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渡邊 智志の<<書評>>



ふたつの太陽と満月と
ふたつの太陽と満月と
【集英社文庫】
川上健一
定価 630円(税込)
2003/8
ISBN-408747609X
評価:B
 青春時代を思い出す熱い小説! スポーツを丹念に描いた物語を読むと、涙腺もゆるみがちになるってもんです。ゴルフの用語もルールもなにひとつ知りませんが、そんなことどうでもいいんです。「スキンズ」とさらりと口に出し、例え1ドルでも真剣勝負をくりひろげる…、そんな姿を心底うらやましく思いつつ、最後に涙が少しこぼれます。スポーツの世界で勝負する人間たちは、それ以外の世界ではいっさい関わりのない純粋な立場どおしのほうが魅力的だと思います。この連作には主人公に直接関わりあいのある人間が登場しすぎるので、ゴルフを通じて人間関係が築かれる、というよりは、ゴルフを通じて人間関係が修復される、という展開になってしまい、結果としてゴルフ勝負の持つ純粋さが薄れているのがちょっと残念です。とはいえ、父親が出てくる話は本当によかったです。男親と息子って基本的に会話がないものだから、黙々とゴルフする絵が美しいんですよね。

カルチェ・ラタン
カルチェ・ラタン
【集英社文庫】
佐藤賢一
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4087476030
評価:A
 面白い。大げさで壮麗な章題と構成ではったりをかまして、なんとも下世話な話がえんえんと続くという、エンターテインメント小説としてもっとも落差の大きい楽しみ方を提供してくれて、隅から隅まで大満足です。タイトルが本当に学術研究論文かと尻ごみさせるほど硬くて、まず始めに手を伸ばすのをためらっちゃうんじゃないかと思えて、それだけが(要らぬ)心配だったりします。コレ、馬鹿マヌケなお話です(ホメ言葉です!)から、安心して大笑いできますよ。宗教上の命題というのは、外側にいる人からすればどうしてそんなことが大きな問題になるのか判らないんだけれど、真剣につっこんで考えたらグルグル廻ってそこから抜け出せなくなってしまう面倒くさい問題。当時の倫理観を現代に持ちこむと苦笑するしかないレベルなんだろうけど、実はこの小説の中で、笑いにまぎれて真剣に問題意識を持って考えることも出来るという仕掛けになっているんです。凄い。

一瞬の光
一瞬の光
【角川文庫】
白石一文
定価 780円(税込)
2003/8
ISBN-4043720017
評価:C
 主人公は騙されているに違いない、きっとラストにどんでんがえしが待っているに違いないっ! …とニヤニヤしながら読んでいたのに、するっと「イイ話」で終わってしまうのが大いに不満です。不幸なヒロインは実は虚言癖の持ち主で、みんなうすうす感づいているんだけれど、主人公だけは頑なに信じ続けていて、最終的にはふたりとも不幸のどん底に落ちてゆく…、という結末になるんだと思っていました。ヒロインにも主人公にも感情移入できる点がまったくありませんでした。うーむ、エリートサラリーマンってこんなに頭が悪いかなぁ。作者は天罰を与えずとも、裏の裏には彼らの愚行を諌めるメッセージをこめたのではないだろうか、と好意的な解釈の深読みもしてみたんですけど、たぶんそういう小説ではありませんね。本気でこの話を「イイ話」として終わらせたみたいです。ストーリーはともかく、登場人物の心理描写は丹念で、入りこんでいくことが出来ました。

イリヤの空、UFOの夏
イリヤの空、UFOの夏
【電撃文庫】
秋山瑞人
定価 (1)578円(税込)
定価 (2〜4)599円(税込)
2001/10〜2003/8
ISBN-4840219443
ISBN-4840219737
ISBN-4840221731
ISBN-4840224315
評価:B
 タイトルに燃える! …という視点で読むと、「正しい原チャリの盗み方」だの「無銭飲食列伝」だの、燃えるタイトルですねぇ。前半で水前寺部長に惚れこんだので、「水前寺応答せよ・前後編」には、読む前から久々に血沸き肉躍る昂揚感を抱いたりして。その後フェードアウトする彼に、ちょっとがっかりしたのですけど。色白で無口な謎の美少女と、一見平和な世の中にしっかりと根付いてしまっている戦時体制と、捕らえどころのない強大で圧倒的な敵と…、という世界観は、そのまんま「エヴァンゲリオン」じゃないの? …いちいち指摘するのはあまりにも単純すぎる読み方でしょうか。こんな大げさで不条理な世界をお膳立てしてあげなくても、ごくごく普通の世の中を一生懸命生きている中学生たちを丁寧に描くだけで、充分感情移入できるし、とても心にせまってくるのになぁ、と残念に思いました。こんな若い主人公に究極の選択を求めるのは、かわいそうですよ。

サマータイム
サマータイム
【新潮文庫】
佐藤多佳子
定価 420円(税込)
2003/9
ISBN-4101237328
評価:C
 日常生活の中でお互いに心が通じ合っている人たちが、単語で会話することはありますよね。ところが小説の中にぽつりぽつりと単語でしか会話しない登場人物たちが出てくると、作者が彼らを小説の中の登場人物として描くことを放棄しているような気がするんです。作者の頭の中では物語が成立していて、美しい世界がきちんと動いている結果なのかもしれないけれど、読者の好意と共感と想像力と妄想力に頼りきって、小説を描く努力を放棄しているように感じるんです。判る人にだけ判ればいいんだ、と投げ出しちゃっているみたい。もったいないです。短編はそれぞれ語り手の性別も年齢も異なるんだけれど、口調や価値観は同じで(作者の夢の世界の中から出ないので)、次の話に進んでも物語に広がりが感じられない。生まれた時から去勢されていたみたいなへろへろの男の子たちの心理描写には、呆れて頭を抱えてしまいました。あまりにナイーブな子供たちに赤面です。

まぐろ土佐船
まぐろ土佐船
【小学館文庫】
斎藤健次
定価 600円(税込)
2003/10
ISBN-4094080171
評価:A
 最近は知っていなくてもいいことを知っているとちょっと自慢できるそうで、とりわけこの本なんか一冊読んじゃうと、もう次の瞬間からちょっとしたマグロ漁船通を気取れちゃいますね。うんちくをふりかざして、あちこちに言いふらしたくなっちゃいます。活きのいいマグロ以上に文章が活き活きと躍っていて、ずしんずしんと何トンもの重みが胸にぶつかってきます。実地で体現している船員でありながら、同時に冷静な観察者でもあるという稀有な立場から描き出されたノンフィクションですから、これ以上本場の「味」を伝えきっている物はないでしょうね。ぎりぎりのタイミングで冷めた視点を保っているのが、小気味良いです。これでボクが高価なマグロを喰ったことがあれば、よりいっそう舌の上で美味しさが転がりまわるんだろうけど、スーパーのパック詰めの切り身にマヨネーズ醤油つけても、なんだかベチャベチャしていてあんまり美味しくなかったんだよなぁ…。

猫とみれんと
猫とみれんと
【文春文庫PLUS】
寒川猫持
定価 530円(税込)
2003/8
ISBN-4167660571
評価:C
 この歌集、作品を一つ二つ取り出すと、手軽に言葉を並べて語数を合わせて一丁上がり、という判りやすい歌に見えます。パラパラとめくった時点では、どの歌も目にした直後にすっかりと忘れ去ってしまいそうで、ちょっとうんざりしました。でも歌集としてゆっくり通読すると、見逃していた一節がするりと滑りこんできて、ドキッとします。「キチポンになりポンピンに」「移住するつもりのトンガ王国」「たとえば君のヘアのジャリジャリ」。意外なところにまったく新しい言葉がポンと放りこまれて、びっくりするようなインパクトを持って突き刺さってきます。これだから歌集は面白い。ニヤニヤしながら読んじゃいました。でも、全体に流れている加齢臭といわゆる親父ギャグの世界には、まったく同調できません。酒場で繰り出される笑えない上司の台詞みたいで、コレを笑い飛ばし、あるいは悲しみに共感できるほど、素直な気持ちで作者の味方にはなれませんでした。

もっとハッピー・エンディング
もっとハッピー・エンディング
【文春文庫】
ジェーン・グリーン
定価 860円(税込)
2003/8
ISBN-4167661446
評価:B
 女性は、自分の周りの少数の人たちで確固としたコミュニティを形作り、その状態が何年も何十年も続いて欲しいと願うものなのでしょうか。その中に入ってくる者は、異端児であれば追い出すし、無味無臭でコミュニティの秩序を乱さない幽霊のような存在であればすみっこに置いてやる、というのが理想なのでしょうか。実際の生活においては、学生時代に作り上げた人間関係などは、一見雲散霧消しつつも、十年経っても姿かたちを変えながらきちんと礼節を守って維持されている、という状態が望ましいと思うのです。この小説のようにいつまでもベタベタしている人たちは、なんだか気持ちが悪いです。唯一胸のすく言動で好感が持てるのは、十年前に仲間を裏切った(?)ポーシャ。でも彼女、別になにひとつ悪くないし、過剰反応して仲良しグループから追い出した主人公たちの方が大人気ない偽善者。ラストのパーティもあやふやで、タイトルに偽りありという印象です。