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福山 亜希の<<書評>>


本棚探偵の回想
本棚探偵の回想
【 双葉社 】
喜国雅彦
定価 2,940円(税込)
2004/10
ISBN-4575297356
評価:A
 物体的な「本」の魅力に激しく迫った力作だ。本を収集する為に本屋を一件ずつまわり、とにかく本を買い続ける。ノルマのような、業のようなそのゲームを自分に課す作者の姿は、本好き人間の極地にあるべき、正しく立派な姿だ。強く支持したい。
 この本に登場する神田神保町は、通っていた大学のすぐ近くということもあり、私もよく出掛けた。古本屋に入ると、年月を感じさせる黄ばんだ本の背が、高い棚の上から下までびっちりと埋められていて、その棚と棚の林の奥の方に、店主が埋もれるように佇んでいるのだ。物体的な本の魅力に取り付かれる人の気持ちは、神保町の古本屋に行けば分かるかもしれない。それに、古本屋には独特の妖気が漂っていて、時間の流れも外の世界とは違うのだ。
 本の魅力とは何なのだろう。ただ読むだけでは飽き足らない。集めるだけでも飽き足らない。本は棚に入れておくだけでもそこには何かしらの雰囲気が生まれてくるし、古本屋は店主も含めて文化だと思う。この本を読みながら、改めて本の魅力に取り付かれてしまった。

庭の桜、隣の犬
【 講談社 】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/9
ISBN-4062125897
評価:A
 夫婦の絆が乏しい二人。房子と宗二の関係には、どこか学生気分が抜けきらないようなところがあって、夫婦らしさが漂ってこない。仕事が遅いという理由で外に家を借りる宗二は、家庭から避難できる場所が欲しかっただけのようであるし、そんな宗二をずるいとは思えども嫉妬心などは湧いてこない房子も、まだ自分の居場所を妻という立場に見出すことが出来ていないようだ。
 房子は子供の頃から抜群の記憶力をもっていた。彼女は膨大な量を記憶することが出来たが、記憶した物に意味を持たせることはしなかったようである。意味の無い物に囲まれて大きくなった彼女は、自分の本当の気持ちが何であるか、掴むことが出来ない。夫の浮気相手に対しても怒りを覚えず、ただ世間一般の「浮気相手を罵る妻の言葉」を倣って使っているだけだ。そういう世間一般の人間を演じることで、自分が人並みの尺度を持った人間であることを証明しようとしているように思えた。これから二人がどんな風になるのか、良い方にも悪い方にも受け取れるラストが気になる。

ブルータワー
ブルータワー
【 徳間書店 】
石田衣良
定価 1,785円(税込)
2004/9
ISBN-4198619182
評価:B
 舞台は200年後の東京。世界を震撼させたウィルス「黄魔」から逃れるために、高さ2kmの巨大な塔のなかに、人々は閉じこもって暮らしている。しかし塔の中であれば平和で安全かと言えばそういうわけではなく、そこには厳しい支配関係が成り立っている。塔の上層に住む一部の者が、下層に住むものと塔の外に住む者を支配しているのだ。ウィルスの恐怖と、支配する者とされる者との危うい均衡が崩れそうなスリルがテンポ良く、一気に読了した。
 作者自身もあとがきで語っているが、この塔はテロで攻撃を受けた世界貿易センタービルをイメージしており、物語も9.11のテロに強い影響を受けて創られたという。このあとがきを最初に読んだのがいけなかったのか、崩壊する塔を主人公が繰り返しイメージする部分には、少しくどさを感じてしまった。また、正義と悪がはっきりと分かれていて、悪者がわかりやすすぎるのも、設定としてやや魅力に欠けたような気がする。

間宮兄弟
間宮兄弟
【 小学館 】
江國香織
定価 1,365円(税込)
2004/10
ISBN-4093874999
評価:A
 間宮兄弟は風変わりな兄弟だ。社会人になっても二人で部屋を借りて一緒に住んでいるし、趣味の時間も兄弟で共有している。仲が良いと言えば聞こえはいいが、彼らには恋人も友達もいないから気味が悪いのだ。何かする時はいつも兄弟で一緒。彼らの世界は外に開かれることなく、二人の間で完結してしまっている。けれども彼らの温厚な人柄や、趣味に没頭する姿、例えば仕事が終わると急いで家に帰り、ひいきのプロ野球チームのスコア付けに没頭するその姿には、なぜか充足した幸せを感じてしまう。
 私は間宮兄弟のようには絶対になりたくない。なりたくないのにどうしてなのか、彼らを羨ましく感じてしまうのだ。もしかしたら、あんな生き方も心地良いものかもしれない。間宮兄弟は不思議な存在で、彼らを気味悪がったり、疎ましがったりしても、完全に無視することはなぜか出来ないのである。それは私にも間宮兄弟と似た部分があるのだろうか。読後も暫くの間、兄弟のことが気になってしまった。

流行歌
流行歌
【 新潮社 】
吉川潮
定価 1,890円(税込)
2004/9
ISBN-4104118044
評価:B
 題名と本の帯を見た時にとても興味が湧いて、非常に期待して読んだ。数々の大ヒット流行歌をこの世に送り出した、作詞家西条八十の人生を追う伝記的小説だ。物語は、最初から西条八十の鮮やかなイメージを読者に与えながら進んでいく。特に、後に妻となる女性との出会いのシーンは素敵だった。また、銀座の柳をこよなく愛する、粋な江戸っ子 西条八十が、銀座を散歩しながら作詞の構想を練る場面では、作詞活動に没頭する八十の息吹きが文と文の間から伝わってくるようで、物語に臨場感があった。八十の発する台詞の端々からもその人柄が感じ取られて、どんどん大作詞家の人生に迫っていく迫力がある。
 ただし、後半あたりから物語は少し時系列的な進行を見せ始め、西条八十の実際の人生には忠実であったかもしれないが、ドラマチックな演出には少し欠けたかという印象がぬぐえない。スポットをどこにあてるのか、物語の山場はどこなのか、読者として一番気持ちを入れて読むクライマックスの焦点が、ぼやけてしまったことがちょっと残念だ。

夏の名残の薔薇
夏の名残の薔薇
【 文藝春秋 】
恩田陸
定価 1,950円(税込)
2004/9
ISBN-4163233202
評価:B
 先月の課題図書にも指定されていた恩田陸のミステリー小説。前回の夜のピクニックが思春期の高校生をあざやかに表現した爽やかな物語だったので、同じ作者によるミステリー小説とはどんな趣向のものなのか、興味深く読み進めた。
 夜のピクニックの主人公・貴子と融のイメージが私には強く残りすぎていたので、世間と隔離された豪奢なホテルに集う、陰のある登場人物たちに、私は少し違和感があった。桜子と時光の美しくて秘密の多い兄弟も、ホスト役である三人姉妹の不気味さも、夜のピクニックとは随分世界観が異なる登場人物達である。
 章ごとに物語の視点は別の登場人物へと移り、それぞれが主観的な視線で語るので、一体どれが真実なのか、読者は翻弄されてしまう。主観的な視線で語られると物語は不気味さを更に増し、私は登場人物たちと一緒に、舞台のホテルに閉じ込められたような気分になってしまった。元々怖い本が苦手なこともあるが、前作があまりに清く美しい青少年の物語だったので、そのギャップに最後まで戸惑ってしまい、前作の雰囲気が恋しく思った。

文学刑事サ−ズデイ・ネクスト2
文学刑事サ−ズデイ・ネクスト2
【 ソニ−・マガジンズ 】
ジャスパ−・フォ−ド
定価 2,100円(税込)
2004/9
ISBN-4789723615
評価:A
 大好きな本に出会うと、それが例えフィクションであっても、その本の世界が現実に存在しているのではないかと思い込んでしまうことが、私にはよくある。子供の頃、私は赤毛のアンが大好きで何度も繰り返して読んでいたが、赤毛のアンが作者のモンゴメリの頭の中で創造された人物とはどうしても思えなかった。アンはこの世に本当に存在していた女の子で、赤毛のアンという物語は実際にあった物語なのだと、疑いようのない気持ちになっていた。
 文学刑事は、文学作品の登場人物が実際の世の中で役割を与えられ、大活躍しているという設定である。主人公の文学刑事は、文学作品の中に入り込んでしまうことができるのだ。この設定自体が天才的である。架空の世界、虚構の世界を、現実の世界だと思い込みたい文学ファンの心をくすぐる設定だ。こんなストーリーを思いついた作者のジャスパー・フォードには敬服してしまう。この本が映画化されることがあったら、是非観たい。

願い星、叶い星
願い星、叶い星
【 河出書房新社 】
アルフレッド・ベスター
定価 1,995円(税込)
2004/10
ISBN-4309621856
評価:B
 独特の世界観がスピード感をもって押し寄せてくる。ベスターの世界を理解できようが出来まいが、本から目をそらすことが出来ない。最高傑作「ごきげん目盛り」では、SFホラー映画を見ているような錯覚に陥ってしまった。映像で観た訳でもないのに、私の目には狂ったアンドロイドがはっきりと浮かんでくるのだ。暴れまわるアンドロイドや、アンドロイドとヴァンデルァーが同一化して重なったり、また離れたりするイメージが、怒涛のように押し寄せてきた。文章を読んで、それが瞬時に頭の中で映像になってしまうという経験は、私には初めてだった。それも、自分が見たことのある風景について語られている文章であればともかく、「ごきげん目盛り」の舞台は地球ではない、未知の星なのである。一気に突き抜けていくスリル満点の一冊である。ただし、読後もしばらくの間はベスターの世界観を引きずることになるので、怖がりの人には少し注意も必要である。