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斉藤 明暢の<<書評>>


未来のおもいで

未来のおもいで
【光文社文庫】
梶尾真治
定価 500円(税込)
2004/10
ISBN-4334737676

評価:C
 時空を超えて出会った男女の、切なく美しい愛の物語である。「お前らいい年してそんな簡単に恋に落ちてどうする!」などと突っ込むのは野暮というものだろう。まずは、それがなくては始まらないのだ。そして数十年の時間の壁という、いかんともし難い障害をなんとなく超えてメッセージを交わす二人は、いつしか互いを強く想うようになっていく。
 「なんで?」という問いはこの作品の場合無意味だ。ただそうなってしまったのだ。細かい設定などは初めから重要ではないのだから受け入れなさい、そうすれば幸せな世界に浸ることができる…
 実際、とくに目につく不備や不快な部分はないし、激しく矛盾している筋立てがあるわけではないから、「目的」がはっきりしている人なら、読んで損はないと思う。全体にちょっと薄味だけど。
 

Close to You

Close to You
【文春文庫】
柴田よしき
定価 710円(税込)
2004/10
ISBN-4167203111

評価:A
 この作品を語る場合、ラストの部分に言及したくてたまらないのだが、ネタバレ禁止である以上、それが十分できないのは結構辛いものがある。
 作品そのものは、いったん読み始めると、失業した主人公にまつわる不可解な災難や事件とその先の展開などが気になって、一気に読み進んでしまった。そして終盤、すべてが明らかになった時、主人公はこれまでの考え方というか価値観を大きく変えて生きていくことになるのだが、その結論とそれに至る論理には、激しく同意する人とそうでない人に分かれると思う。価値観の転換が起こる前の主人公の感じ方に部分的には賛成だったりもするし、その後についても「ホントにそれで解決ってことでいいのか!?」と言いたいところだ。
 こんな感じ方をするのは主人公と現在の自分に共通点が多いからだろう。だからこそ、「転換前」の主人公に激しくダメ出しされるのが腹立たしいのだ。そして微妙に納得しつつも、ひどく居心地の悪い読後感となってしまったのは、自分が男性だからとばかりは言えないような気がする。女性だとどんな感想を持つのか、ちょっと話し合ってみたい気がする作品であった。


若い読者のための短編小説案内

若い読者のための短編小説案内
【文春文庫】
村上春樹
定価 470円(税込)
2004/10
ISBN-4167502070

評価:B
 年代にもよると思うが、戦後の日本文学作品というのは「名前ぐらいは知ってるけど教科書以外では読んだことない」という人が多いと思う。本好きな人でも、何かきっかけがなければ手に取る機会は結構少ないのではないだろうか。そういった時代の短編小説作品をテキストとして解説していく訳だが、本来は既にテキストを読み込んでいる生徒を対象にしていた話のはずだから、読んだことのない読者にはもう一つピンとこないはずだ。実際、私は紹介された作品を一編も読んでないのだが、それでも本書は十分面白く読めた。分析の内容は、自我と周囲の世界との関わり、という部分に集中し過ぎている傾向があるが、それは村上春樹氏自身の作品づくりとも関わっているのかもしれない。
 ともかく、本書を読んで、実際に一編でもテキストの作品を改めて読んでみたいと思えたとしたら、それは十分に価値あることだと思う。


旅行者の朝食

旅行者の朝食
【文春文庫】
米原万里
定価 490円(税込)
2004/10
ISBN-4167671026

評価:A
 食べ物エッセイというと、選ばれし者のみが味わえる至高の食材と料理人の話とか、誰もが頷く最大公約数的食い物の話、というパターンが多いのだが、本作はそのどちらにも入りきらない部分があると思う。
 味わったことのない食べ物話というのは気持ちが入りにくいものだが、著者の外国体験や海外文化の知識と関係があったり無かったりする食べ物がらみのエピソードの数々は、なぜか面白く読めてしまうから不思議だ。おそらくご本人の実体験は、書かれている何倍も面白くて熱くて「くわっ」と目を見開いている感じなのだろう。
 ちなみに、うんちく話なども数多く収録されているのだが、それをパクって人に話したところ、自分が読んでいたときの面白さの百分の一も伝わらず、非常に哀しい思いをしたことを付け加えさせて頂きたい。


犬と歩けば

犬と歩けば
【角川文庫】
出久根達郎
定価 580円(税込)
2004/10

ISBN-4043745028

評価:B
 恥ずかしながら、8割方読み終えた時点でも、まだ本作を小説だと思いこんでいた。もちろん著者の語り口が小説的なせいもあると思うが。
 淡々と日常が描かれる中、犬のエピソードが出てくると途端に「もう少し先まで読もうかな」という気分になってくる。ある意味、犬と子供をネタにするのは反則、ということなのかもしれないが、好きなものは好きなのだ。
 そして小説ではなく随筆なのだから当然だが、必ずしもドラマチックなラストがあるわけではない。むしろ、「なんだかなあ… まあいいけど」といった雰囲気なのだが、そこはそれ、それが日々の暮らしってもんでしょう、などと思ってみたりするのだった。


ニガヨモギ

ニガヨモギ
【ちくま文庫】
辛酸なめ子
定価 567円(税込)
2004/10
ISBN-4480420118

評価:D
 「これを面白いと思えないあなたは、つまらない感性の持ち主だ」みたいな時に持ち出される映画やコント、マンガや小説の類が世の中には存在するが、この作品もそうなのだろうか。などと思いつつ読み始めたのだった。
 で、最期まで読み終えるのに努力を要するコミックというのを久しぶりに読んだ気がする。意味不明だが面白い作品というのは、どこか説明不可能な、心にコツンと当たる瞬間みたいなものがあるのだが、今回は残念ながら「コツン」というよりは「ズブズブ」な感じであった。
 「面白い」と思えない自分の感性を哀しく思うことしきりである。

名無しのヒル

名無しのヒル
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
シェイマス・スミス
定価 714円(税込)
2004/9
ISBN-4151735526

評価:B
 アイルランド闘争やIRAと収容所がらみの話というと、ついハードボイルドな主人公やセリフを連想してしまうのだが、向こうの国の人が皆そうだったはずもなく、本書の主人公も、いたく普通っぽさ漂う青年である。全くの善人とはいえないが、悪党という訳でもない。年相応に醒めていながらも時には熱く、利口なような頭悪いような、つまりは多くの人の十代の頃と重なるキャラクターなのだ。
 そうは言っても、当局の取り締まりや収容所が描写される部分は、あまりの不条理さに吐きそうだが、それが現実だったのだろう。脱走劇についてもお約束のような展開となるわけだが、それでも主人公達はしぶとく生き残り、多分その後も生き続けているはずだ。何事においても、「むこうの偏見によりも、こっちの意見にもっと関心をもたせること」が簡単にできるはずもないが、適度な楽観主義といい加減さを、争っている双方が持てるとしたら、ちょっとは希望が持てるかなと思えるのだ。


白い雌ライオン

白い雌ライオン
【創元推理文庫】
ヘニング・マンケル
定価 1,575円(税込)
2004/9
ISBN-4488209041

評価:B
 実在の有名人や歴史上の人物を狙った暗殺事件を題材にする場合、暗殺計画の結果は大方の人が既に知っている事になる。だから結末を伏せておくだけでは読者を引っ張れないわけだが、本作は登場人物と錯綜する背景を絡ませて描くことで、それを乗り切っている。南アフリカとスウェーデンの田舎町という、名前と雰囲気くらいは知ってるが詳しくはない国、という舞台設定もそれを助けているのだろう。結末まで緊張感の切れることなく引っ張られていくことができた。
 異質な背景を持つ、主人公のベテラン刑事と南アフリカから来た殺し屋のわずかな交流、というか接触が描かれるが、お互いを深く知ることなく事態が進行してしまう。そのあたりを更に膨らませても面白かったと思うが、主人公が迷いというか漂流しているような不安定さを持ち続けるためには、そのように描かれたほうが効果的なのかな、とも思えた。

万物理論

万物理論
【創元SF文庫】
グレッグ・イーガン
定価 1,260円(税込)
2004/10
ISBN-4488711022

評価:B
 最近の近未来ものでアメリカを舞台にした小説や映画は、テクノロジーが暴走した使われ方をしている世界が描かれることが多い。行き過ぎた商業主義や、バイオテクノロジーの過度の発達といったものは、個々の描写は突拍子もないものにも聞こえるが、昨今の現実世界の状況を見ていると、その伏線はすでに存在しているものばかりだ。
 とはいえ、話が本筋の物理理論に移ってくると、一気にSFらしさが満ちてくる。描かれる人物、文化やコミュニティは現代風の味付けだが、あることをきっかけに世界の有り様そのものが変化してしまうというのは、往年の王道SFを連想させる雰囲気であった。残念ながらこちらの感覚が麻痺しかかっているのか、作中の人物描写がもうひとつエキセントリックさに欠ける気がしたが、一度では味わいきれない濃厚な部分を持ち合わせていて、久々に「なんとかして読みこなしたい」と思える作品だった。