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斉藤 明暢の<<書評>>


迎え火の山

迎え火の山
【講談社文庫】
熊谷 達也
定価 900円(税込)
2004/8
ISBN-4062748371

評価:B
 伝説の「鬼」の復活と止めようもない災禍の予感、そしてそれを阻むため集結する異能者たちの闘い、というのは心躍るテーマだが、本書はそういう話ではないのだった。そもそも主人公は、そういう意味ではあんまり闘っていない。
 中盤から徐々に緊張感が高まり、吹けよ風!、呼べよ嵐!!、炸裂オーラバトル!!! というのを期待してたが、謎解きというか歴史や背景の説明と、人間関係の話がメインなのだった。
 続編もありそうな雰囲気だが、せっかく強大な「敵」を引っ張り出すのなら、華々しく闘って勝ってほしい、などと思うのは子供っぽい要求なのだろうか。

嫌われ松子の一生

嫌われ松子の一生(上・下)
【幻冬舎文庫】
山田 宗樹
定価 600円(税込)
定価 630円(税込)
2004/8
ISBN-4344405617
ISBN-4344405625

評価:A
 不幸な人生の波状攻撃といった展開だが、安手のドラマのような雰囲気にはなっていないのは作者の力なのだろう。主人公(というか案内役)の青年との恋人の役割、というか必然性がもうひとつ弱い気がするが、彼にしてから「それでいいのかお前!」という感じだから、その位でちょうどいいのかもしれない。
 妙に生真面目ながら結構流されやすい(真の)主人公である松子だが、なんでそこでそっちに行くのかなあ、などと思ってる時点で、作品の世界にハマっているということなのだろう。
 その最期はあんまりじゃないのか!、なんでそうなっちゃうんだよ!! とか結構真剣に憤ってしまった。

ぶたぶた日記

ぶたぶた日記
【光文社文庫】
矢崎 在美
定価 500円(税込)
2004/8
ISBN-4334737293

評価:B
  動き回り、心をもって話す生きたぬいぐるみに実際出会ったとしたら、かわいいとか怖いとか思う前に、かなりシュールな気分になると思う。今まで当然と思っていた日常が揺らぐ感じだろう。
 大抵の人は自分の日常を基準にしてしか世界を見ることしかできないけど、そこに「異なる存在」というものが入ってくることで、世界が広がったり、逆に自分自身が当然と思っていた日常を見直したりするきっかけができたりするものだが、ぶたぶたはそんな存在なのだろう。
 見た目を除けば、それほど特別なところがあるわけではないぶたぶたは、別に何かをしてくれるわけではない。けれど、出会った人がそれぞれ自分で何かに気づいたり考えたり行動したり笑ったり泣いたりしたら、それが「特別」な物語でなくても、価値がないということにはならないはずだ。

真昼の花

真昼の花
【新潮文庫】
角田 光代
定価 420円(税込)
2004/8
ISBN-4101058229

評価:C
 特に大した目的もなく何かを始めて、いつまでそれを続けるのか、続けないのか、そもそもどっちにしたいのかも分からない。今やっている事を断ち切って、新しく何かを始めたり、どこかに戻ったりするよりも、今のイヤなことを我慢したり無視したりして過ごしたほうが楽、という感覚というのは、わからなくもない。とはいえ、そういう姿にちょっとイライラするのは、歳をとったということなんだろうか。
 なにも始まらない、なにも終わらない。そのかわり、何かを迫られることがない状況を突破するには、意志と決断と、ちょっとしたきっかけが必要だ。そのきっかけに出会う直前までの話、ということなのかもしれない。

ダーク・レディ

ダーク・レディ(上下)
【新潮文庫】
R・N・バタースン
定価 各700円(税込)
2004/8
ISBN-4102160159
ISBN-4102160167

評価:C
 アメリカの移民系白人で非富俗層の社会と、そこで生活し、抜け出したいと願う人々の心理や生活というのは、映画やニュースなどを通して見ても、正直なかなかピンとこない。日本では低所得でもそこそこの生活が出来ている人が大多数だから、そういう世界から抜け出そうと悪戦苦闘してる人や、苦労して抜け出した人の話というのは、もうひとつ実感しにくいのかもしれない。金持ち連中の密かなお楽しみについても似たようなものだ。
 野心を持って権力をめざす人々の腐敗と哀れなまでの弱さ、それを描くのが目的だとしたら大いに成功してると思うが、かの国(とは限らないが)で社会的に成功する人々は、多かれ少なかれこんな気分を乗り越えなくてはいけないのか、と考えてしまうとブルーな気分になってしまった。

終わりなき孤独

終わりなき孤独
【ハヤカワ文庫HM】
G.P.ペレケーノス
定価 1,155円(税込)
2004/8
ISBN-4151706593

評価:C
 どちらかというと淡々と描かれる日常と暴力、その中でどこか危うさを持って行動する登場人物たち。この感覚、何かに似てるなと思ったが、何となく北野武監督の映画に通じるモノがあるような気がする。ハードボイルドと呼ばれる作品は、やるせなさと暴力がついてまわるものだから、そういうものかもしれない。
 だから、終盤に至っていくつかの結末が描かれても、実は本質的な所はなにも解決していない、それでも生きていかなくてはいけない登場人物たちの姿は、結末に至っても、もうひとつすっきりしない、そんな雰囲気なのだった。

犬と歩けば恋におちる

犬と歩けば恋におちる
【文春文庫】
レスリー・シュヌール
定価 810円(税込)
2004/8
ISBN-4167661713

評価:B
 犬のいる生活に憧れつつも、かなわない年月を過ごして久しいが、ドッグウォーカーという職業がそんなに高収入だとは知らなかった。もちろん楽な仕事ではないわけだが。
 日本ではよほどの金持ちでもない限り、留守宅に家事サービスとかの人を通わせたりはしてないと思う。アメリカではベビーシッターなんかも一般的らしいから、その辺の抵抗感はあまりないのかもしれない。つまるところこれは、犬の散歩屋さん版「家政婦は見た」みたいな話なのかもしれないが、ちょっと違うのは、主人公自身が物語の主人公であることだ(なんかヘンだな)。
 覗き趣味というのは嫌らしくも人を惹きつけるのだが、それだけで終わらない主人公の生き方を、痛快と見るかご都合主義と見るかで、この作品の評価が決まると思う。