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勝手に目利き
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和田 啓の<<書評>>


サウダージ

サウダージ
【角川文庫】
盛田 隆二
定価 460円(税込)
2004/9
ISBN-4043743025

評価:B-
 「そこにいない人と暮らすことを彼はよく夢見たものだ」から始まるなんともつかみどころのない作品。夏のうたた寝から目覚めた時のほんのりした虚無感が味わえる。
 十三歳まで異国で暮らした主人公は人材派遣会社に勤務しながら青山であてどない毎日を送っている。家出少女、有閑マダム、在留外国人らに自分の意思とは無関係に「巻き込まれ」る人生だ。主人公を円の中心にしながら人が行き交う様は最後まで無国籍にして捉えどころがない。
 夏の昼寝は起き上がった際、心地よさと同時に痛覚にも似た余韻を残す。いつの間にか時間が経ってしまった現実に世界が一瞬反転するからだろう。読書中、コスモポリタン大貫妙子の唄が反響していた。

退屈姫君海を渡る

退屈姫君海を渡る
【新潮文庫】
米村 圭伍
定価 500円(税込)
2004/10
ISBN-4101265348

評価:D
 小学生だった頃、NHKで『鳴門秘帖』なる時代劇を放映していた。剣術使いの主人公・田村正和の活躍にヤンヤの喝采を送っていた記憶がある。時代劇ながら漫画の要素を取り入れた軽妙洒脱、スピード感に富んだ演出・作風であった。本作も晴朗にして自由闊達。時代考証をやった上での読者を意識したストーリー展開。さながら講談を聴いているようにときに錯覚させられる。
 「余詰め」とは詰将棋の世界の言葉で、作者の意図した解答と異なる解き方が存在することを指すと云う。総じて普段慣れない時代物のせいか最後までシックリこなかった。読み方は千差万別。江戸ものを好きな方にはお薦めかも。

花伽藍

花伽藍
【新潮文庫】
中山 可穂
定価 460円(税込)
2004/10
ISBN-4101205337

評価:A+
 「女の体の中には、一枚の地図が埋め込まれている」という。快楽の記憶の地図。底抜けに恐ろしい比喩だ。噛みちぎれる位、舌を吸いあうエロスの奔流がただならぬ気配をもって現出している。中山可穂が描く愛の世界は激しく執拗しかも正確無比だ。女流作家らしい曖昧模糊な表現が皆無、ただただ情念の行き着く真実を炙り出している。ぼくたちは一人ひとりが孤独だ。孤独だから相手を求める。しかしながら関係性を維持するには互いが自立しあわなければならない。「一番の幸せは一番の不幸とつねに背中あわせ」だと文中にある。鮮烈な美に心の奥底から慰撫されるだろう。衝撃を受けました。

東京物語

東京物語
【集英社文庫】
奥田 英朗
定価 650円(税込)
2004/9
ISBN-408747738X

評価:C
 一地方人の初々しい上京物語。1970年代後半〜80年代後半、バブルに沸くまでの10年の東京が描かれる。慣れない下宿での一人暮らしから始まり、大学を経て、好景気という時代をバックに主人公は社会人としてもイッパシになっていく。もちろん恋もする。魅力的な女性、洋子さんとのその後を知りたいのだが時は移ろい、次章では巧みに消えている。散りばめられた時々の風俗も興味深い。ジョン・レノンに、状況劇場、有楽町マリオンのオープン、釜石松尾の引退試合など時代を感じさせるのだが、さして効果的なインサートではない。ジクソーパズルのように現代から故意に当て嵌められたという印象が拭えない。奥田作品は個人的には好きだが本作は珍しいハズレだ。

体の贈り物

体の贈り物
【新潮文庫】
レベッカ・ブラウン
定価 540円(税込)
2004/10
ISBN-4102149317

評価:C
 ホスピスという特異な状況下で謳われる連作小説集。柴田元幸訳作品はすでにそれだけでブランド。死を前にした個性溢れる人々との交流を通じた、古いようだが現代にも通底するアメリカの善意や好意性が全篇から漂っている。しかし、わたしは日本人であり文字は心をかすめては通り過ぎていくばかり。ブルーベリーをどさっと添えたパンケーキ、百パーセント純粋バーモント・メープルシロップの描写に唾液は喉を伝わり、使い込んだ綺麗なタオルやシーツと洗顔用クロスから想見した、今も昔も変わらぬよきアメリカの部分にむしろ憧憬にも似た想いを抱いてしまった。

抑えがたい欲望

抑えがたい欲望
【文春文庫】
キ−ス・アブロウ
定価 1,050円(税込)
2004/9
ISBN-416766173X

評価:B+
 赤ん坊を殺された晩、家には五人の人間がいた。ダーウィン・ビショップと妻のジュリア、息子のビリーとギャレット、ベビーシッターのクレア・バックリー。複雑難解を極める家族体系。衝撃のラストに辿り着くまで、法医学を専攻した主人公の精神科医は情けないまでに美貌の人妻に翻弄されっぱなし。「男が夢見るのは、自分に身を任せてしまう女ではなく、自分をしっかりと抱き締めて自信を持たせてくれる女、男としてのあらゆる面に、同等かそれ以上のレベルで女として対応してくれる、そんな女を見つけることだ」。
感傷的な主人公に同情はするが最後は女の現実というものを嫌というほど見せつけられる。イェイツの詩が効果的。

凶犯

凶犯
【新風舎文庫】
張平
定価 791円(税込)
2004/8
ISBN-4797494271

評価:A
 時は現代、場は中国山村。主役は国から派遣された森林保護監視員にして腕利きの元特殊部隊の戦士。中越戦争で左足を失っている。善良な彼が家族と森林の保護と監視を目的に、とある山村に越してきてからの惨劇がルポルタージュ調に語られる。そこは公然の盗伐業者が存在し、閉鎖的な空間に腐敗と汚濁が満ちた地獄の世界だった。男は良心と誇りを賭けてたった一人で世界に挑んでいく。
 事実の重みに震慄する。おそらくこれからもずっと残るであろう中国の負の部分に絶望してしまう。村社会はお上の社会でもある。権力は護持され、腐敗は繰り返され、無知な民衆は流されるだけだ。その無名の男は革命を起こした。血と引き換えに。