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手島 洋

手島 洋の<<書評>>


夜離れ

夜離れ
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 460円(税込)
2005/4
ISBN-4101425396

評価:C
 「マリッジ・サスペンス」と帯に書かれている通り、結婚をテーマに怖い女性を描いた短編集。誰の心にもある嫉妬、わがまま、執着心といった部分をクローズアップして、巧みな心理描写で最後のとんでもない行動まで引っ張っていく。女性の心理もシチュエーションは作品によって様々。しかし、疑問なのは、こんな形の短編集にしてしまったことだ。同じような展開をする作品を集めているために意外性がない。雑誌で一作だけ読んでいれば、それぞれ最後まで楽しめるはずなのに。昔、同じようなオチのつづくショートショートの作品集で、そう思ったことがあった。ホントにもったいない。そして、もうひとつ文句を言わせてもらえば、作品に登場する男たちが女性に比べて、つまらなすぎる。ぜんぜん魅力がなくて、そんな人と結婚しないほうがいいんじゃない、と言ってあげたくなる。嫌な男でも、その男なりの魅力があるはずなのに。
 6作品のうちで一番よかったのは表題作の「夜離れ」。周りの状況に流されて生きながらも、徐々に自分の生き方を見つけていく主人公が最後に登場してくれて、ほっとした。

女たちよ!

女たちよ!
【新潮文庫】
伊丹十三
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-410116732X

評価:B
 表紙の絵を見て、なぜか赤瀬川原平のことが頭に浮かんだ。イラストもエッセーも書き、俳優、映画監督としても活躍した伊丹十三は本当にマルチな才能をもつ人物だった、と改めて思う。このエッセーには、若いときから海外で活躍した彼ならではの知識と、日本に対する違和感がはっきり出ている。イギリスやフランスに何度も行っていたという彼にとって、当時の日本の中途半端な西洋かぶれが、いかに癇に障るものだったかがよく分かる。まあ、今彼が生きていたとしても、結局その怒りは収まらなかっただろう。相変わらず、グチャグチャのパスタや安っぽいパンを食べ、ブランド物をやたらにありがたがっている人が多いのだから。
 当時では圧倒的にオシャレな人だったのは間違いないが、個人的に面白かったのは目玉焼きの食べ方やラムネの話だった。確かに目玉焼きをどう食べるかは、いつも迷う。同じ半熟派の人間としては大問題だ。結局、黄身を残して最後に食べるときの言い訳がかわいいし、その様子を描いたイラストに何ともいえない味がある。やっぱり、ただの庶民なのだ私は。

オール・アバウト・セックス

オール・アバウト・セックス
【文春文庫】
鹿島茂
定価 590円(税込)
2005/3
ISBN-4167590042

評価:B
 性に関する本と一言でいっても、その内容はさまざまだ。ストレートに役立つ実用派、アカデミックなノリで性を分析した知性派、性の現場にいる当事者がその世界を語るドキュメント派、医学的見地から正しい性の知識を与えてくれるカウンセラー派、等々。そうした古今東西の性に関する本をコンパクトに紹介しているのが、この一冊だ。吉行淳之介の対談集からレディースコミックまで、よくこれだけ幅広く、いろんな本をチェックしているものだと感心した。ただし、週刊文春に連載されていたということもあってか、あまりにもバランスよく偏りがないのが物足りない。若い女性の性意識がこれからどう変わっていくのか、といった部分はもう少し深く突っ込んで書いて欲しかった。おじさんが電車の中で仕入れる知識としては、このくらいで十分なのかもしれないが。それにしても最後の「決定版 官能小説ガイド」は本の雑誌のパロディーをやっているようでおかしい。笑いながらも、紹介されている「夢野久作猟奇譚」が思わず読みたくなった。


チリ交列伝

チリ交列伝
【ちくま文庫】
伊藤昭久
定価 735円(税込)
2005/3
ISBN-4480420754

評価:B
 「チリ交」とはチリ紙交換のことだ。製紙原料商から古本屋の店主になったという経歴をもつ著者が描くチリ紙交換業界の歴史を描いた作品。といっても細かい歴史や業界事情の話ではない。チリ交の世界がなければ生きられなかったアウトローな人々の話だ。確かに子供のころはよくチリ紙交換の車を見かけたし、どんな人がやっているのか不思議だった。その疑問を裏切らない、実に個性的な人々の集まりだったと分かって面白かった。それ以上に興味深かったのは、後半の「古本屋風雲録」。学生時代から古本屋にずっとお世話になってきたものとしては、古本屋がチェーン店一色になってしまったことが本当に悲しい。出かけたついでに、ふらっと入った古本屋でとんでもない本を見つけるなんていう喜びは、すっかり減ってしまった。そんな逆境の中、なんとか店をつづけようと悪戦苦闘する著者にはエールをおくりたくなる。同じ本屋の店主の書いた本でも早川義夫の「ぼくは本屋のおやじさん」の頃と比べると、せちがらい世の中になったなあ、としみじみ思ってしまった。


カジノを罠にかけろ

カジノを罠にかけろ
【文春文庫】
ジェイムズ・スウェイン
定価 810円(税込)
2005/3
ISBN-4167661942

評価:A
 ラスベガスのカジノで大もうけする謎の男。そのからくりと正体を探ろうとするカジノの連中、そして警察官、といった面々の繰り広げる大騒動。絶対にイカサマができないはずの状況で勝ち続ける男はいったい何者なのか、というストーリーもよくできているのだが、なんといっても魅力的なのがそれぞれの登場人物のキャラクターだ。カジノのコンサルタントを勤めるトニーは冷静に仕事をこなす元名刑事のシブイ男だが、息子とは犬猿の仲で、電話で話した途端すぐに我を失ってキレてしまう。カジノのオーナーは口が悪く、女にだらしない嫌われ者だが、実は恩情があり、儲けを度外視してまでカジノの伝統を守ろうとする面があったりする。その他の登場人物もみんな憎めないバカばかり。だけど、みんな変に格好いいのだ。そして、たっぷり楽しませてもらった最後のエピソードでは、ギャンブルで一攫千金を夢見る人間たちの悲哀もちょっぴり感じさせてくれる。さらに、ボクシング、ギャンブル、芸能のどうでもいいようなウンチク話も面白い。「ニューヨーク・ニューヨーク」の話は本当なのだろうか。ギャンブルにまったく興味のない私のような者にも楽しめる最高の娯楽作だ。

悠久の窓(上下)

悠久の窓(上下)
【講談社文庫】
ロバート・ゴダード
定価 上)920円(税込)
下)940円
2005/3
ISBN-406275021X
ISBN-4062750392

評価:E
 読んでいて本当につらかった。苦行のようだった。歴史ミステリーと呼ばれる小説は読んだことがなかったのだが、本当に向いていないジャンルだと、つくづく思い知らされた。まだ読んでいない「ダ・ヴィンチ・コード」も読まないほうがいいのだろう。正直、大昔のイギリスの教会で何があろうとどうでもいい、と思ってしまったのだ。その時点で、この本を読むのが相当困難なのだが、他の要素もぜんぜん楽しめなかった。年老いた父親が一人暮らししている家を売って金儲けしようという兄弟たちの意見に、なぜ(ずっと否定的だった)主人公が賛成したのか理解できないし、次々と意外な方向に進んでいくストーリー展開も、やたら都合がよく思えて驚きがなかった。個人的には、がんこな父親や、その頑固さを受け継いだアンドルーが唯一面白みのあるキャラクターで、彼らと他の弱気な連中との衝突を読みたかったのに、登場する場面が少なすぎる……。そして、文章のリズムにもついていけなくて、すごく読みにくかった。原文で読んでも、そうなのかは疑問だが。さようなら、ロバート・ゴダード。

天使の背徳

天使の背徳
【講談社文庫】
アンドリュー・テイラー
定価 1,000円(税込)
2005/1
ISBN-4062749750

評価:B
 妻に先立たれ、ロンドン郊外のロスで娘と暮らしている牧師のデイヴィッド。小さな出版社を営むヴァネッサと再婚したが、かつてロスに住んでいた詩人の研究に彼女がのめりこむようになると、不穏な事件が起こる。  
 こう粗筋を書くとミステリー小説のようだが、そんな事件より、人格者を演じながらも、怒りや性欲を抱えたドロドロとした内面が爆発寸前の主人公デイヴィッドに注目したい。魅力的な女性ヴァネッサをひと目見た途端、自分を抑えきれなくなってしまい、友人や娘のことなど省みず結婚。その妻に相手にしてもらえなくなると、近所に越してきた若い娘に夢中になってしまう。牧師として人格者であろうとするのも、神に対して誠実であろう、などというのではなく、単に保身に走っているだけ。普段からひたすら面倒な衝突を避ける事なかれ主義を通し、ストレスをどんどん溜めている男なのだ。牧師が主人公なのに、こんなどうしようもないキャラクターにして大丈夫なのだろうか。
 ただ、惜しいのは牧師の気持ちが正直に書かれすぎているところ。「上品ぶった俗物だからだ」なんていう心の中の悪態は直接書かないほうが、主人公の内面のねじれが反映されるはずなのに。

レッド・ライト(上下)

レッド・ライト(上下)
【講談社文庫】
T・J・パーカー
定価 各650円(税込)
2005/2
ISBN-4062750007
ISBN-4062750015

評価:B
 女性刑事マーシ・レイボーンが登場するシリーズ第2弾。19歳の娼婦が殺害された。容疑者として浮かんだのは彼女の恋人で同僚のマイクだった。困惑するマーシは同時に担当していた1969年の娼婦殺人事件に大きな謎が隠されていることを知る……。30年という時を隔てた、ふたつの事件の絡み方がよくできているし、刑事という仕事に忠実であればあろうとするほど恋人を裏切ることになるマーシの葛藤もよく描かれている。しかし、よくできているのだが物足りない。どの要素も、あまりにも典型的で新鮮味がないし、取り上げ方に深みが感じられない。正義であるべき警察に暗部が隠されていた、といわれていまさら驚く読者がいるだろうか。マーシに「正義を守るべきか」などというところで最後に葛藤させるのは安易過ぎる。それでも、かつて最愛の人を殺してしまったマーシの葛藤。ひとりになると急に恐怖に押しつぶされそうになる描写など、精神的に負を抱える自分をギリギリのところで抑える心理描写は見事だ。容疑者に高飛車な態度で接する彼女とは知り合いにはなりたくないが。