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手島 洋

手島 洋の<<書評>>



耳そぎ饅頭

耳そぎ饅頭
【講談社文庫】
町田康
定価\700
2005/1
ISBN-4062749688

評価:B
 町田康とはなんと律儀な男だろう、というのが、読み終わっての最初の感想だった。かつての、貧乏でめちゃくちゃな生活を送っているパンク歌手くずれのシガナイ文筆家、という役柄をきっちりひたすら演じつづける。何だか悪役を演じるプロレスラーでも見るようだ。お前はブッチャーかジェットシンかトリプルHか、とでもいってやりたくなる。エッセーというと、作者の日常が多少垣間見えるものだが、この作品の場合は完全にキャラクター町田康の話、フィクションそのものだ。嫌だ嫌だ、と偏屈なことをいいながらも、買い物に出かけたり、日本全国を旅したり、果てはフランスにまで出かけてしまったりまでして、結局はすっかり楽しんでしまう主人公。同じパターンが繰り返されるエッセーを読むうちに、実際の「成功した売れっ子作家町田康」一家の優雅な旅の様子、日常生活が勝手に頭をよぎっていた。「実録・耳そぎ饅頭」も読んでみたいものだと意地悪く思うのは私だけだろうか。

夜明けまで1マイル

夜明けまで1マイル
【集英社文庫】
村山由佳
定価\500
2005/1
ISBN-4087477746

評価:B
 村山由佳を読むのは初めてだった。なぜか勝手に女性純文学作家というイメージを作っていたので作品の軽さに驚いた。といっても、決して悪口なわけではない。大学生の男の子を主人公にした実に嫌味のない青春物語。ストーリー展開ははっきりいって類型的だが、主人公、彼の幼馴染のボーイッシュな女の子、主人公と不倫の関係を持つ女性講師といった登場人物はなかなか魅力的。恋愛とバンドとバイトに明け暮れる日々。若いなあ、青春だなあ、でもこんな青春実際にはないよなあ、と思いながらも楽しんで読めた。
 ただし、個人的にどうしても駄目だったのが、主人公たちがやっているバンドの音楽。その歌詞でロックというのはちょっときつい。作品のタイトルも歌詞に登場してくるのだが、うーん、と唸るしかなかった。どうして、いまだに日本の小説にはこういうロック・バンドが登場するのだろう。別にニック・ホーンビィみたいになってくれというわけではないのだが、音楽好きとしてはやっぱり気になるのだ。

おいしい水

おいしい水
【光文社文庫】
盛田隆二
定価\720
2005/1
ISBN-4334738125

評価:D
 話は確かによくできている。30歳前後の主婦が持つ悩みと、そうした女性たちが送っている「結婚生活」。実際のインタヴュー取材を元にして書いた作品というだけあって、わずらわしい近所づきあい、そして夫、姑の不理解、子育ての大変さ、といった主婦が抱える問題が実にリアルに描かれている。夫、子供、同じマンションに住む同年代の主婦がいても、自分の気持ちを誰にも素直にぶつけられず、孤独を覚え日々を送っている主人公。ほかの主婦たちもみんな性格、家庭状況の差はあれ、それぞれの孤独を抱えて生活している。夫ってここまで絶望視されているものだと知って勉強にもなった。でも、それ以上のものが感じられない。そんな女性たちの日常と感情をひたすら描いていくだけ。1年を12章に分けている意味もピンとこなかった。主婦であることに嫌気がさしている女性なら読んで溜飲が下がるのかもしれないけど、と思っていたら、「女性自身」に連載されていた作品と聞いて納得。


サーチエンジン・システムクラッシュ

サーチエンジン・システムクラッシュ
【文春文庫】
宮沢章夫
定価\550
2005/1
ISBN-4167695014

評価:A
 「去年マリエンバートで」という映画を学生時代に何度も見た。大好きな映画だった、というわけではない。迷宮のような建物を延々と移す冒頭のシーンで眠りの世界に誘われ、ビデオを頭に巻き戻す、ということを何度も繰り返しただけで……。朦朧とした頭で、バカは難解なものには手を出さないに限る、というありがたい教訓をえたのだった。
 この作品の冒頭を読んでいると「去年……」が思い出されてきた。迷宮のような池袋の町を「虚学」、「畝西」、「マダラメ」、「曽我部」といった謎のキーワードとともにさ迷う主人公。しかし、この小説を読んでいて眠気を覚えることはなかった。決して、私が賢くなったわけではない。不条理だけど分かりやすい作品なのだ。それに、言葉の選び方が実にいいところをついているのだ。喫茶店の名前の話も本当にありそうに思える。
 夢と現実の狭間のような、萩原朔太郎の「猫町」やつげ義春の作品も思い起こさせる、曲がり角の向こうに存在する不思議な世界が展開される一冊。


ミナミノミナミノ

ミナミノミナミノ
【電撃文庫】
秋山瑞人
定価\557
2005/1
ISBN-4840229147

評価:C
 既に齢を重ねた私のようなものは、こういう機会でもないと、なかなか読む機会のない本だ。ということで、どんなものなのか結構楽しみだった。実はすごくよくできていて、密かにはまったりして。変な期待をして読んでみると、実にまったりとしたアニメを見ているような作品だった。男の子が田舎に行って、可愛い女の子と出会う。周囲の人々と打ち解けようとしない女の子が、なぜか主人公に少しずつ心を開いていく。不思議な事件がいくつか起こったりもするものの、そんなシンプルな話がゆっくりと展開されていく。第一巻ということもあるのだろうが、漫画やアニメではここまでのんびり話を進められない。そういう意味では小説であることに、それなりの意味があるということか。
 そんなわけで、まだまだ話の導入部、ストーリーについて、どうこう言えないところで終わってしまっているのだが、この先になるとメカやらアクションやらのシーンが登場して、ついていけなくなるのではないかという気もする。


聖なる怪物

聖なる怪物
【文春文庫】
ドナルド・E・ウエストレイク
定価\750
2005/1
ISBN-4167661888

評価:B
 ウェストレイクを読むのはこれが初めて。「このミス」で高い評価をされていたから、てっきりミステリーだと思っていたが、読んでみるとジャンル分けしようのない作品だった。  
 今やハリウッドの重鎮ともいえる映画俳優ジャックが、薬と酒に溺れ、現実と夢の世界を行き来している状態で、自分の半生を語る、という物語。はっきり言って、ミステリーとかコメディーといったものを期待すると肩透かしを食わされる。自分の才能でスターダムを上り詰めていきながらも、疫病神のようにつきまとう親友のバディーにひたすら寛容なジャック。好きなものをやり、妻を寝取られても付き合い続ける。その理由がラストに明らかにされるのだが、意外な結末というほどのものではなく、読んでいる途中で想像がついた。ジャックやバディーといった面々が繰り広げるドタバタもほとんど笑えない。だが、せっかく築き上げたものを、アホとしか言いようのない理由で次々に台無しにするジャックの馬鹿さ加減が呆れるのを通り越して、実に痛快。でも、ハリウッドには本当にこんな人間がいそうだから怖い。


無頼の掟

無頼の掟
【文春文庫】
ジェイムズ・カルロス・ブレイク
定価\810
2005/1
ISBN-4167661896

評価:A
 1920年代アメリカで、強盗を生業にして生活するアウトローたち。そんな男たちの壮絶な人生を描いた小説。そう聞いて少しでも興味を持った方には、この本を読むことをお勧めしたい。アウトローとして生きる叔父たちに憧れ、一緒に強盗をする主人公。銀行強盗に失敗し、警察に捕まった際、刑務所の中で伝説の悪徳刑事の息子を殺してしまう。何とか、脱獄に成功するが、刑事は一歩ずつ彼を追い詰めていく。アクションシーンも満載、抑制の効いた描き方で魅力的だ。
 犯罪に憧れ、悪に憧れながらも、純粋な心を持ち続ける主人公。その心の揺れが巧みに描かれている。その姿はまだ彼のように若く荒々しかったアメリカそのものともダブって見える。そんな瑞々しさにあふれた主人公たちに魅力を感じるにつれ、息子の復讐を果たすべく彼の足取りを追うボーンズの存在の恐ろしさが増していく。彼らの仲間をひどい拷問にかけ、情報を得るボーンズに三人は太刀打ちできるのか。そのラストシーンもすばらしい。

魔法

魔法
【ハヤカワ文庫FT】
クリストファー・プリースト
定価\966
2005/1
ISBN-4150203784

評価:AA
 「読者は感嘆の声を挙げずにはいられないだろう」と帯に書かれた法月綸太郎の言葉通りの凄い一冊。P.K.ディックの「宇宙の眼(虚空の眼)」、フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」に匹敵する傑作。SFファンだけでなくメタフィクションや幻想文学に興味のある方はぜひとも読んでほしい。
 爆弾テロで記憶を失ったカメラマンのグレイは海の近くの病院に入院していた。そこへかつての恋人が訪れ、彼は徐々に記憶を取り戻して行く。しかし、彼女にはどうやら謎の恋人がいて、何か大きな秘密を持っていることが分かってくる……。
 粗筋を書くとどこがそんな凄い本なのか分からないが、後半に秘密の全貌が明らかになったとき、主人公だけでなく、読者自身まで途方にくれ、「小説」とは何なのか、という疑問をつきつけられることになる。それこそがこの本のミソなのだが、これ以上説明したら、面白さ激減。あとは黙って、ひとりでも多くの人が驚くのを待つばかりだ。