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小嶋 新一の<<書評>>


古道具 中野商店
古道具 中野商店
【新潮社】
川上弘美
定価 1,470円(税込)
2005/4
ISBN-410441204X
評価:A
 古道具屋を街で目にすると、そこだけ独特の「時間の停まった感」を僕は感じてしまうが、「中野商店」も同じくである。そこに集う人々は、昨今の世相のせわしなさが嘘のような、ゆったりとした時間の中に住む、一風かわった人ばかり。
 アルバイトで店番をするヒトミと、引き取り担当のタケオ。主人の中野さんと、そのお姉さんで売れない芸術家のマサヨさん。何を考えているのかとらえどころのない、ひょうひょうとした中野さんや、自らのことを「生きていくのが苦手」と語る朴訥としたタケオなど、個性際立つメンバーばかり。
 そして、みんながそれぞれ濃〜い男女関係を抱えているのが面白い。ヒトミとタケオの不器用な恋愛ぷりは、ある種ほほえましささえ感じるし、中野さんもマサヨさんも、いい年して知らん顔して、結構血気盛んだったりする。ちょっとうらやましいぞ。
 古道具屋さんという知られざる世界を垣間見る興味深さに加え、個性豊かな登場人物おりなす人生模様が、とつとつとした絶妙な語り口でで描き出される。あと味も心地よく、ほのぼのしみじみ、あったかい気持ちになれます。

象の消滅
【新潮社】
村上春樹
定価 1,365円(税込)
2005/3
ISBN-4103534168
評価:A
 米の文芸誌「ニューヨーカー」に翻訳掲載された作品を中心に、93年に米国で編まれた短編集の日本版。ページを繰っている間、そこはかとない懐かしさをずっと感じていた。というのは、この作品集には80年代の空気がパッケージされている!
 80年代の都会という迷宮の中にたたずむ「僕」(多くの作品中で、主人公は「僕」である)。妻や、恋人や、友人たちがいながらも、ぽかんと取り残されたような孤立感、不安感にとらえられている。うんそう、「孤独感」じゃなく「孤立感」と言った方がしっくりくる。彼らに共通するのは、さめた感じ。何にも熱狂することなく、時間が過ぎ行くのに身を任せ、その流れをぼんやり見つめている。閉じない結末。不安感は収束せずに先へ続いていく……それが80年代の空気感だったということなのだろう。
 今や時代は2000年代の早くも半ば。先行きの不透明感が残る反面、スローライフが提唱され、ドメスティックな世相は強くなっている。例えば氏の近作「アフターダーク」を引き合いに出そう。そこに漂うのは、うっすらとした明かりであり希望感である。「象の消滅」の頃と微妙に変わる色彩に、今という時代が透けて見えた。

カギ
カギ
【集英社】
清水博子
定価 1,785円(税込)
2005/4
ISBN-4087746976
評価:C
 そもそも私的なメモであり記録であったはずの日記だが、インターネットの普及によって、気軽に広く他人に読んでもらえるものとなった。この『カギ』の背景には、そんな日記のあり方の移り変わりがある。
 妹がウェブ上で公開している日記、それを読みつつ自分だけの日記をつける姉。姉妹の日記が、日を追って順に交互に並べられていく。妹の日記は、ハイソですました顔をして綴られる。子供の幼稚園はどこを選ぶか、どこのホテルでランチするか、どこのマンションに申し込むか…。
 一方、その妹を露骨にさげすむ姉の日記。こっち側に登場する妹は、関西弁丸出し。どっちが本当の妹なの?人間誰しも、他人に見せるための顔と自分の本性と、二面性を持つはずだが、それが極端にデフォルメされた姿が、ここにある。
 ややこしいのは、他人が見ないことを前提に書かれている姉の日記を、妹が盗み読んでおり、そのことを姉が知っているという複雑な関係。人の心の底にひそむ悪意、すました顔の裏側にあるドロドロした心が、複雑に絡まりあう。いやあ、女ってこわい(えっ、男はどうだ、って?)。

オテル モル
オテル モル
【集英社】
栗田有起
定価 1,575円(税込)
2005/3
ISBN-4087747468
評価:D
 最近早く目が覚めるようになったなあと実感したのは35を過ぎた頃。あれ、まだ4時半かと眼を閉じても、5時過ぎにまたまた目が覚めるという具合で、眠りが短いこま切れになってしまう。年齢に伴う肉体の変化も大きいんでしょうが、加えてストレスや何やら精神的なものも積み重なった結果なんでしょう。日曜日の朝は、比較的ゆっくり眠れますから。
 良質の眠りと夢を提供することで、眠りに問題を抱えた人々が集まるホテルがこの作品の舞台。面接で選ばれた会員だけにお客さまを限り、しかもそれでいて毎晩満室続きであるという設定は、実に今の時代らしいテーマだぞ〜と、僕も決して自身の眠りに満足できていないだけに、大いに期待しましたが…。
 せっかくの設定がイマイチ未消化のまま終わってしまったかと。ホテルで勤めはじめた主人公が抱える家庭の問題が、この作品のもう一つのテーマですが、それと不眠問題とが最後までうまく噛みあわなかったようで。残念。

さくら
さくら
【小学館】
西加奈子
定価 1,470円(税込)
2005/3
ISBN-4093861471
評価:A
 家族小説の王道の、そのまたど真ん中を堂々と行く、実に感動的な一冊。格好よくて誰からも愛されるお兄ちゃん、一風変わった妹ミキ、仕事熱心なお父さん、きれいで元気なお母さんと、主人公である「僕」。それから、ぶさいくな犬が一匹、名前はサクラ。誰が見ても何ひとつケチつけるところがない、幸せ満点の家族。しかし、3人の子供たちが成長していく過程で、波乱が訪れる。
 これは、僕とお兄ちゃんと妹ミキと、お父さんとお母さんと、それから犬のサクラという家族の冒険なのだ。人生という世界を旅していく冒険譚なのだ。それを通して、家族のあり様、あるべき姿がくっきりと描き出される。
 生きていく中では、苦しいこともつらいこともある。でも「生きている」ということそのものが一番大事だということ。つらい時に人を支えるのが、そして誰もが最後に帰りつくべきところが家族である、というメッセージ。こんなにストレートに人生賛歌、家族賛歌をうたいあげる小説を僕は知らない。あざとくないのだ。真っ正直なのだ。迷うことなく、すべての人におすすめします。

泣かない女はいない
泣かない女はいない
【河出書房新社】
長嶋有
定価 1,470円(税込)
2005/3
ISBN-4309017053
評価:B
 孤独感とほのかな愛情を、淡々とした筆致で描く中篇が2編。表題作『泣かない女はいない』は、倒産しかけの貧乏物流会社で働き始めたOLが主人公。年下の先輩OLたちとはなじみきれず、昼休みに一人屋上にのぼって街を見下ろす。リストラで会社を離れていくパートのおばさんや社員に心動かされ、愛情を感じ、そこに人生を見、共感を覚え、愛を感じる。
 もう一編『センスなし』では、夫と別離状態にある女が、雪の日に街の写真を撮りに出掛けていく一日が描かれる。雪におおわれた白い街の情景と、夫との関係、高校時代の友人とのやりとりが積み重ねられるように語られ、心の来し方を振り返り、行く末をぼんやり見つめる。
 何よりも、登場人物の孤独さ加減の描き方が絶妙である。こころがぎゅっと締め付けられるような切なさを感じる。登場人物たちを、つよく抱きしめたくなってしまった。

ナターシャ
ナターシャ
【新潮社】
デイヴィッド・ベズモーズギス
定価 1,785円(税込)
2005/3
ISBN-4105900463
評価:B
 カナダに移住したあるユダヤ系ロシア人家族の生活と人生を、息子を軸にその成長を追いかけながら描く連作短編集。
 移住直後のどん底の恵まれない生活の中で、家族が必死に生きようとする姿。そして、年月がたって少しは生活が落ち着く頃、思春期を迎えた息子が体験する学校での軋轢、そして恋。ユダヤ人ならではの独特の社会。一つ一つが独立した短編だが、それらが連なって家族の生活や主人公の成長が、くっきりと描き出される。
 わずか小学一年生の幼さながら、ふとした気の迷いで知人の愛犬を死の淵に追いやることになった責任を突きつけられた瞬間。ロシア時代のアイドルであった重量挙げチャンピオンと再会するも、彼が王座から滑り落ちるのに遭遇する瞬間。叔父の再婚でいとことなった2歳年下のナターシャとの、短くも鮮烈な恋。
 グサリと心を突き刺されるような感覚と、しみじみとした人生の哀感が入り混じった、実に微妙な後味を残す。