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竹本 紗梨の<<書評>>



鳥類学者のファンタジア
鳥類学者のファンタジア
【集英社文庫】
奥泉光
定価 1,300
 円(税込)
2004/4
ISBN-408747688X
評価:B+
 分厚い!重い!だけどなんとか読み進んでいける。それは主人公フォギーのアバウトさのおかげ。いい年をして、今さら自分の音楽に悩み始めたジャズピアニストのフォギー(ちなみに日本人)は演奏中に側で聞いている誰かの気配を感じる。そこから怒涛の勢いで彼女の大旅行が始まるのだ。それにしても、なんというか…動じなさ過ぎるだろう。いきなりナチス政権下の奇妙な組織、それも真冬に放り出されても旅は続く。ジャズのことなんて何ひとつ分からなくても、音楽がものすごい勢いで渦を巻く、取り巻くのだ。祖母の霧子とのピリピリしたやりとり、オルフェウスの音階、そんなどこか不安な空気の中、人を食ったような人物描写に和まされる。猫説まで飛び出すジャーナリストの加藤さん。マヌケな描写が続いていた脇岡氏の最後のセリフにはホロリとさせられた「私はこんなふうに熱烈に女性に恋したことがありません。いや、そもそも、私は女性というものを知らないのですよ。そんな私に、こんな曲が歌えるはずがない」。SFなんてよく分からないけれど、このテキトーなフォギーとの長い旅はなかなか悪くない。“弟子”の佐知子ちゃんがまたいい味を出している。マイルス・デイビス。ニューヨーク、ミントンズ・プレイハウス。チャーリー・パーカー…ニューヨークでのラストに近いワンシーンはジャズファンでなくてもぐっと引き込まれる。

ぼんくら

ぼんくら(上下)
【講談社文庫】
宮部みゆき
定価 620
円(税込)
2004/4
ISBN-4062747510
ISBN-4062747529

評価:A
 人への優しい視線、曲がっていない、まっすぐ生きていこうとする姿勢、賢く、自分の分にあった生き方、そんな宮部みゆきワールドを堪能できる。通称鉄瓶長屋で、次々に事件が起こる。同心の平四郎は長屋で悩みを聞き、問題の原因を考える。彼は同心ではあるが、本当に憤慨するのは、人殺しではない。人殺しでも傷つけるのも、長い人生の中で普通に生きている人間ならそんなことも一回は起こるのだろう、と理由を聞けば納得してしまうのだ。そんな彼が、この一連の長屋の事件に興味を覚えていく。平四郎はついには憤慨する、彼は優しい、どんな人の気持ちにも立つ、そんな彼にも許せない、見逃してはいけない、そんな黒い気持ちが長屋を取り巻いていたのだ。宮部みゆきを呼んで混乱するのは、最後まで読んでページを閉じた時。誰が間違っているのか、そうして優しい人がひどいことに巻き込まれてしまうことが分からなくなるのだ。魅力あふれる登場人物たちにかこまれ、それでも主人公は出来ることを精一杯やっている。

パレード
パレード
【幻冬舎文庫】
吉田修一
定価 560
円(税込)
2004/4
ISBN-4344405153
評価:A−
 読後にべっとりとした暗い感情が残る。共同生活をしている4人+1人の居候の5話の独白で話が構成されている。杉本良介は大学生で先輩の彼女との恋愛に夢中、大垣内琴美は彼氏から連絡が来るのをただただ毎日テレビを見ながら待っている、相馬未来はイラストレーター志望、居候の小窪サトルは毎晩公園で男に体を売っている、井原直輝は小さい映画配給会社で仕事中。気楽な、だけど無意識のうちに気持ちがゆがんでいく暮らしに無理をきたして、それぞれ現実の道に戻っていく…という話を想像していた。違うのだ、ひとりひとりはイヤになるほどリアリティがある。だけど…これは筋は説明できない。ひとりひとりの話は最初は普通に読める。ただ最後まで読んでしまうと読み返すのが怖くなる、一言一言に意味を読み取るのが怖いのだ。

容姿の時代
容姿の時代
【幻冬舎文庫】
酒井順子
定価 520
円(税込)
2004/4
ISBN-4344405056
評価:B
 白状すると酒井順子はかなり好きな作家だ。世間で負け犬論争が巻き起こった時も、「そんなに目くじらたてなくても」と思っていた。だって酒井順子の冷静な観察眼と絶妙な自己分析には、余分で過剰なものはないもの。そりゃ、細かい!と思うけれど、女の子ならみんなそんなものだ。それにみんながこう思っている、っていうことを伝えてくれる安心感はもう不動のものとして、この人の線引きには、ハッとさせられることが多い。進んでマネージャーをするタイプの女の子と、それを斜めに見ちゃう女の子はおんなじ種族じゃないって切り分けちゃう。この人はそこで、自分とは違う方、線の向こう側にいる人のことも、じっくり観察しているのだ。あずき色に白いレースのブラをつける人の謎とか、計算し尽くされた賢さとか。それだけじっくり、そんなとこまでってくらい細かいことを見ながら、嫌味にならないギリギリのラインにいる貴重な作家。何冊読んでも、やっぱり飽きない。この人の視線の切り口はきっと無数にあるんだろう。

働くことがイヤな人のための本
働くことがイヤな人のための本
【新潮文庫】
中島義道
定価 420
円(税込)
2004/4
ISBN-4101467234
評価:B
 実際ちょっと仕事がスランプ気味の時に本が届いたので、開く気にもならなかった。よーっぽど悩んでいるか、仕事がかなり上手くいっている時ででもないとこういうタイトルの本は見たくない。留年して、就職するのも嫌なひきこもりかけの20代の男性と、仕事に生きがいがなく、作家になりたい30代の女性、仕事に不満がないまま終わるのに急に恐怖心を覚えた40代の男性と、大病をして、自分の人生の意味を考えなおすことになってしまった50代の男性との対話方式。
 前向きになればいいのはそりゃ分かってるさ、とケッと思いつつ読み始めたけれど、キレイごとだけじゃない個人的な話でカウンセリングは進んでいく。哲学問答になってしまうと、興味の幅からはズレてしまうが、働こう!とは思わなくても自分の欲しい言葉はどこかにひとつは見つかるかも。哲学者がたくさんの言葉をこねくりだすのと同じ量、働いている人も自分の言葉で色んなことを考えているのだと思う。

ミカ!
ミカ!
【文春文庫】
伊藤たかみ
定価 580
円(税込)
2004/4
ISBN-4167679027
評価:B
 なつかしい。遠いところに忘れてしまった、すーんとするような気持ちになる。キャンプファイヤーの炎を見ながら、この時間がずっと続けばいいと思っていた。雨の降る高原で空が鬱蒼と黒くなり、隣で手をつなぐ男の子の手が離せなかった。力が入るその手が温かかった。先生たちはなんでそんなに子ども扱いするんだろう?と思っていた。今はその気持ちだけ覚えている。大人になっても、こんな感受性の強い男の子にずっと片思いし続けているような気がする。ミカの苛立ちも懐かしいというより親しいものに感じた。そんな動物は隠して飼っていなかったけど、オトトイのようなものがどこかにいたような気がするのだ。

弁護士は奇策で勝負する
弁護士は奇策で勝負する
【文春文庫】
D・ローゼンフェルト
定価 810
円(税込)
2004/4
ISBN-4167661608
評価:B
 死刑囚ウィリーを急死した父親の頼みで弁護することになったアンディ。弁護は負けが確実、別居中の妻はよりを戻したがっている。父の遺産は考えられないほどの大金で、ただその父の遺品から見つかった一枚の写真のために命を狙われることになる。そんな大混乱の状況にいるアンディはそれでもプロの弁護士だ。恋人のローリー、洗濯屋のケヴィン、そんな仲間達と死刑囚を厳重に取り囲んでいる―まったく突き崩すことなど考えられない一枚岩の完璧な容疑を突き崩していく。
 お願いだから、ジョークは見開きにひとつ以内にして欲しい。アメリカンジョークほど人をいらだたせるものはない。話は面白い…と思う、きっと。だけど、何でもかんでもまぜっかえさないと気がすまないらしい、この弁護士は。話の筋にスカっとしつつ、ジョークにイライラ、どっちなんだ?