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本棚探偵の回想
【 双葉社 】
喜国雅彦
定価 2,940円(税込)
2004/10
ISBN-4575297356 |
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評価:C
近頃めずらしい函入、月報、おまけシール付。本造りを愉しんでいることはチラッと見ただけでもわかる。わくわくする。で、勇んで捲ってみた。たとえば以下の一文あたりが、この本にふさわしい読者か否やの分かれ目かもしれない。
「女をガラス張りの風呂に入れて、風呂の底からその足の裏を覗くことを喜びとしている男を描いた『足の裏』という作品がある」
喜国さんはこれを目にして、むしょうに手に入れたくなるわけだ。「蘭郁二郎」という若くして死んだ、その探偵作家。が、肝心の名前に無反応なワタシ。江ノ島でサーフィンする若者を眺める爺さんみたいなものか。それでも本棚に並べてあると嬉しい気分になる。若者が去ったあとの爺さんもきっとこんな心境でしょうか。 |
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庭の桜、隣の犬
【 講談社 】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/9
ISBN-4062125897 |
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評価:A
宗二は夜帰るのが大変だからと都内に安アパートを借りた。妻の房子は何かあるのではと疑う。宗二に不満はない。隠れ家を欲しいと思っただけ。しかし「ない」ことが夫婦の最大の問題だった。会社のOLとのなんでもないあることを妻には言わなかったことが危機を「ある」ものにしていく。
ヒマをもてあました夫婦が何かを待っている。レミの存在は恰好の火薬ではあるのだが、作者は不倫どろどろ物語に流そうとはしていない。そこが新鮮だ。
枝葉の逸話だが、宗二と彼の母が、昔一日だけ飼った犬について話す場面がいい。ペットショップで駄々をこねる子とケチな亭主の間で板ばさみとなった母は、何十年経ってもその日のことを記憶している。息子はまったく覚えていない。どんなに親密だろうと人はすべてを共有できるものではない。
そして日は変わり、夫婦の場面。「なぁ、ジョーが最終回で闘った相手ってだれだっけ」と宗二が訊くと、妻はすかさず「ホセ・メンドーサ」と答える。なんだかホッとする。 |
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ブルータワー
【 徳間書店 】
石田衣良
定価 1,785円(税込)
2004/9
ISBN-4198619182 |
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評価:C
悪性の脳腫瘍だと宣告された主人公が、発作のたびに意識だけが二百年後へトリップし、飛んだ先はテロと蔓延するウィルスによって今にも崩壊寸前。そんな未来世界を彼は救おうとするという話だ。
意識を喪失している間だけ彼は未来にいて“闘う人”となり、目覚めるやカウントダウンの現実に立たされる。行ったり来たりで、彼を必要とする未来は実体のない、現実逃避の脳内世界なのかも。そんな想像もわいてくる。なにしろ現実にもどれば、妻が同僚の男と不倫をしている。知りたくもないことを知る。やりきれない主人公。反動もあってか、未来では助っ人衆に背中をおされ、いつしか救世主へとまつりあげられる。
未来がほとんどいまの時代の圧縮コピーにしか見えないのは、作者の意図するところだろう。ひとを救わんとする行動によって、すさんでいく一方だった男の心も救われる。進むほどに困難に遭遇する双六バトルに戦慄はしないが、タイムリットが設けられている話だけにハラハラはある。「救済」をテーマにしてきた作者の特質が反映されたSFファンタジーだといえよう。 |
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間宮兄弟
【 小学館 】
江國香織
定価 1,365円(税込)
2004/10
ISBN-4093874999 |
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評価:AA
「恋愛小説」なのに、恋愛という山のてっぺんに上ることのできない兄弟の物語だ。どこがまずいのか読者にはわかっていて、主人公にはわからない。ここがミソでもある。たいていの作家は彼らのように、華のない男を主人公に据えようとは思ったりしないだろう。まず、意欲というか冒険心が買いだ。
兄弟の共通の趣味は、先ずプロ野球の観戦。贔屓チームのスコアをつけるほどに熱心だ。映画のビデオ鑑賞、クロスワードパズル、読書。で、イイ歳をして男二人で暮らしている。恋愛経験は共にゼロ。失恋するたび兄貴は酔いつぶれ弟は新幹線を見に行く(って、漫画だな)。彼らはまちがいなく善人なのだけど、関係するのが下手。ぎこちなさは、セックスにも不倫にも慣れっこになったいまどきの関係をこそ疑問視させる効果を生んでいる。
さりげなくて印象的なシーンがある。大学生と高校生の姉妹が連れ立って歩いている。静かな夕暮れだ。姉が「一緒に散歩していられるのはいまだけかもしれないわね」とつぶやく。別々の生活になるという予感だ。妹は「何言ってんの?」と切り返す。
「だって間宮兄弟を見てごらんよ。いまだにずっと一緒に住んでるじゃん」
30男が、女っ気もなく、二人で暮らすのはヘンかもしれない。だけど何も変わらない生活だってイイじゃん。て思わせる、居心地のよさがある。 |
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流行歌
【 新潮社 】
吉川潮
定価 1,890円(税込)
2004/9
ISBN-4104118044 |
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評価:C
西條八十といえば「野性の証明」のジョー山中の唄声でしょう。というか、それだけしか知らなかった。だもので、いやーまあ、びっくり。神宮球場で傘もって歌い踊る「東京音頭」も西條八十の作詞だとか。フランス文学者にして詩人で、流行歌の作詞を手がけた。マルチ文化人の先駆け的な存在であったらしい。唄の数も相当なもの。「母さん お肩をたたきましょう」の童謡から、村田英雄の「王将」(うちの母ちゃんはいつもテレビの真ん前で聴いていました)まで。戦時中には「同期の桜」などの軍歌のヒット曲もいっぱい。
詞がひらめく瞬間も面白いが、書き換えを要求されたときにすらすら直してしまう。アーティストというよりは職業人。作者はときに西條本人のイタコのように作詞のいきさつから娘や妻、母たちとの交歓を語っていく。逸話の配置がうまいです。 |
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夏の名残の薔薇
【 文藝春秋 】
恩田陸
定価 1,950円(税込)
2004/9
ISBN-4163233202 |
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評価:B
彼女は殺されたはずじゃなかったの? 章が改まり、語り手の視点が変われば、シナリオを書き換えたかのように「事件」はなかったことになっている。当初は辻褄を考えると頭が混乱します。
毎年、富豪を父にもった三人のオババ姉妹が親しい人を招いてパーティを催していた。最初の山場は、近親相姦の関係にある姉弟と夫との対面だ。弟の部屋に行き、関係を解消するなら何もなかったことにしてもいいと、夫は話を切り出す。しかし━━。夫が名指ししたのは弟の名ではなかった。びっくりしたのは弟だ。姉の心を一人占めしているつもりでいた。その自信が傾いでしまう。
彼ばかりではない。交わされる「秘密」の暴露に納得しかけた途端、予想外の「真相」が別人から打ち明けられる。三人のオババ姉妹は嘘話をすること自体を楽しんでいて、これには深い理由が絡んでいるらしい。半生を改ざんしまくって話す叔母の福々しい顔に注目です。読者として、もつれた糸を一本にしたいところだが、そんな常道をぶちこわすラストには「降参」というしかありません。 |
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魔術師
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 2,200円(税込)
2004/10
ISBN-4163234403 |
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評価:B
テーブルマジックからディビッド・カッパーフィールド並のイリュージョンまで詰め込んだマジシャン・ミステリー。トリックの種明かしあり、どんでん返しありです。
「心のどこかで、観客はイリュージョニストの脱出が間に合わず、命を落とす事を願っている」
そう口にする男は過去に舞台上で事故に遭い、二度とステージに立てなくなった。「親愛なる紳士淑女の皆様」と呼びかけ、殺人ショーを続ける。不気味であるとともに、その振る舞いはやがて切なくなりはじめる。
作者は、人物の相関を巧みに「上下」で表現している。師匠と弟子、痴呆の母と娘、四肢が不自由な科学捜査官と相棒の婦人警官など。敬愛と憐憫と自己嫌悪。そうした関係性が事件のキーポイントにもなっている。ちなみに、スターバックスでカフェラテを飲みながら読むのが最適。とにかく「スタバ」が大好きな小説だ。難点をいうと、長さだな。 |
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願い星、叶い星
【 河出書房新社 】
アルフレッド・ベスター
定価 1,995円(税込)
2004/10
ISBN-4309621856 |
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評価:A
殺人は平気なのに、強盗はプログラムに反するからできませんと断わる“相棒”に、なんてこったと舌打ちする男の姿がも滑稽だ。冒頭の「ごきげん目盛り」は、人間に危害を加えるはずがない、そういうふうにプログラムされたアンドロイドが次々と“理由なき殺人”を重ねていき、そいつと共に逃げ回る道連れ物語だ。片方が人間なら目新しくもないが、感情をもたない人造人間という設定が興味をそそる。
殺人を犯す相棒を止めることも矯正することもできず、逃げ回らなければない所有者は不幸な男だ。おかしいのは「わたし」と「わたし」。アンドロイドが「わたし」としゃべり、所有者もまた「わたし」と独白する。ややこしくてかなわない。視点はピンボールのように右往左往し「わたし」なのかわからなくなる。もちろんそこは作者の狙いで、ラストじゃ「狼たちの午後」に出ていたアルパチーノとジョン・カザールの顔が浮かんだ。
地球最後の日を生きる女と男を描いた「昔を今になすよしがもな」も洒落ている。地響きをあげビルが崩れ落ちる音を耳にしながら、平然と暮らす女。びっくりする、旅人の男。ポップにイカレた感じの展開だ。しかしそれだけにバカ女の孤独が浮き出ていて、こんなの映画にしてくれないかなぁと思い始める。チープな書き割りの摩天楼でも面白いかもしれない。ディアフターなんて使い尽くされた題材も、こんなふうに描き方ひとつで新鮮に化けるというお手本だ。 |
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