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山崎 雅人の<<書評>>


ZOO
ZOO
【集英社】
乙一
定価 1,575円(税込)
2003/6
ISBN-4087745341
評価:B
 読み心地の悪い小説だ。つまらない訳ではない。文章が読みにくい訳でもない。では原因は何か。それは読んでいて不安になるからだと思う。期待する結末がないのだ。予想できないのとは違う。したくならないのだ。崩壊した精神の末路を、狂気のなれの果てを、想像したくはない。しかし、乙一はそれを平然と真顔で描いているに違いない。
 生みの親と双子の妹から、死の一歩手前まで虐待を受ける姉。墜落する飛行機で安楽死の薬を値切る女。死の部屋に閉じこめられた姉妹。それぞれの話は、たくらみに満ちた筋書きと、血色の鮮やかな結末を有している。
そして前頭葉に悪夢を植えつけようとする。
 こんな話を進んで読んでしまうのは、自らも破壊の快感を欲しているからにほかならない。さらには無意識に物語が時代の潮流に乗っていることを認めているのだ。読むほどに精神的ダメージが増幅する闇黒の短編集に、恐怖の原点が垣間見える気がする。

オクタシニア
オクシタニア
【集英社】
佐藤賢一
定価 2,520円(税込)
2003/7
ISBN-4087753077
評価:B
 13世紀の南フランス。薔薇色の都、オクシタニアを舞台に宗教戦争が勃発する。信仰と欲望をめぐる闘いに勝利するのは、異端カタリ派か、正統ドミニコ会か。その時、神はどちらに味方するのか。一方、そんな闘いの最中、信仰を理由に袂を分かつ夫婦があった。愛と信仰のはざまで翻弄されるふたりの運命も、やはり神の手の中にあった。信じる者たちは、どこに導かれていくのだろうか。
 文体の妙をもった小説である。宗教と政治、権力をめぐる闘争を壮大なスケールで描いた西洋歴史小説で、オクシタニアの住人は関西弁もどきでしゃべりだすのだ。これが実にいい。その軽快妙味な響きは他に類をみない心地よさなのだ。匠の技に脱帽である。
 文体以外もうまい。ダイナミックな演出、スピーディーな展開に、ぐいぐい引き込まれる。そして信仰の根源への鋭い問いが恋愛に昇華していくあたりは、ただただうなるのみである。真の純愛物語がここにある。

ドスコイ警備保障
ドスコイ警備保障
【発行アーティストハウス/発売角川書店】
室積光
定価 1,470円(税込)
2003/7
ISBN-4048981285
評価:C
 元横綱は廃業後の力士の就職問題に心を痛めていた。相撲界のため、未来ある若者たちのために用意したのは、警備会社『ドスコイ警備保障』だった。元力士たちの新たなる挑戦が幕を開ける。ついでに、ただのデブも。
 東へ西へ、時には海を越えてハリウッドまで。向かうところ敵なし。縦横無尽に活躍を続ける元力士たちの成長の物語である。そして笑いと涙のドタバタ人情喜劇である。
 お相撲さんの人情物。あまりにもイメージ通りのベタな話だ。義理人情を重んじ、礼儀正しく力持ち、広い心と優しい笑顔。(最近はちょっと違うようだが)そのまんまなのだ。相当笑えるのでかろうじて許されるが、斎藤美奈子なら間違いなく怒りだすであろう。
 しかし、ギャグはいちいち可笑しいし、筋書きもひねりが効いていていい。キャラクターが容易に想像できるだけに、簡単につぼにはまってしまうのだ。「鳥かごフォーメーション」どうです?面白そうじゃないですか?

ハワイッサー
ハワイッサー
【角川書店】
水野スミレ
定価 998円(税込)
2003/7
ISBN-4048734717
評価:C
 とある専業主婦の日常を濃密に描いた物語である。有意義で完璧な一日を心がけるコトブキは、今日も朝から大忙しだ。子どもを起こし、朝食の準備、朝っぱらから浮気に向かい、帰って来るとPTA活動へ出発。とにかく精力的に動き回る。愛と幸せに満ちあふれたかに見える暮らしに、死角はないのか。
 専業主婦を前向きに、ひたすら明るく描こうとする視点、それを一日に凝縮して表現しようとする試みは斬新だ。とかく暗く描かれがちなシチュエーションなだけに、この底抜けな明るさは希少である。悩み多き日々を持ち前の明るさで何とか乗り切ろうとする、気丈でひたむきな女性の物語。と読めなくもないが、それは深読みしすぎであろう。難しく考えるのはかえって失礼な気がする。
 極楽人生のすすめ。気楽に楽しく読めることが長所、それだけなのが短所。平凡な主婦のバイタリティと、個性的な思考に触れれば、あなたも超肯定志向人間になれる。かも。

輝く日の宮
輝く日の宮
【講談社】
丸谷才一
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4062118491
評価:B
 的確な表現ではないかもしれないが、本書は、旧かな使いで書かれた柔らかな文体を持った、現代古典文学である。そのいっけん格式の高そうな語り口に身を委ねることができたなら、この上なく美しく魅惑的な丸才ワールドに、ずっぽりとはまることとなる。
 源氏物語の耽美な世界、欠落した一編『輝く日の宮』をめぐる大胆な推理がダイナミックに展開する。そこに、主人公のピュアでいてどこか破滅的な恋愛模様が織り重なる。時代を越えた男女の共演。艶やかで神秘的な恋の行方が、きらびやかに描かれている。
 教養に裏打ちされた切れ味鋭い視点。古典文学をテクストに用いながらも、決して堅苦しくならず、小気味良く仕上げる技は、感嘆の極みである。だれにも真似することのできないであろう、匠みの職人芸なのだ。
 読後、ワンランク上の読み手になったと錯覚させてくれる変幻自在の物語は、古典に興味のない人にもお薦めのポップな一冊である。

シェル・コレクター
シェル・コレクター
【新潮社】
アンソニー・ドーア
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4105900358
評価:C
 老学者は貝を拾って暮らしていた。偶然、貝の毒で病を治したがために、人々が孤島に押し寄せてきた。表題作「貝を集める人」。死者の魂にふれることのできる女性と夫の苦悩の物語「ハンターの妻」など8篇は、豊かで美しい自然と人間の孤独との有機的な繋がりを、静かで淡々とした筆致で描いた、寓話的雰囲気を持つ洒落た短編集である。
 自然と人間が渾然一体となった世界を、色鮮やかに表現した物語は、時に異界をも融合し、超自然的な世界観を見せつける。単なる幻想世界としてではない。すべてが理性的な存在として描き出されているのだ。
 そんな複雑な感覚を著者は雄弁には語らない。贅肉をそぎ落とし、わずかな言葉でささやくに止まる。感覚を研ぎ澄まし行間を読むことが要求されるのだ。これは読むのに少々骨が折れる。堅苦しく畏まった感じも若干気になる。苦労の価値はあると思うが、肩は凝る。読み手のセンスが問われる作品である。

海を失った男
海を失った男
【晶文社】
シオドア・スタージョン
定価 2,625円(税込)
2003/7
ISBN-4794927371
評価:C
 読み始めた。意味が分からなくて泣きそうになった。次篇を読んだ。けったいな話だと思った。ちょっと面白かった。次に進んだ。面白さ三倍増、ちょっとだけ唸った。そして「海を失った男」今度は泣いた。解読不能だった。しかし解説を読んでほっとした。
 白痴の少女の美しい手に病的に固執する男は、手と同居を始める「ビアンカの手」。驚くべき才能を持った男は、年齢に対して精神と肉体が成長しない病に侵されていた。治療を開始した男に現れた変化とは。成熟の意味を問う著者の代表作「成熟」。ほか全8篇は驚くべき想像力と、ブラックユーモアに満ちあふれた、不思議・奇天烈な作品集である。
 とっつきにくいが、読み進むほどに魅了されていく。油断していると遠くに飛ばされてしまう。まったくもって食えない作品だ。シンプルなストーリーに複雑怪奇な思考をのせた物語は、幻想文学の極致を堪能させてくれるであろう。いろんな意味でしびれます。

リトルシーザー
リトル・シーザー
【小学館】
ウィリアム・バーネット
定価 1,700円(税込)
2003/7
ISBN-4093565112
評価:C
 シカゴの暗黒街で一介のチンピラだった悪名高き殺し屋リコ。彼はある現金強盗をきっかけに、リトル・イタリアにその名を知らしめていった。悪魔のような運と、狡猾な立ち回り、勇敢さと明晰な頭脳でライバルを蹴散らし、リコは一気にギャングの頂点へと駆け登った。本書は、ギャングスターとして君臨したリコの生涯をあざやかに描いた、クライム・ノヴェルの古典的名作である。
 スターダム。成り上がり。ワル。男心をくすぐるキーワードをそろえた物語は、スピード感にあふれ、最後まで一気に読ませる。筋書きのおもしろさに酔い、クールな登場人物の格好いい台詞回しにしびれっぱなしなのだ。
 惜しむはどきどき感が少ないところ。あっけないシーンが多く、情景を思い描く暇もなく次へ進んでいってしまうのだ。その点を補うことができる映画『犯罪王リコ』は傑作であるに違いない。それでも十分に良質なエンターテイメントを、この機会にぜひどうぞ。

シービスケット
シービスケット
【ソニー・マガジンズ】
ローラ・ヒレンブランド
定価 1,890円(税込)
2003/7
ISBN-4789720748
評価:A
 世界恐慌も終焉間近の1930年代後半、全米は、あるイベントに熱狂していた。その渦の中心にいたのは人ではない。馬である。すべての人が競馬に、いや、一頭の馬に夢中になっていた。馬の名前はシービスケット。全米を席巻した伝説の競走馬である。本書は、シービスケットと馬を取り巻く男たちの生涯を描いたスポーツ・ノンフィクションである。
 臨場感あふれる迫力の競馬シーンや、細密な描写はもちろんすばらしい。しかし、もっとも感動的なのは、力強い物語であり、奇跡のドラマである。馬に惹きつけられ、翻弄される男たちの熱い想いである。二流の馬、片目の騎手、無名の調教師が、ひとりの実業家の元で出会う偶然。成功と転落。そして四位一体で成し遂げた奇跡の復活劇。その真実の圧倒的な迫力にこころ奪われ、最後まで目を離すことができなくなってしまうのだ。
 刹那の栄光を描いた感動の物語は、競馬ファン以外も文句なしに楽しめる傑作である。