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川合 泉の<<書評>> |
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博士の愛した数式
【新潮社】
小川洋子
定価 1,575円(税込)
2003/8
ISBN-410401303X |
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評価:AA
「よかった」。こんな書評を読むより、是非本編を読んで頂きたい、と言ってしまいたいくらい(すみません…)よい本です。読み終わるまで、胸の奥をしっかり捕らえて離さないストーリー展開。まるでノンフィクションのように、情景が頭の中に浮かんできました。さらに、途中途中で出てくる数式も拒絶反応なくスッと入ってきて、右脳と左脳総動員で読みました。主人公の息子が、今旬の阪神タイガースファンということで、小川洋子さんは、先見の明があるなあとクスリとさせられました。映画「ビューティフル・ライフ」の主人公も数学者でしたが、数学者というのはどこか普通ではなく、人一倍繊細な神経の持ち主の方が多いのかなあと考えさせられました。特に、子どものいる主婦の方に読んで頂きたい一冊です。数式の考え方も分かりやすく書かれているので、お子様にも読ませたくなると思います。 |
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クライマーズ・ハイ
【文藝春秋】
横山秀夫
定価 1,650円(税込)
2003/8
ISBN-4163220909 |
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評価:B
元新聞記者の横山秀夫氏の作品だけに、新聞記者をかなりありのままに描きだしていると思う。実際に1985年に起こった日航機事故を軸に話が展開し、40代の新聞記者が、家族や会社の人間との軋轢と正面から向かい合い、そこに同僚の不可解な死の謎も交錯しながら、物語が進んでいく。時々、主人公悠木の行動に何故と思うところがあり、あまり悠木の性格や考え方に同調できなかったために、少し違和感を感じながら読んだ。悠木が、大事な局面で出した答えは果たして正しかったのか。その答えは分からない。ただ、ラストのまとめ方はとてもよかった。いろいろな謎や問題が、無理なく解決に持ち込まれ、すっきりときれいにまとまっていた。新聞記者を目指す人には、必読の書だと思う。
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まひるの月を追いかけて
【文藝春秋】
恩田陸
定価 1,680円(税込)
2003/9
ISBN-4163221700 |
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評価:C
奈良を舞台に、主人公と、異母兄弟の兄と関わりのある謎の女性の奇妙な旅が始まる。ロードムービー型の小説といえる。実際の地名がでてくるので、臨場感はあった。この作品において、著者は、何もおこらない、地味で先の読めない物語が作りたかったと述べていたが、その試みは成功していると言える。本当に謎だらけで、闇の中を手探りで読み進めるような感じだった。主人公静の、「私は、自分の人生ですら主人公になったことがない」という台詞が印象に残った。ただ、ラストの展開がこじつけで、最後までだらだらと物語が続いていく感じがあったのも事実。全体的に霧に包まれている感じで、もう少しメリハリがあるほうが、読者も満足すると思う。ページを思わず繰ってしまうという類の小説ではない。この本を持って奈良を旅したいと思った一冊。 |
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殺人の門
【角川書店】
東野圭吾
定価 1,890円(税込)
2003/9
ISBN-4048734873 |
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評価:AA
一度読み始めたら、読み終えるしかない。最後まで、主人公がどういう行動に移るのかが気になり、ページを繰る手が止まらない。倉持という同級生に、何度も同じような手でひっかかりながらも、殺意をあと一歩のところでためらう主人公田島に、「ヒトオモイニ殺ッテシマエバイイノニ」という気持ちがどこかで芽生えてくる。読者は、自分の負の部分に気付かされるだろう。展開の速さも、ページを繰る手を早める一因。人の深層心理を描き込んだ、よくできている小説。久々に、こんなに本格的なミステリーかつ、ある意味ホラーな小説を読んだ。
この小説を読もうと思っている方々は、自分の中に眠る殺意を、この本によって目覚めさせないようにお気を付け下さい。 |
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日曜日たち
【講談社】
吉田修一
定価 1,365円(税込)
2003/8
ISBN-4062120046 |
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評価:B
一つ一つが独立した短編の集まりでありながら、5編全てに、一組の兄弟が絡んでくる。全ての短編が、仕事も恋もなんとなく一段落したような、人生の日曜日を迎えた登場人物が、その兄弟との出会いによって、人生を少しばかり方向転換したり、自分の生き方を見つめ直すストーリーである。ただ、最後は兄弟二人を主人公にした話だと期待したが、そうではなかったので、少々物足りなさが残った。もう少し、兄弟自身や、兄弟の父親、母親の内面も描写してもらいたかった。予定のない日曜日に、ソファで寝転びながら読みたい一冊。装丁も、水色に、紫と白のストライプの帯と、書店でも目立っていて、つい手にとりたくなる。私のお薦めは、「日曜日のエレベーター」と、「日曜日たち」。 |
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青鳥
【光文社】
ヒキタクニオ
定価 1,680円(税込)
2003/8
ISBN-4334923976 |
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評価:A
働く全女性の方へ。この物語の中には、理想の上司と、等身大のあなたがいます。
「ゴーで行こうぜ」。藤原統括部長の言葉は心にスカッとくる。適当なようで、一番仕事に真摯な藤原部長に、私はいつの間かファンになっていた。この物語には、台湾人、フランス人、アメリカ人…といろいろな国籍の人物が出てくる。お互いが、互いの文化に嫌味を言っているのに、差別的な感じがしないのは、キャラがしっかりと作られているからだろう。そして、この本のもうひとつの楽しみは、食事だ。特に、台湾料理の描写が上手い。台湾料理特有のとろとろの脂身が、何度も目の前に浮かんでくる。とにかく食べることが好きな主人公にもかなり親近感が持てる。
人生も仕事も、多少強引に進めた方がうまくいく。あなたにとって幸福とは何ですか。その答えが、この本の全体に密かにちりばめられている気がする。 |
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光ってみえるもの、あれは
【中央公論新社】
川上弘美
定価 1,575円(税込)
2003/9
ISBN-4120034429 |
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評価:C
家族小説という触れ込みだが、これはどちらかというと青春小説だ。この物語に出てくる大人に優等生はいない。強いてあげるなら、愛子さん(主人公の母親)の現恋人の佐藤さんぐらいだろう。私が一番好きなのは、キタガーさんだ。こんな教師だったら、相談事もさらりとできてしまいそうな、教師らしくない教師だ。この小説には、途中途中に、有名な詩の数々が挿入されている。ただ、その詩と、物語の兼ね合いがもう少しわかるように描写されていれば、と思った。誰もがぶち当たる青春の悩みを、誰もが体験しないような展開で描き切っているこの小説。人性を漫然と生きているそこのあなた。主人公たちと一緒にシミシミな今の世の中から抜け出してみてはいかがだろう。 |
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安楽椅子探偵アーチー
【東京創元社】
松尾由美
定価 1,575円(税込)
2003/8
ISBN-4488012930 |
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評価:B
こういう物語を久々に読んだ気がする。とても懐かしい気持ちにおそわれた。私は、小、中学生の時、この作者と同様、シャーロック・ホームズが大好きで、むさぼるように推理小説を読んでいた。(シャーロック・ホームズは今でも大好きで、ベーカー街や、コナン・ドイルの出身地であるスコットランドにも訪れてしまったくらい)。その頃読んでいた推理小説が、丁度「安楽椅子探偵アーチー」と似た感じの雰囲気のものが多かった。あとがきに、大人の人にも楽しんでもらいたいと書いてあったが、大人の方にとっては、ミステリー小説として読むと物足りないだろう。久々に、子どもの頃の純粋な気持ちで読んでみると面白いかもしれない。小、中学生の方にはかなりお薦め。この本をきっかけに、推理小説好きが増えるのではないだろうか。
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