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山田 絵理

山田 絵理の<<書評>>



神様からひと言

神様からひと言
【光文社文庫】
荻原浩
定価 720円(税込)
2005/3
ISBN-4334738427

評価:A
 ストーリーが文句なしに面白い!ドラマのように上手くいきすぎだけど、この痛快な話の流れは文句無し!今の職場がいまいちだなーと思っているから、なおさらそう感じるのかもしれない……
 転職した食品会社でトラブルを起こし、リストラ要員収容所と呼ばれるお客様相談室に異動になった27歳の佐倉凉平。すぐに辞めてやると思いながらも、クレーム処理に日々奔走する毎日。お客様相談室の奇特でおかしな面々が、それぞれのやり方でクレームに対応する様は、実際に役に立つんじゃないかと思うほどだ。一人よがりで傲慢だった彼が、自分の目で冷静に会社という組織や働くことについて考えるようになっていく。同世代としてつい彼に肩入れしたくなってしまう。
 とくに会社組織をおでん鍋に、社員をおでん種に例える部分がいい。−社内でどんなに地位争いをしても、しょせんは狭い鍋の中で煮込まれている具に過ぎない−「職場をおでん鍋に例えたら、現在の私は何の具かな、上司にぴったりな具は何?」と早速考えてしまった。

夜離れ

夜離れ
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 460円(税込)
2005/4
ISBN-4101425396

評価:B
 この本を読んで、しみじみと女性は怖いなあと思う。寂しさや虚栄心・甘え・妬みからくる冷淡な行動、ヒステリックな振る舞い。ああはなりたくないと思いながらも、自分のことが書かれているわ、と情けなく思ったのだった。
 本書では、「結婚=女の幸せ」が前提として書かれた短編が収められている。上手く書かれているのは、ヒステリックになりたくないのに、ついそうなってしまう女性の心理。とくに「枕香」という話。大好きでたまらない彼なのに本心を言えず、口を開けば喧嘩を誘う強気なことばかり。わがままで甘えん坊の恭子の言動は、寂しくて不安で常に相手の気をひきつけたいという心の裏返しだ。まるで数年前の自分を見ているような気になり、同情してしまう。
 女性の虚栄心を描くのも上手い。「髪」という話でくせ毛だった髪をストレートにし、何度も髪に手をやってうっとりする場面が出てくる。女性なら誰でもこういう仕草をしてしまうのではないかしら。実は、私は、やったことがあります……

女たちよ!

女たちよ!
【新潮文庫】
伊丹十三
定価 500円(税込)
2005/3
ISBN-410116732X

評価:B
 日常について思うことを、多くの読者に向かって言いたい放題できたらせいせいするだろうなー。この本を読んで、そう思った。
 伊丹十三という人は映画監督なのだと思っていたら、俳優・デザイナー・エッセイストとマルチな才能を持つ人だったらしい。外国暮らし(をしていたのだろうか?)で培った独自の視点を持ち、日本人はああだこうだと言っている。とくに料理やら車やら洋服やら女性について。「ああ、そうですか、わかりましたよ」と嫌味に感じること多々有り、わかるなあと感じ入ることも有り。一人でつっこみを入れたり、笑ったりしながら読めてしまう。
 これが私の生まれる7年前に書かれたエッセーだと知り、本当に驚いた。時代の隔たりを感じさせない。コンソメをコンソメヱ、アボガドをアヴォカードと書き記しているのも、ハイカラで私は好きだ。でも、主婦はこうすべきだ!という主張、あれはいただけない。そんなこというならあんたがやりなさいよと、言いかえしてしまうからねえ。

オール・アバウト・セックス

オール・アバウト・セックス
【文春文庫】
鹿島茂
定価 590円(税込)
2005/3
ISBN-4167590042

評価:A
 本屋のレジに持っていくのをためらうような、「エロ」に関する様々なジャンルの本が語られている。新聞広告などで内容が気になっていた、あの「エロ」の本についてだ。(どの本だ?)
 フランス文学者の鹿島先生が、「書評を通して日本のセックスのフィールドワークを試みた」のが本書。「人間にとってセックスとは何か」といった根本的な問題から、「女性のための性愛文学」「SMの本質とは」といった話題にいたるまで、現代社会の「性」の様相について丁寧に解説してくれる。「エロ」の本は単に興奮するためだけの本じゃない、さすが研究者、捉え方が違うわと思っていたら、エッチな言葉を続けて並べ、真面目に説明している部分もあったりして、笑ってしまった。
 まじめな文章の合間に、ちょこちょことかいま見える鹿島先生の欲望が、いい味を出している。やっぱりフィールドワークは興味と好奇心が先立たないと、成果が上がらないものなのですね。

チリ交列伝

チリ交列伝
【ちくま文庫】
伊藤昭久
定価 735円(税込)
2005/3
ISBN-4480420754

評価:C
 チリ紙交換(チリ交)を生業とする人たちの世界を知ることのできる本だ。
 いろんなあだ名のチリ交の、チリ交になったいきさつや仕事の様子、衣食住、チリ交同士のつきあいなどについて、会話やエピソードを中心に描かれている。はっきりとした時期・場所の記述はあいまいで、風俗資料としては物足りないが、方言やチリ交独特の言い回しをそのままに再現した会話から、一昔前、自分の腕一つを頼りに、自由気ままに生きてきたチリ交という人々をうかがい知ることができる。
 著者はかつて製紙原料商を営んでおり、チリ交の元締めだった。彼の元に出入りしていた風変わりなチリ交達のことを描いておきたかったのだそうだ。組織で働くことの不得手なチリ交達を、温かく見守る集荷所(問屋)の社長や所長の大らかさ、現代では珍しいそういった親分と子分のような関係を書いておきたかったのだろう。


カジノを罠にかけろ

カジノを罠にかけろ
【文春文庫】
ジェイムズ・スウェイン
定価 810円(税込)
2005/3
ISBN-4167661942

評価:B
 ラスベガスのカジノであり得ない大勝ちを続ける男を、いかさまを暴くことを生業とする元刑事のヴァレンタインが、カジノのオーナーやフロアマネジャー・保安係などとともに追いかける話である。本書に仕掛けられた謎が複雑で、少々無理があるような気がするものの、性格に難有りの、でもどこか憎めない登場人物たちがどんちゃん騒ぎして、読者をここまで楽しませてくれるのだから、良しとしよう。
 魅力的な登場人物はまだいる。エッチでブラックユーモアの効いた新聞広告の投稿を趣味とする隣人のご婦人や、問題児の息子。ヴァレンタインと彼らとの駆け引きもまた笑いを誘う。 
 ヴァレンタインがいつヒーロー振りを発揮するのかと期待していたものの、最後まで普通のおじさんだった気がする。息子が窮地に陥るや否や、仕事を放り出して家に帰る!と言い放つ始末だし。そんな主人公だからこそ、さらに親近感が湧いて好感度アップなのだった。

悠久の窓(上下)

悠久の窓(上下)
【講談社文庫】
ロバート・ゴダード
定価 上)920円(税込)
下)940円
2005/3
ISBN-406275021X
ISBN-4062750392

評価:C
 イギリスに住むビザンティン帝国最後の皇帝の血を引くパレオロゴス家、父が住むトレナーと呼ばれる農家には、歴史的に価値のあるステンドグラスが埋め込まれていた。そのため、家ごと破格の条件で買い取ろうという話が持ち上がり、息子娘達は父にその話を承諾させようとする。けれども父は頑なにその話を拒み、挙句の果てに階段から落ちて死んでしまう。
 物語が動き出すための前振りが長い。英文和訳調の翻訳や(原文に忠実に訳したといえばいいのか)多く出てくるイギリスの地名になじめずにいたが、父親が死んで物語がやっと動き出すと、がぜん面白くなってくる。何度も信じていたことをひっくり返され、翻訳も気にならなくなるほどのめりこんでいた。ただ真実が知りたかったのだ。けれどもラストには消化不良、欲求不満。「それで、いったい何だったの?」と叫んでしまった。私の頭が鈍いだけなのかなあ。
 十字軍などの記述が出てくるので、中世ヨーロッパ史に興味があると、もっと興味が湧くかもしれないです。

天使の背徳

天使の背徳
【講談社文庫】
アンドリュー・テイラー
定価 1,000円(税込)
2005/1
ISBN-4062749750

評価:C
 本書に書かれたのは、愛するがゆえの狂気が引き起こした残酷で悲しい話である。妻に先立たれた牧師のデイヴィッドが、美しいヴァネッサに出会い一目惚れ、なんとか再婚を果たす。牧師の日常には多くの人が関わってくるのだが、思春期真っ只中の彼の娘や、教会の雑用を引き受ける婦人、隣の屋敷に越してきた若い兄妹に、精神を病んでいたというある詩人の存在……そして彼の教会区内に奇妙で残酷な事件が起きる。
 私は悲しいテーマよりも、再婚したばかりのデイヴィッドが隣に越してきた娘に魅かれてしまい、理性と自分の思いとの葛藤にさいなまれつつ、欲望を必死に抑えようとする姿が滑稽でならなかった。「妻のいる中年聖職者の私が若い女性と2人きりでいる」とあたかも自らを客観的に見つめるがごとくつぶやく様は、果たして自らを戒めているのか、それとも喜んでいるのか。牧師というよりも普通の中年男性が、はからずも若い女性に恋してしまい、おろおろしている姿を描くというのが、裏のテーマだったのかも。