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山内 克也の<<書評>>


コンタクト・ゾーン
コンタクト・ゾーン
【毎日新聞社】
篠田節子
定価 1,995円(税込)
2003/4
ISBN-4620106690
評価:A
 東南アジアの反政府抗争をテーマとした冒険小説といえば船戸与一の『虹の谷の五月』が秀逸だけど、この作品もそれに劣らない出来映え。買い物漁りとリゾラバ目当ての30代すぎの未婚邦人女性3人がインドネシア近くの小国に訪れる。まもなく起きた反政府暴動に巻き込まれ山奥部に逃げ込みサバイバルを余儀なくされる。と、よくもまあ、こんな破天荒な設定自体、まずど肝を抜かれた。
 3人の窮地を助けた村には民族解放戦線やイスラム過激派といった武装集団が支配しようと入り乱れ、3人は現地の人々とともに村の安寧に努めようとする。ペーパーだが医者の資格を持つ祝子は戦闘で傷つく人々を治療するにつれ正義感を募らせ、村の男性とつき合ううちに母性愛が高まるありさ。ちょっとクールでも、武装集団による強制労働を身代わりで買って出るなど、実は熱いハートが持ち主の真央子。生死を境にする出来事を通し、ぬるま湯体質のニッポン女性にたくましさが宿っていく。一種の成長小説でもあり、痛快さを存分に味わえた。

アンクルトムズ・ケビンの幽霊
アンクルトムズ・ケビンの幽霊
【角川書店】
池永陽
定価 1,365円(税込)
2003/5
ISBN-4048734725
評価:D
 優しくて、ちょっと頼りなさそうな中年男を主役にするのが特徴の池永作品。この手のテーマは嫌いではないが、今回はあまりいただけなかった。
 小さな鋳物工場で働く不法滞在のタイの青年らを、給料の支払い前に入国管理局に密告しろと社長にせつかれ、なかなか道義的に実行できない主人公。ま、このくらいの優柔不断な性格や人物造形に違和感はない。気になったのは、主人公が中学時代、在日朝鮮女性の同級生に慕われ、卒業後大事なモノを渡すといいながら受け取らない場面。「差別ではない」「彼女の大事なものだから受け取れない」との心情を強調するのはいいけれども、あまりにも表面的。結局はラストへの着地点を求める「伏線」が見え見え。
 全体的に在日問題、外国人労働者問題といった日本の社会問題を前面に出し、その中で生きる中年男の悲哀、そしてそれを乗りこえて生きる望みを見出そうとするお涙頂戴ストーリーに徹しようとしているが、あまりにも舞台設定がクサすぎるように思える。

ボロボロになった人へ
ボロボロになった人へ
【幻冬舎】
リリー・フランキー
定価 1,470円(税込)
2003/4
ISBN-4344003314
評価:C
 リリー・フランキーといえば「日本のみなさんさようなら」で、邦画を独特な鑑賞で揶揄っぽく書いた、ひとくせある批判精神の持ち主、とのイメージがある。ほかにも、ヘタウマのイラストや、ひねくれた物言いのテレビコメントなど、さまざまなジャンルに活躍活躍中だ。そのリリー・フランキーが、「ついに小説もか」と思いながら、ページをめくった。
 巷のドラッグ需要をさばくために大麻栽培が日常化した「大麻農家の花嫁」、極刑も処置次第では快楽につながる「死刑」、都落ちした男が自堕落な少女に、“慰め”の本質をつかれる「おさびし島」。各短篇とも逆説的な論理構成に「あははは」と笑わしてくれる。著者らしいシニカルな世界観にそれなりの快活さを覚えるが、本を閉じ、その世界観にどんな「寓意」があるのかを思い返すとなかなか答えられない。不思議な小説だ。

PAY DAY!!!
PAY DAY!!!
【新潮社】
山田詠美
定価 1,575円(税込)
2003/3
ISBN-4103668091
評価:B
 無邪気な性格に、恋だの勉強だのと正面きって生きるロビン。対照的に、年上の人妻とつき合うなど、少し影のあるハーモニー。アメリカ南部の広々と自然豊かな舞台の中で、この16歳の双子の兄妹がすがすがしく描かれ、いかにも「青春」している。かつ、双子の両親の離婚や、南部特有の人種問題なども織り交ぜ、「人生」の山あり谷ありの説諭的なストーリーに、ほろりともさせる。
 この小説で最大のテイストは、「9・11」。世界を震撼させたあのテロで、双子の母親も巻き込まれ死んでいく。母の喪失感が、二人に「死」の存在を意識させ、生きていくことの大切さを照射する。ただ、あの大事件によって「刹那的に生きていこう」という、二人のやや悲哀感をにじませた意思を加速させているようにも読みとれたけど…。

ぼくらはみんな閉じている
ぼくらはみんな閉じている
【新潮社】
小川勝己
定価 1,575円(税込)
2003/5
ISBN-4106026562
評価:A
 ノワールの名手・トンプスンの筆致をウエットにした作風で、内面の狂気をえぐり出すハードなミステリに、なかなかの読み応え。著者の作品は初読だけど、ハマってしまいそう。
 9つの短篇とも、卑近な出来事をテーマにしていて、雰囲気に入りやすい。1発目の「点滴」は、病養の老父の財産を、他人が狙っていると娘が疑心暗鬼に陥るが、単純に精神が病んでいく様子だけを描いてはいない。老父の家庭へのさまざまな過ちに対する記憶が甦るたびに娘の恨みが増幅し、やがて制御のきかなくなった憎悪が周囲をも巻き込んでいく。各編とも「心が壊れていく」という過程を緻密に描き、「犯罪が起きるとはこういうことなのか」と説得力を持たせている。結構現実感のある怖いミステリである。

ピエールとクロエ
ピエールとクロエ
【新潮社】
アンナ・ガヴァルダ
定価 1,365円(税込)
2003/4
ISBN-4105409026
評価:C
 夫に逃げられた嫁を、舅が慰める話だけど、こういう「告白モノ」の物語って、感傷的で説教じみていて正直読むのにつらかった。特にこの作品では、一見偏屈そうな舅が、過去、不倫で修羅場をくぐった経緯を、同じ境遇に立つ嫁に切々と語りかける。自虐的な話を(少々酒を飲んで酔いながらではあったが)、よく言えるもんだと、この舅に感心さえした。
「お義父さんの同情や善意はたくさんだわ」と、キツイ言葉を嫁は投げかけるものの、舅の話を聞くに連れ、立ち直っていく様子が分かる。それがこの物語のテーマだろう。他人の修羅場と、自らの不幸を天秤にかけ、嫁は「どちらかより深刻か」を推し量りながら、傷ついた心の癒す方法を探っているようで、ま、面白くもあった。

HOOT
HOOT
【理論社】
カール・ハイアセン
定価 1,449円(税込)
2003/4
ISBN-4652077270
評価:B
 大型施設の建設で、スナフクロウの巣が埋没するのを阻止しようとする、少年たちの「子どもっぽい」抗議運動が微笑ましかった。一応、子ども向けに作られた本と思うが、建設の際に必要な環境アセスの法的な話をきっちり書いていて、分かりやすい。全体的にミステリタッチで構成されていて、大人でもぐいぐい話に引き込まれる。
 アメリカを舞台にしているが、かの国にありがちな独善的な正義感をゴリゴリ押し通すのではなく、フクロウを守る少年たちをはじめ、建設に携わる人など、それぞれの登場人物の立場に沿って描かれ、複眼的なストーリー仕立てになっている。体は小さいが負けん気の強い主人公、いつも裸足で駆ける少年といったキャラクターも魅力的。「児童向け」と侮ってはいないけど、「拾いものをした」と思わせた一冊。