|
真夜中の五分前
【新潮社】
本多孝好
定価 1,260円(税込)
2004/10
ISBN-4104716014
ISBN-4104716022 |
|
評価:A
上下巻のようにサイドAとサイドBの二冊に分かれているこの本は、AとBとでは随分と物語の印象を変えてしまう。サイドAは恋愛ドラマを見ているような甘く切ない気分で読んでいたのだが、サイドBではサスペンスドラマを見ているようにハラハラドキドキしてしまった。物語のキーワードは「一卵性双生児」だ。一卵性双生児のかすみとゆかりは何もかもが同じ。顔も見分けがつかない程似ていて、更に考えることまで姉妹でそっくりなのである。そして悲劇的なことに同じ人まで好きになって、恋に破れたかすみの方は、なぜ自分では駄目なのか、深く傷つくことになる。かすみが妹のゆかりの婚約者をあくまで好きであり続けることに対し、主人公の僕は、そっくりな二人の女性に惑うことなく、かすみだけを好きであることが私には興味深かった。自分と何もかもそっくりな人間がもう一人いたら、それでも確固とした自分を持ち続けられるだろうか。そんな問いかけをしながら読んでみると面白いと思う。 |
|
みんな元気。
【新潮社】
舞城王太郎
定価 1,470円(税込)
2004/10
ISBN-4104580023 |
|
評価:B
派手で可愛らしい表紙とポジティブな題名から、底抜けに明るいエンターテインメント小説を想像していたのだが、読み始めると目を背けたくなるような暴力シーンがどの短編にも必ず出てきて困惑してしまった。ストーリーの展開が早いので、こちらの読むテンポも加速度的に早くなるのだが、必ずしもその展開は理解できるものではなかったし、また、作者から何か強烈なメッセージが送られてきていることは感じるのだが、果たしてそれが何なのか、完全に理解して受け止めることが出来なかったのは残念だった。
ただし、だからといって、暴力シーンがこの物語の全てではないのだ。字面だけを追えば、馴染み難い独特な世界観と暴力シーンによって物語が支えられているようなのだが、読んでいて暗い気持ちにはならない。奇抜な物語の底流には何かまっとうで正しいパワーが溢れているようで、どうにかしてそれを読み取りたい想いにかられるのだ。この作品では作者のパワーが有り余り過ぎて、物語を少し複雑にしてしまったのかもしれない。作者の他の作品も読んでみたいと思った。 |
|
香港の甘い豆腐
【理論社】
大島真寿美
定価 1,575円(税込)
2004/10
ISBN-4652077475 |
|
評価:AA
読めば読む程、元気が沸いてきた。読み終ったら皆にこの本を教えてあげたくなった。最初はあまり可愛げのなかった主人公の女の子が、どんどん可愛くて元気な女の子に変身していく過程が、とてもパワフルで真っ直ぐで、楽しいのだ。そして胸の内側を暖かくさせるような終わり方が読後も私を包んでくれて、本当にこの本は人を優しい気持ちにさせてくれる。主人公はとても無気力な女の子。自分自身を好きになれないことも、物事がうまくいかないことも、全て自分に父親がいないことのせいにして、せっかくの若さを無駄にしながら毎日を過ごしている。そんな主人公が、父親に会う為に母親に無理やり香港に連れて行かれ、そこで母親の友人達と出会うところから、自分自身に前向きな可愛い女の子へと変身していくのだ。誰しも何かを言い訳にせっかくの人生を片付けてしまうことはあると思うけど、この本を読んだらそんな自分を蹴飛ばしてしまいたくなる。一点の曇りもなく、ただひたすらに前向きな力を与えてくれるこの本に、ありがとうを私は言いたい。 |
|
gift
【集英社】
古川日出男
定価 1,365円(税込)
2004/10
ISBN-4087747212 |
|
評価:C
作者の独特の世界観が詰まった一冊だった。19の短編で構成されているそれぞれの物語は、どれも最初から最後まで充分に読者を引き付けて離さない魅力がある。だが、私にはどの物語ももう少しボリュームが欲しかった。最初の二、三行を読めば、ぐっとその物語に入り込んでしまうのだが、その世界観がどんなものなのかもっとじっくり見ようとすると、姿を消してしまうように物語が終ってしまう。そしてまた新しい短編へと興味を奪われて、その繰り返しが少し辛かった。今まで読んだことの無い雰囲気を感じた本だけにもっと長く一つ一つのストーリーを楽しみたいと思った。 |
|
ロング・グッドバイ
【角川書店】
矢作俊彦
定価 1,890円(税込)
2004/9
ISBN-4048735446 |
|
評価:B
二村刑事と登場人物との間で交わされる会話の格好良さに、「ああ、こういうのがハードボイルド小説というんだ」と変な部分で納得してしまった。昔を振り返る時に、〜年前なんて野暮な言い方は誰もしない。アメリカがベトナムと戦争してた頃だとか、とにかく言い回しの中に外国の匂いが常にあって格好良いのだ。多くの人間を巻き込みながら次々と事件が発生していくのに、どろどろとした雰囲気は全く無く、二村刑事は要所要所で酒をあおりながら、実に淡々と事件の真相を突き止めていく。そんな描写の中では国道16号線はアメリカのハイウェイのようにイメージされてしまうし、物語の舞台である神奈川県は、きっとアメリカのどこかにあるのだろうとさえ思ってしまう。一番良かったところは、この本の終わりの一文である。この最後の一文がたまらなくハードボイルドで格好いいのだ。この一文を読めただけでも価値がある本だった。 |
|
くらやみの速さはどれくらい
【早川書房】
エリザベス・ムーン
定価 2,100円(税込)
2004/10
ISBN-4152086033 |
|
評価:A
物語が、先天的な障害者であるルウの目から描いた世界で展開していくのは、著者の驚くべき洞察力である。そしてルウの目から見える世界に馴染むにつれ、私たちは日頃の自分達の行動のおかしさに気付かされていくのだ。ノーマルな人間と自閉症の人間とどちらが本当に正しいかは分からない。ただ、互いを本当に理解することはとても難しいことなのだろう。結末でのルウを見て、そう感じた。ルウを見ていると、色々なことを感じる。大なり小なり人は変身願望を持っているけれども、変身してしまったら、ルウがそうであったように、きっと前の自分には戻れないのだろう。それならば、今の自分に物足りなさを感じながらも頑張っていくのが、一番愛しい態度なのかもしれない。私がルウだったら、自閉症の治療は受けないと思う。 |
|
悪魔に魅入られた本の城
【晶文社】
オリヴィエーロ・ディリベルト
定価 1,995円(税込)
2004/11
ISBN-4794926634 |
|
評価:A
19世紀ドイツの歴史家の権威で、ノーベル賞受賞者でもあるテオドール・モムゼンが保有していた膨大な蔵書の奇異な運命を辿る、異色のノンフィクション。著者のディリベルトは2000年までイタリア法務大臣を務めていたというから、かなり変わった人物だ。ディリベルトは蔵書を巡る人間模様にスポットを当てているのか、それとも純粋に蔵書にのみスポットを当てているのか、その狙いは私には定かではないが、あまりに一直線な著者の研究姿勢は真面目すぎて逆に可愛らしく、彼の文章の端々にはユーモアさえ感じられて楽しかった。その雰囲気は研究対象のモムゼンにも同様にあって、気難しく、他人に好かれることのなかったモムゼンが、唯一無二の存在と大切にしていた蔵書を二度も自分の不始末が原因で燃やしてしまった事件には、人間の悲哀が可笑しさをもって表れているし、二度目には蔵書の一部と共に自分自身も火傷をおって死んでしまったことも、蔵書を愛する彼には正しい運命だった気がする。やはり本好きには変わった人が多いのかもしれない。 |
|
いつか、どこかで
【新潮社】
アニータ・シュリーヴ
定価 1,995円(税込)
2004/10
ISBN-4105900420
|
|
評価:B
少年少女の頃の感情というものは、幾つ年をとっても色あせないものなのだろう。ショーンとチャールズは、まだほんの子供の頃に感じたお互いへの淡い感情を、三十一年の歳月を経て成就させる。チャールズが詩人として活躍しているショーンの写真をたまたま見つけ、彼女へ手紙を送るところから二人は急速に接近していくのだが、それは二人が現在の生活に心からの幸せを見出すことが出来ていないということだけでは片付けられない何かがあると思った。彼らが子供の頃に出会っていて、子供の頃に感じた強烈な感情の生々しさがあったからこそ、彼らを破滅の恋へと走らせたのだろう。三十一年経つと、顔も変わるし雰囲気も変わるし、会うのは相当に勇気の要ることだろうが、それでも勇気を出して会い、そして三十一年前と同じく強く惹かれあうというのは、決して奇跡ではないと思う。人生80年の時代だけど、その多くは思春期の頃どんな風に過ごしていたかに支配されてしまうのなら、もっと思春期を大事に過ごせばよかったと少し後悔してしまった。 |
|