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斉藤 明暢の<<書評>>


ぼんくら

ぼんくら(上下)
【講談社文庫】
宮部みゆき
定価 620
円(税込)
2004/4
ISBN-4062747510
ISBN-4062747529

評価:A
 小説に限らず、時代劇とか時代物というジャンルが存在するが、それっていいことなんだろうか?海外作品の場合、まずはその主題や内容や作風でジャンルが決定されるのに、国産モノでは作品の時代が江戸時代というだけで、まずは時代物というおおざっぱな分類に入れ込まれてしまう。まあ、あちらには西部劇というジャンルもあるけど。
 作品の舞台が江戸時代だろうと未来だろうと石器時代だろうと、SFはSFだしギャグはギャグだしミステリはミステリだと思う。で、この作品は間違いなくミステリだと思う。あくまでミステリであるというのが先で、時代物という分類は後なのだ。
 読んでるうちに、江戸時代の話であることを忘れそうな面白さがあった。実際には忘れはしないけど。

パレード
パレード
【幻冬舎文庫】
吉田修一
定価 560
円(税込)
2004/4
ISBN-4344405153
評価:A
 「あなたがこの世界から抜け出しても、そこは一回り大きな、やはりこの世界でしかありません」とはよく言ったものだ。
 若い男女数人が奇妙な共同生活を送るというのは、設定自体は割とよくあるパターンだ。そこで暮らしていくうちに少しずつ互いに影響しあい、人間としての成長を得る、というのがお約束のパターンなのだが、そんなものはどこにも描かれてはいない。大事件と言ってもいいほどのことが起きても、なんとなく続いていく。まさに、一回り大きなだけの同じ世界というわけだ。
 いつまでも続くはずがないと思いながらも、それなりに居心地のよい世界。実はもう壊れているのに、気づかないで過ごしている怖さは、当事者よりも上から見てるほうがより感じるのだろう。

容姿の時代
容姿の時代
【幻冬舎文庫】
酒井順子
定価 520
円(税込)
2004/4
ISBN-4344405056
評価:B
 近頃では、ミもフタもない話を聞かされるのも珍しくないが、この人のはなかなか強烈というか、じわじわと効いてくる重く避けようのない真実のボディーブローみたいな感じがする。リアルタイムで悩んでる人には、耐えられないものがあるかもしれない。
 人は見た目を大いに重視するし、自分の外見を上手く使える人は下手な人よりもずっと得をする、というのはこの世の真実なのだろう。かくいう私も、人の声質で性格は大体わかる(少なくとも気持ちよくつき合える相手かはすぐわかる)と密かに主張しているのだ。まあそれはどうでもいいけど。
 とにかく、こういうミもフタもない話を嫌みなく楽しく正直に語れる人というのは、すごく貴重だと思う。そんな話をしてしまう人というのは、たいてい中立ではいられない、と言うより自分もいいほうに入っているのだという事を言外に匂わせたいと思うあまり、つい言葉にしてしまっているからだ。
 ……反省しないとなあ。

働くことがイヤな人のための本
働くことがイヤな人のための本
【新潮文庫】
中島義道
定価 420
円(税込)
2004/4
ISBN-4101467234
評価:C
 働くのがイヤな人のための本かと思って読んだら、途中から哲学の話になってしまった。
 個々の主張については、賛成する部分も多い。「不幸な人が皆、心は清く正しく善良なわけではない」といった部分もそうだ。たまたま不幸でビンボーで偏屈で犯罪者だけどホントはいい人とか、メガネを外すと凄い美人とかいうパターンは、ものすごいレアケースだからこそマンガのネタにもなるのだ。 
 そして本書では、だらけた生活に至る思考を非難する一方で、いつの間にか似たような生き方の例を持ち出して賞賛したりする。さっき非難してたのと一緒じゃねえかよと思ったり、いやいや表面的に似てても大きな違いがあるとか、理解して行動するならそれはよいとか、それは居直りで醜いんじゃねえのとか、さまざまな考えがアタマを駆けめぐる。理解できないのは、こっちのアタマが悪いということなんだろうか。
 いかん、ますます混乱してきた。

ミカ!
ミカ!
【文春文庫】
伊藤たかみ
定価 580
円(税込)
2004/4
ISBN-4167679027
評価:A
 大人はどうして子供の頃の気持ちを忘れてしまうんだろう、なんてフレーズがあるけど、忘れるんじゃなくて、受け入れられなくなるんだと思う。
 自分が子供だった当時だって、それなりに考えたり計算したりして、自分が得するように立ち回ろうとしてた筈だけど、今にして思えば考えも行動も穴だらけだ。なのに、なんであの頃はそれでも良かったんだろうか?
 さほど幸福でも不幸でもない時間を過ごした大多数の人は、許されていたあの頃の自分と、それが許された世界を、今では受け入れられないのだろう。だから人によっては、そんな記憶や、いま現在その時間を生きてる少年少女のことを、嫌いになったりするんだと思う。多分それは嫉妬と似たものなんだろう。イヤな感情だと思うけど、そういうのってあるよな、とか思う私は、やっぱりイヤな大人なんだろうな。

弁護士は奇策で勝負する
弁護士は奇策で勝負する
【文春文庫】
D・ローゼンフェルト
定価 810
円(税込)
2004/4
ISBN-4167661608
評価:C
 映画化するなら、たぶん主演はニコラス・ケイジで決まりだろう。主人公はヘラヘラしてて、あんまり好きなタイプではないが、奇策(というかアメリカ法廷的詭弁)と他人の助力と幸運(?)を駆使して、うまいこと話は進んでいくのだ。
 そして、結果オーライというか、欲しいモノが全て手に入った主人公の、お気楽ウハウハぶりがなんだか気に入らないのは、彼が勝ち取って手に入れたと言うよりは、運良く転がり込んだような展開だからかもしれない。物語としては悪くないのかもしれないが、主人公が気に入らないので評価は低くなってしまった。
 というわけで、まっとうによくできたミステリ、というコシマキの評には、あんまり賛成できない。

戦慄の眠り
戦慄の眠り(上下)
【講談社文庫】
グレッグ・アイルズ
定価 840
円(税込)
2004/4
ISBN-4062739879
ISBN-4062739887
評価:B
 心地よい緊迫感と謎な展開にノリノリな私だったが、なにか違和感がつきまとっていた。
 作品の重要な柱というか、主人公の行動の根っこにある「トラウマ」の部分が後々重要になるのだが、女性としての体験と感情が、やたら強調されているのだ。内容的に仕方がないとも言えるけど、「傷つくのはいつも女」とか「男にはヒーローと間抜けと悪人しかいない」みたいな口調には、正直うんざりすることもある。ドラマ自体は面白いのに、主人公のこだわりにジャマされてしまうのだ。これは相性の問題なのだろうが、残念だと思う。
 さて、連続殺人とFBIといえば、「羊たちの沈黙」の影響からは逃れられないのだろうか、本作でもしっかり触れられている。映画の話としてだけど。