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藤本 有紀の<<書評>>



雷桜
雷桜
【角川文庫】
宇江佐真理
定価 580円(税込)
2004/2
ISBN-404373901X
評価:A
 時代小説には特別な読解力が必要なんじゃないかと敬遠していた人に朗報。この小説を読むのに経験は必要ない。「かどわかし」が分かればオーケー、もし分からなくても分かるようなるので読んでみるといい。
 数年前私は、時代・歴史小説フェアなるもののオビに乗せられ宮部みゆきの時代小説を買ってみたことがある。大ヒット作だしみんな大好きな作家なのに思っていたほどエンジョイできなかったのは、どうやら経験不足のせいだった。玄人好みの作品から入ってしまったというところである。それはそれで納得の読書体験であり、私自身は教訓を得たのでよかった。だが、本書で時代小説と出会った人は確実に幸せだ、とそういうふうにも思うのである。
 身分違いの恋愛という、源氏物語の昔から日本人が脈々と愛してきたストーリーが、マニアックでない文章でつづられている。ヒロイン遊の清々しさに毒を抜かれた気分になるだろう。

夜の果てまで
夜の果てまで
【角川文庫】
盛田隆二
定価 780円(税込)
2004/2
ISBN-4043743017
評価:B
 ろくにかぎをかけない部屋、コンビニの深夜バイト、セミナー、内々定、内定、留守電、AVに学んだ彼女とのセックス……。主人公・俊介に関することを拾ってみたが、'90年ごろの大学生ってだいたいこれに似たりよったりのものに囲まれていたと思う。豆をひいてコーヒーを入れたり、折り畳み傘を持っていたりと平均以上に地に足のついた印象すらある俊介に、卒業し就職する未来図は確実に描けていた。裕里子に出会うまでは。
 先のストーリーに触れてしまうが、「抱き合う、裸になる、布団に入る、互いに触る」ことで互いの不安を打ち消し合わなければならない状況が二人に訪れる。それでよけいに泣きたくなっても抱き合わずにはいられないという気持ちはとても切ないものだ。男性作家のほうが、こういう切なさをストレートに表現する傾向にあるのだろうか、この頃。
「二週間会わなかっただけでまた背が伸びたような気がする」といった俊介に「あんた、おばさん入ってるよ」と切り返す中学生・正太のおかげで、サブストーリーがメーンに負けない物語となっているのも特筆すべきことだろう。

東京アウトサイダーズ
東京アウトサイダーズ
【角川文庫】
R・ホワイティング
定価 740円(税込)
2004/1
ISBN-4042471056
評価:D
 戦後日本(東京とは限らない)にやってきた外国人でも、歴史に残るようなひとかどの人物では決してない、いわば市井の外国人の中に興味深い人物がたくさんいたと著者はいう。明らかな犯罪者、素行のよくない者、外交に悪影響を及ぼした者。興味の尽きない在日外国人列伝といった内容の本書であるが、率直にいって読み終えるのに難儀した。
 この本は日米で出版されるようなのだが、アメリカの読者により有用であるように書かれているのではないだろうかと思う。日本語の「外人」という概念(本書ではガイジンと訳されている)や「ヤクザ」という暴力団組織のことが熱心に解説されているので、そのことをよく知らないアメリカ人には実用的な内容だろう。その熱心さがうっとうしいのだ。「外人と外国人の使い分けも自然にできるし、やくざも知っている。私は日本語ネイティブスピーカーだからね」などと声を荒げたくなる。日本版としてもっと大胆な編集のやり方があるのではないか?

心では重すぎる
心では重すぎる(上・下)
【文春文庫】
大沢在昌
定価 (各)660円(税込)
2004/1
ISBN-416767601X
ISBN-4167676028
評価:A
 ジェネレーションXなんて都合のいい言葉を発明して、Xのブラックボックスに若者の不可解さを押し込めてはきたが、「オヤジ狩り」や「援交」とは不穏だ。退廃っていえばいいのか。何が原因なんだ? 
 今から5年ほど前、少年同士が「うぜー」「マジで」「わけ、わかんねえ」など、妙に限られた語いの中で会話をし始め、少女は少女でコギャル化する現象と同時進行で連載されていたこの小説は、若者の不気味さを皆が無視できないぶん注目されたに違いない。著者の執筆の出発点も、自分の中年性と若者のかつてない不可解さ、この辺りにあるようだ。
「たとえ死期を早めることになろうとも、デリカシーをもって人と接する自分にとって探偵は天職だ」と考える主人公佐久間は、大沢作品には久々の登場だという。佐久間のほか、伊達男で計算高い渋谷のやくざ遠藤や、『編集王』に出てきそうな編集者岡田、マニア向け古書店の店長保科といった脇役に至るまで登場人物の描写がリアルで人相すら浮かんでくるほど。『ヤンキー先生』や『夜廻り先生』を読もうと思っているなら本書を、と薦める。

豪雨の前兆
豪雨の前兆
【文春文庫】
関川夏央
定価 550円(税込)
2004/2

ISBN-4167519097
評価:A
 死んだ人、既になくなったものを思い出したり顧みたりすることを肯定してくれる本。年中来し方を振り返りながら生きている人は、後ろ向きの性格をちょっと恥じたり隠していたりするところがあるのではないかと思う。前向きは善でありポジティブ、後ろ向きがネガティブで悪いことと思うのは、錯覚だと気付く。
 このことは1部「操車場から響く音」が最も感覚的に訴えてくるようだ。'50年代に大阪東京間を走っていた特急「はと」運行最後の日、毎日「はと」に手を振っていた沿線の結核療養所の患者たちが「ごきげんよう はと」と書いた横断幕を掲げ別れを惜しんだという挿話がある。特急に「はと」と名付ける牧歌的な感覚も「ごきげんよう」の自然で美しい響きも、既に失われたもの。(現在「ごきげんよう」なんていえばきどっているみたいに聞こえる)。エピソードを選りすぐる著者の、昔日への愛着ぶり、シニカルになり過ぎず、つまらな過ぎず、平易過ぎない文章はさすがだ。表紙のデザインは、今月の10冊の中で一番好き。愛蔵したい一冊。

サハラ砂漠の王子さま
サハラ砂漠の王子さま
【幻冬舎文庫】
たかのてるこ
定価 600円(税込)
2004/2
ISBN-4344404858
評価:B
 フランス・スペインを経てモロッコを旅する女性のバックパッカーの旅行紀。ある作家が「旅とは基本的にアンチクライマックスの連続である」というようなことを紀行文に書いていた。これに諸手を挙げて賛成の私は「世界中の人と友達になる」という著者の立派すぎる志についていけるか不安に思いつつ読み出した。ペンネームもギャグ漫画家みたいだし、「どうせトラブルをハプニングに仕立てて笑わせようとするんだろうな」と斜に構えもした。
 予想どおりハプニングは起こり、就職活動でまいった経験や日本に置いてきた恋人のことなどを「等身大」に語りながら旅は続く。
「リビドー・ウォーズ」の章ほかで表面化する異文化間の価値観の相違は、イスラム圏へ旅行する前には知っておきたいところ(特に女の子は)。「ジャポネ、ノー! アラビア、ナンバーワン」とモロッコ男が自信満々に指差すもの、その男の恋人が品質を100パーセント保証するものとは? 口絵9がいい!

ブルー・アワー
ブルー・アワー(上・下)
【講談社文庫】
T.ジェファソン・パーカー
定価 (各)600円(税込)
2004/2
ISBN-4062739569
ISBN-4062739577
評価:A
 出世欲の強い女性の中には主人公マーシのように、口の両側にきつい縦じわを刻んでいたり、眉間のしわが深かったりする人がいる。男たちの無邪気だが思慮を欠いた態度にいつも身構た表情が消えないのか、競争意識が顔の表層に出ているのか。
 しわはどうにもし難いが、上昇志向の女性はよくよく自分をコントロールできなければならない。マーシも常に怒りを抱えている。冒頭で「捜査の指揮は私がとる。勝手な行動は困ります」とヘスにいい渡したマーシはいやな女だった。が、「意思の力で何事も成就できるのよ」という信念、そしてヘスの存在が彼女を成長させる。
 被害者は魅力的な女ばかりで、大量の血痕と内蔵の一部が遺留されていたという猟奇的な犯行。捜査線上に浮かぶ性犯罪者。若く美しいマーシには不利な事件だ。犯行現場で「半殺しにしてやりたい」と低くつぶやいたマーシの犯人への憎しみがどれほどのものであったか! ヘスと共に許し難い犯罪者を追って奮い立つ。その姿は、恐くて眠れなくなるほどのサスペンスを超え感動を呼ぶこと必至。ヒロインとはこうでなくてはならない。