳銃猿
【ハヤカワ文庫HM】
ヴィクター・ギシュラー
定価 861円(税込)
2003/2
ISBN-4151739513
評価:A
 この話はまとめるのが簡単。「早い」「悲しい」「小気味良い」。ポイントは3つ。「早い」は展開の早さ。登場人物がスピーディに駆け回るという印象はないのに、場面転換が早い。「悲しい」は純粋に人の死に対して。こういう小説で殺人を悲しく感じるのは珍しいのでは? 「早さ」が「悲しさ」を加速させている。言葉が少ないのでどんどん「悲しく」なっていく。そして「小気味良い」。主人公の素直さ・実直さにどんどん好感を抱いてゆく。けっして冷酷さを感じない。方針がシンプルで理屈をこねないから、バンバン殺してもするっと受け入れちゃう。…感覚が麻痺してる? いっぱい死んだもんね。登場人物表に挙がっているメンバーで死ななかったのはいるのかしら。謎解きや登場人物の深い悩みに食傷気味の場合、なにも考えずに読める本書は最適。くたびれぎみの日常生活の中で、読むタイミングがちょうど良かったってことかな? 次に読んだらイマイチかもね。

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