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藤本 有紀の<<書評>>


ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
【角川文庫】
滝本竜彦
定価 540
円(税込)
2004/6
ISBN-4043747012

評価:B+
 陽介と絵理が戦わなくちゃいけない対象がチェーンソー男じゃないとするとそれはそれでかなり重くて、めんどくさいし、できることなら回避したいところなんじゃないかと思う。だから陽介は真冬の氷点下の夜中にチェーンソー男と戦う、その助太刀をするほうがマシだと思ったわけでしょ。そりゃそうするよ。
 なんでもこの頃の小学生は交換日記やら何やら集団の縛りが大変らしいけど、高校生もまたいろいろあるのだろう。ま、高校生にいろいろあるのはそりゃ昔からそうですよ。だけどいまどきの高校生はそういういろいろをヒョイヒョイかわすのがうまいみたいだ。陽介が担任の下宿訪問の際、名物の羊羹を出して軽めのムードを作ろうとしたり、「このトンネルは出る。ムーに載ってた」なんていう即興にも、躁鬱気味で多趣味の渡辺が小説を書いて「ケンザブロウも目じゃねえよ!」と叫んだりする姿にもカラっと笑えるし、なかなかセンスあるよねぇ高校生よ、と思う。だけどなんか痛々しい。加藤先生じゃないけど。学校に行きたくないのと、仕事に行きたくないことは根本的に違う。というか学校に行きたくないほうがしんどいって分かるからかな。「この本読んでがんばってよ」と高校生たちにはいいたいところだけど歓迎されないかも。

ヒートアイランド

ヒートアイランド
【文春文庫】
垣根涼介
定価 710
円(税込)
2004/6
ISBN-4167686015

評価:B
 はじめに、本書が暴力団賛歌ではあるまいかと危惧している人に、安心して読んでくださいといいたい。
 ストリートギャング・雅を結成し、ファイト・パーティーの運営でかなりの売上を計上するようになったアキとカオル。そのメンバーが持ち込んだ大金に絡んで、ヤクザ、強盗を生業とする男たち入り乱れての争いに発展していく。その途中、「誰かあいつをぶっ殺してくれないかなぁ」とカオルが洩らしたこのせりふはよく分かる。あいつとはヤクザ黒木のこと。雅の興行のことを知った黒木が、上前をはねようと脅しをかけてきた直後のことだ。その黒木も組では若頭という立場。「時代遅れで経済音痴の上層部」を苦々しく思う。利権と見ればピンハネしよう、ただでうまい汁を吸おうとする大人たちに対するフラストレーションが、暑い空気の塊のように男たちの間に横たわっている。右肩上がりともバブル景気とも縁がなかったアキ、カオル、リュウイチ世代にかかる重圧感と、我らが世代の諦めムードに同種のものを感じて、思わず嘆息。文体が平凡。読みやすいけど、もっとアクの強い感じを期待していた(村上龍、吉田修一と同郷だから?)。どのページを開いても垣根涼介、と分かるぐらいに。

十八の夏

十八の夏
【双葉文庫】
光原百合
定価 600
円(税込)
2004/6
ISBN-4575509477

評価:A−
 男性の爽やかさ、というのは何事にもかえられないなぁ、と常々思ってきた。「あぁこの人は一見爽やかだけど、あだち充の漫画に影響され過ぎている。」と気付かなきゃよかったところに気付いてしまった、惜しい人に出会ったことがあるが、爽やかさというのはそれだけ、後天的には得難いものという意識がある。表題作「十八の夏」は、三浦父子という類い稀なる爽やか人物を生んだことが第一のヒットである。朝帰りの二人が偶然出会う場面の描写を読めば、この点に賛同いただけるのではないかと思う。短い作品ながらちゃんとひっくり返る物語、としての完成度の高さが第二のヒット。それと、暑苦しい恋愛もの好きの私もそこそこ満足させる、紅美子の配置も効いている。
第二篇「ささやかな奇蹟」。泣かされはしなかったがラストには思わず目頭が熱くなる、人情路線の物語。そのせいか、プラトニックな藤田宜永とも、ハードボイルド抜きの浅田次郎とも……、思ったりして。

沈黙博物館

沈黙博物館
【ちくま文庫】
小川洋子
定価 714
円(税込)
2004/6
ISBN-4480039635

評価:A−
 有機物嫌悪とでもいえばいいだろうか、小川洋子の小説では、生ゴミや唾や手垢や目ヤニやフケや汗や脂や、究極的には食べ物や飲み物さえをも神経症的に嫌悪する眼差しに出くわすことがある。そんなものいちいち嫌がってたら生きていけないじゃないか、という常識など置き去りにして、会話している相手の唇からぷっと机の上に吐き出された唾に、過剰なほどの嫌悪感を覚えることはないだろうか? 私はあります。そういう感情を、煮詰めて濃縮しながらストーリーを与えていくのが小川洋子だ、と思っている。不愉快さを解放するのにこれだけの入り組んだストーリーを編み出すのだからすごいなぁと思う。もちろん、一元的にはということです。この『沈黙博物館』にも、老婆の入歯や死んだ鱒など不気味なものたちが惜しみなく登場する。日本とも西欧ともつかない、奇妙に完結しているけれども訪ねてみたいと思わせる、美しい村に吸い込まれていくような感じがした。

蹴りたい田中

蹴りたい田中
【ハヤカワ文庫JA】
田中啓文
定価 735
円(税込)
2004/6
ISBN-4150307628

評価:D
 『蹴りたい背中』が文春に載った号の編集後記に「抜きたい白髪」とあったのを私はいたく気に入って、さすがは文春編集部と思ったのをよく覚えている。この『蹴りたい田中』に収録されている作品には、なんとこのときの笑いを超えるものがひとつもなかった! これで終わるのはさすがに気が引けるのでもうちょっと続ける。カバーの著者プロフィールと奥付以外は全部創作、という文庫としては他に例を見ない編集は奇抜だし、オビのエイミー山田にはちょっと笑った。茶川賞受賞作だけあって、「蹴りたい田中」はまぁまぁどこで笑えばいいかもはっきりしており、登場人物にムリSFな感じがないのは他の作品に見られない点であり好感が持てる。「赤い家」は、翻訳っぽくてきれいだしいいと思ったが、「カ」の一音を引っ掛ければいいんだよね、よく考えたら。水戸黄門パロディは、かの芥川賞作家の作品を読んでいるだけに……。私はSFなら『宇宙船レッド・ドワーフ号』が好きだ。

観光旅行

観光旅行
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
デイヴィッド・イーリイ
定価
987円(税込)
2004/6
ISBN-4151748016

評価:C
 強いUSドルを持つアメリカ人が、ドルで買えないものはない、例え求めるものが常識を凌駕した刺激、危険と隣り合わせのスリルであったとしても……。というふうに、金満アメリカを皮肉る調子で読めばいいのだと思った。金持ち限定、中米かカリブの小国を訪れる秘密ツアー。人食いイグアナ退治も、謎のセニョリータとの想像を絶する一夜も、大使館でのパーティーも、現地人の祭で血まみれになることも、すべては旅行社の仕組んだことであると。
 第一部はそれでよかった。が、第二部で物語の向かう方向が思っていたのとは違うことに気付き、第三部は、ちょっともう、どう解釈すればいいのですか? 読み飛ばした覚えはないんだけど。これはあれです。ヨーロッパかどこかに行きの、長ーい機中向け書物。お茶を濁しているみたいで、卑怯ですか。翼ある蛇ねぇ。ロレンスだよね、メキシコだよね……。懊悩。

夜の回帰線

夜の回帰線(上下)
【新潮文庫】
マイケル・グルーバー
(上)定価 740円(税込)
(下)定価 780円(税込)
2004/6
ISBN-4102143211
ISBN-410214322

評価:B
 パリっとした大人が主役の話が好きである。いかにも金のかかっていそうな服装、それを許すだけの収入を生む仕事、異性を惹きつける容姿(キューバ系でしりの位置が高いに違いなくスペイン語の囁きがセクシーに違いない)、ほどよい知性が備わったマイアミ警察の刑事・パスはパッリパリのパリ、といっていいだろう。彼がヴィックス・ヴェポラッブを鼻の穴に塗って現場に向かった事件は、一筋縄ではいかないケースだった。一方に、身元を偽っているジェインという女がいる。うなるほど金持ちのドウ一族の出で、人類学者だったという過去を隠しながら目立たぬように暮らす。パスの捜査線上にアフリカが浮かび、ジェインと芸術家の夫Wがかつてアフリカに行ったことが平行して語られる。そこで彼らが経験したことが……? さらに、パスとWはともにハーフ・ブラックだ。ここに因縁めいたもの漂わせながらマイアミの炎暑の中、パスとジェインそしてWが接近していく。『夜の回帰線』というタイトルから予感される通りの“インテリジェンス・科学では解明できない・警察小説”。探偵小説にはシリーズ化してほしいものと願い下げのものとがあるが、パス・シリーズは歓迎。次回作は、科学で解明できるもの、ぜひ。