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桑島 まさきの<<書評>>


幽霊人命救助隊
幽霊人命救助隊
【文藝春秋】
高野和明
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4163228403
評価:A
 年齢も生きた境遇も違う四人の男女(しかも幽霊)が、死に急ぐ人々を限られた時間で救うミッションを与えられ、古巣の地上へ舞い降りた。幽霊たちの姿は生きている者には見えない。特別のパワーはないが、死のうとしている人々の体内へ入り込み心を読むことができるもんだから、なんとか生を諦めないようにレスキューする。いつしか彼らは一人又一人と目標数をクリアしていく…。
 乱歩賞作家の著者は、単なる幽霊たちの〈人助け録〉で終わらせたりはしない。死へ向かう人々の心に寄り添い、その心のメカニズムを解明する。それはさながらケース事例付きの心理カウンセリング書を読んでいるような読み応えだ。自殺の主因をなすうつ病の低年齢化が深刻だが、本作には子ども特有の残酷で卑劣なイジメのシーンが描かれ心が痛む。又、衝動的な言動や行動を繰り返す若い女の話は生きにくさを感じている現代人の生の指針となるだろう。

二人道成寺
二人道成寺
【文藝春秋】
近藤史恵
定価 1,850円(税込)
2004/3
ISBN-4163225803
評価:A
 面白い、ぐぐっーと読ませる。著者がいれこんでいる歌舞伎を題材にしたミステリー。
「小菊」という「わたし」と、「実」という「わたし」の章が交互に進行し、時間差を巧妙に利用することによってミステリー度をあげている。梨園に生きるが表舞台に立つことの無い2人の視点によって、ある事件の真相に近づいていく。人気役者同士の確執、一人の女をめぐるどろどろした愛憎劇、そこに生きる人々のリアルな感情の襞を有名な歌舞伎の演目になぞらえて掬い取っていく。秀逸な心理サスペンスだ。 私なぞビンボーなもんだから歌舞伎を観る機会はほとんどないが(観たいと思うのだが)、そこで描かれる(上演される)世界は時代的なズレはなく、時をこえて普遍的な〈男女の愛の形〉という文学のテーマを投げかけている。いや現実の人間社会以上に人生の真実を言い当てているようだ。時に妖しく、時に官能的で、毒気を孕みながら。
 恋路の闇に迷った女形・芙蓉の妻、美咲の命がけの恋は、あまりにも深すぎる。

さよならの代わりに
さよならの代わりに
【幻冬舎】
貫井徳郎
定価 1,680円(税込)
2004/3
ISBN-4344004906
評価:B
 「未来」を変えるために「未来」からの使者が「現在」へくる「ターミネーター」。「現在」から「未来」へいき「未来」を変えるために、「現在」を変えた「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。うう〜ん、どこが違うんだ? 共に大ヒットした映画だが、この手の作品はあれこれ考えると頭が混乱するので何も考えずに楽しんだほうがいい。同様のことが本作にもいえる。
 公演中に劇団の看板女優が殺された。控え室という密室。犯人は誰か? 「ぼく」の前に表れた祐里という女がキー・パーソンだ。序盤は、脳天気でどちらかといえば鈍感な「ぼく」の青春物語風に読めたが、突如、殺人事件の謎を追うサスペンスへと展開しググーッと面白くなっていく。
 自分の「未来」が分っているなら理想どおりの未来になるように「現在」で精一杯の努力をすべきだ。しかし、運命は変えられないのだろうか? この年になっても私にはいまだその答えにたどり着くことができない。「ぼく」は、運命は変えられると信じている。そう信じて彼女を待つ「ぼく」がいとおしい存在に思えてくる。

語り女たち
語り女たち
【新潮社】
北村薫
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4104066052
評価:B
 何と甘美で魅惑的な生活だろう。海辺の街に部屋を借り、金の心配はいらない。潮騒の響く窓辺に寝椅子を引き寄せて横になり、次々と訪れる市井の女たちの、現実離れした謎めいた話に耳を傾ける。女たちの話の信憑性や現実との違いについて思いをめぐらすだけの優雅な時間…。女たちは滔滔と話す、男は聞く。ただそれだけの物語なのに、語り女たちの話にズルズルと引き込まれ、読者は此処ではないどこかへ連れて行かれそうな錯覚を覚える。ちょうど子どもの頃、寝る前に大人が読んでくれた御伽噺の世界にのめりこんだ、ゾクゾクと感性を刺激された、緊張の時間のように。イメージを喚起させるさし絵も功を奏している。
 人の数だけミステリー。ミステリー作家、北村薫は神秘的な小宇宙を巧に積み重ねながら、独特な語り口によって、壮大な神秘の世界へと読者を誘う。

ブラフマンの埋葬
ブラフマンの埋葬
【講談社】
小川洋子
定価 1,365円(税込)
2004/4
ISBN-4062123428
評価:B
 ケガをして〈僕〉の前に現れた犬(?)の〈ブラフマン〉が〈僕〉と共に過ごし死んでいくまでの話。〈ブラフマン〉は犬らしい。特別な説明はなされない。〈僕〉や僕以外の〈創作者の家〉の人たちについても同様。子どもの成長の記録をとる親のように、主人公がブラフマンの観察記録をとっているのが面白い。ブラフマンの尻尾、眠り方、食事、足音、といった具合に。
 題名が示すとおりブラフマンは死ぬ。皮肉にも〈僕〉が〈娘〉に教えた車の運転によって。作者が試みた珍しい形式は、〈ブラフマンの埋葬〉で括られ、碑文彫刻師が石棺を作り、レース編み作家がレースのおくるみを作り、ホルン奏者がホルンを吹き、ブラフマンを葬送する。芸術家たちが集う〈創作者の家〉で、唯一何も“生み出すことのない手”をもつ人間と自称する〈僕〉は、ついにブラフマンを埋葬するという作業において、葬礼という芸術的なモノを作り上げる。さながらヨーロッパの伝統的な葬礼のような格調高く荘厳な。
 だがやはり、前作「博士の愛した数式」が切なく胸をうつ傑作だったことを思うと物足りなさを感じるのは否めない。

ファミリーレストラン
ファミリーレストラン
【集英社】
前川麻子
定価 1,680円(税込)
2004/4
ISBN-4087746909
評価:A
 感覚的にピッタリの言葉、飾り気のない表現を巧く紡ぎながら、示唆に富んだ文章で人を感動させる力量のある作家だ。
〈公子〉と〈和美〉という母娘の視点で交互に描かれていく。小さかった〈キミコ〉が、家族構成の変化と共に自身も成長し〈公子〉になり、少女から大人へ、大人の階段を登る時期の少女の危うい感情が繊細なタッチで描かれる。一方、母親である〈和美〉は、再婚して義理の息子となる一郎に対するまぶしい想いや、再婚相手である桃井が娘の公子に対する想いに嫉妬を覚えたりと、女特有のドロドロした感情を抱いたりして忙しい。紙の上では家族であっても一つ屋根の下で血の繋がらない男女が暮らすことの困難さをさりげなく描く。しかしそこには悲壮感はない。筆者は情緒的にならずに2人の「女」の胸中を丁寧に綴っていく。そのあざとさのない素直さに惹かれた。とりわけ公子が義理の兄に寄せる胸がキュンとなるような想いは切ない。
 和美のキャラが強烈で、家族小説、少女の成長物語、だけでなく母と娘の関係性についても考察できる小説だ。

世界のすべての七月
世界のすべての七月
【文藝春秋】
ティム・オブライエン
定価 2,199円(税込)
2004/3
ISBN-4163226907
評価:B
 人気小説家、村上春樹の飾り気のない翻訳が効いていて実に読みやすい。何よりの魅力は、若者たちの反体制運動が過激だった60年代アメリカの時代の匂いがプンプン立ちのぼってくる点だ。
 ある大学の同窓会が卒業後30年ぶりに開催された。〈政治の季節〉を生きたかつての若者たちは今や50歳を越え、価値観も変わり、人生に折り合いをつけている。そこへ集う人々の物語が、同窓会の流れと共に語られる。ベトナムへ行ったために不自由な足になった男、行かなかった男、恋人を裏切った女、裏切られた男、2人の夫の間を奔放に行き来する女、などなど。それぞれの物語が独立した小説として成立するほど面白い。
 彼らには確かに若い日、〈物語〉があった。そして、現在も違う〈物語〉がある。過去を布石として。再会を機に過去の物語が終息するのかと思うと、又新たな展開をみせたりするのがありきたりでなくてイイ。50歳を過ぎたら迷わないなんて、嘘! 人生は死ぬまで波乱に満ちているものなのだ。彼らよりひと世代下の私であるが充分に共感できた。