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死神の精度
【文藝春秋】
伊坂幸太郎
定価 1,500円(税込)
2005/6
ISBN-4163239804 |
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評価:B
人間が生み出したものの中で唯一すばらしいと思うのは音楽だ。人生に意味なんてないとわかったふうなことを言う。自分たちと同様に見えているけれども、実は「死神」という男による、一人称の連作長編小説。
最後の8日間を彼は、死ぬなんて思っていない人と過ごす。調査のために。「可」と報告すれば死ぬ。判断基準は読者にはわからない。彼にも、人間というものがわからない。とくだん知りたくもないが、それでもヒマつぶしに「もう一つ、訊きたいんだが」と質問する。訊くまでもないことだ。しかし、真顔で尋ねられると答えにつまる。間がくすぐる。
ともかくクール。ヤクザだろうが好青年であろうが「可」。そこが、あらかじめ「死」が見えている純愛小説にはない余韻を生じる。ボコボコにされることがあっても、えへらへら。恐れも痛みも味覚もない。死神だもの。死神には理解できない。それでも伝わる、だからこそあなたひとりには伝わる不条理な「幸福」というものが世の中にはある。一つ挙げるなら、殺人を犯して逃走する青年とのドライブを綴った「旅路に死神」が秀逸。新手なハードボイルドだな。
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シリウスの道
【文藝春秋】
藤原伊織
定価 1,800円(税込)
2005/6
ISBN-4163240209 |
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評価:A
何十年ぶりかに再会した勝ちゃんは、下げたくもないヤツに頭をさげていた。大人になるというのは身のこなしを覚えることでもあるけれども、眩い少年時代の話をふんだんに聞かされたあとではめげますよ。しかし、がっかりさせたあとからがこの長編の醍醐味だと思う。出番が少ないものの、不恰好でかっこいい勝ちゃんには助演男優賞をあげたい。
土下座をするとしたら、どんなときか?
読みながら何度か、窮地の登場人物たちを自分に置き換えてみた。舞台は大手の広告代理店。「競合」で契約を争う華々しい現場を描いた、企業小説。一見そう読める。社外ばかりか、社内に足をひっぱろうとする連中がいて、それがドラマを生んでいく。物語の端っこにいる勝ちゃんにしてみたら「勝ち組」の主人公は、さぞ、まばゆかったことだろう。しかし主人公だって昔をひきずった中年男。変わるまいとしてきた、はぐれ者で、少年時代の秘めた過去が難関の仕事とリンクしていたというアクロバットなストーリー展開は、予想を外されまくって妙にきもちいい。『テロリストのパラソル』の番外編ふうの脇道もあり。藤原伊織らしい、浪花節だ。
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うなぎ鬼
【新潮社】
高田侑
定価 1,785円(税込)
2005/6
ISBN-4104768014 |
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評価:A
コワモテながら親身。信頼をにおわすウラ稼業の社長に、気をゆるしかけた勝。しかし相棒は、用心しろと忠告をあたえる。「信頼するってことはなめてるってことですよ」
ふいをつく台詞に漂うすごみ。みょうなタイトルですが、読めば納得です。
東京郊外の鰻の養殖工場。殺風景な路地へと読者を引き寄せる。狭い箱に入れられたような居心地の悪さ。ホラーですが、お化けは出てきません。でもゾーっと背筋が寒くなる。
借金をこさえた男が、アウトローな世界にどんどんハマっていく。いきたくねぇんだけどなぁ、そっちいったらまずいんだけど、足が向いちゃっている。ハンパな男の心の中、気の弱さがビンビン伝わってくる。感情移入するしないではなしに、いつのまにか、取立て屋をしながらデリヘルの運転者もする主人公の勝は自分なんですよね。こうはなりたくない自分。「にんげん」の愚を何重にも描きこんでいる。ちょい硬く言うと、差別が生まれるメカニズムとともに、なぜ消えてなくらないのかをあらわに描きだした重量級のエンタテインメントです。
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サウスバウンド
【角川書店】
奥田英朗
定価 1,785円(税込)
2005/6
ISBN-4048736116
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評価:AA
入り方が、おみごとだ。ちびっ子どもが古本屋で『あしたのジョー』を探している。それも百円均一の棚で。一揃いだと高いから。それで、いまだに力石と出会う場面は読めてないという独白がかぶる。昔と今を結ぶポイント、オヤジ心をくすぐするコニクイ演出。
主人公は小学6年生の男の子。お父さんは、反体制を貫く“伝説の闘士”。巨体で柔術の猛者。年金の督促に来るオバサンにギロン。修学旅行の積立金に疑惑があると学校に乗り込み、新任の女教師にオルグだとちょっかいかけるわ。子供の目にはただただ迷惑この上ない。しかも日中家でプラプラ。同情するね。そんなオヤジに対する思いがまあ、いろいろ、さらにいろいろあって、終盤に逆転する。物語の常套とはいえ、子供目線の、ホントいやだろうなぁという場面場面のタメがきいていて、わかっていてもカンドウだ。ニクイね。
もうひとつ。腰をすえハラハラ読んだのは、陰湿なイジメを受け、どうしのいでいくのか。子供の世界の問題に、大人は無力と少年はつぶやく。どこにでもある「大難問」を真っ向から描きこんでいる。ふぁいと!と言いたくなる、めちゃくちゃガッツのある小説だ。
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ロズウェルなんか知らない
【講談社】
篠田節子
定価 1,785円(税込)
2005/7
ISBN-4062130068 |
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評価:B
いわゆる村おこし物語。読み出して、著者名を二度確かめた。篠田節子とは思えない、軽妙さ。これまでにないタッチです。
ギリシャを模した野外円形劇場は、もっぱら町民のカラオケ大会にしか利用されない、ただのデカいハコ。オリンピックの頃には繁盛したが、新幹線の駅から遠く、スキー場もすたれて閉鎖、遊園地も廃墟。おらが町は冷え込むいっぽう。温泉もなきゃ地ビールもない。ないないづくし。それでも知恵をふりしぼり、青年たちは旅行会社をまわり、軽くあしらわれながらも奮闘する。しかも光明が見えかかると横槍が。甘い汁が忘れられない民宿のジジババは軒並み、改革反対。役所はおざなり。なさけないったらありゃしない。
さあ、村を捨て町に出るか、座してくたばるか。跡取り息子たちがとった選択は、もはややけっぱち。村そのものを、トンデモな不思議ランドに仕立てしまうという奇策。地方事情の深刻さと、おもいつきが思わぬ騒動をうむハチャメチャさはリアルだしおもしろい。しかし、480ページはどうか。さすがに後半だるく息切れ。スリムにしてもよかったかも。
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下妻物語 完
【小学館】
嶽本野ばら
定価 1,470円(税込)
2005/7
ISBN-4093861536 |
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評価:C
「筑峯の豚めし弁当」が食いたいよー。パタンと本を閉じてからも、電車に乗って下妻までわざわざ買いに行きたくなる、妙な小説。
シブ公まで辺鄙な町から「あの尾崎が甦る」というから出かけて行ったのに、昔の映像だけじゃんと怒るヤンキーのイチゴと、ゾンビじゃないんだからと諌めるロリータの桃子。二人のかけあい少女漫才青春ストーリーです。
映画は時間つぶしで入ったところゲラゲラでした。ヤンキーにしろロリータにしろ、一つのことにマジにハマっていることのおかしさと、それでも何事もやり通してしまうと魅力に化けるというか。小バカにして観ていたのに、エンドロールまでじっくり。困ったのは、点灯とともにまわりを見てみたら盛況の客席にイイトシした男は一人きりだったこと。で、これはその原作の続編。ロココ調ひらひらのドレスを着込んだ深キョン、改造ゲンチャリにまたがる土屋アンナ、眼帯のぶっとびバアちゃん樹木希林らが目に浮かんで動き出す。映画を見てからのが一段と楽しめるのでは。密室殺人をネタにしているからって、ミステリーとしてのマジ読みはダメ。よくできた「バッタ」ものですからね。
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人生のちょっとした煩い
【文藝春秋】
グレイス・ペイリー
定価 1,750円(税込)
2005/6
ISBN-4163240705 |
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評価:B
じわじわと村上春樹がこの作者を好きな理由と、タイトルのよさが胸にせまってくる。
人一倍声が大きくて浮いていた少女が、クリスマス劇の役をもらって喜んでいると、「暴君の手を逃れて新しい国にやってきたのに……」と眉をひそめる母親。作者の両親はロシアから米国に移民してきたユダヤ人。「教会」を話題にした場面が喉元にひっかかった小骨のように残るのはそのせいだろう。「ああいう詐欺師の巣窟、日曜に丸天井の下に集うのがおしゃれなんて冗談じゃない」と再婚相手が自分の連れ子を教会の学校に入れようとするのを罵る女など、惰性の中に生きる登場人物たちには感情移入しがたい。なのに、彼らはワタシでもあると気付かされる。一瞬の空気がリアルなのは、作者が作家である前に、主婦であり母であり生活者だからだろう。
決して読みやすい小説ではないと訳者あとがきにあるから、ワタシだけの感触ではかったらしい。どの短編も掲載を拒否され、偶然一編集者の目に止まって刊行されたものの後に絶版。ポピュラーな小説ではない。でも、人生の一コマ。理想の家庭像の裏にある虚無感や離婚率の高いアメリカがよく現れている。
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グールド魚類画帖 十二の魚をめぐる小説
【白水社】
R.フラナガン
定価 3,780円(税込)
2005/7
ISBN-4560027234 |
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評価:B
本書は、孤島に流刑された男が、島の外科医に要請されて描いた魚の絵と、禁止されながらも密かに書き綴った日記の集成だ。挿入されている12の魚の絵は豪州の美術館に現存するもので、19世紀、英国からタスマニアへ流刑となった囚人が描いたものだとか。
男はインクの代わりに、かさぶたを剥がした血やイカ墨で日記を書く。「解放」のシンボルである魚への憧憬、魚の絵がいかにして描かれたか(モデルは誰か)が綴られる。閉ざされた島に漂う、死と腐敗臭、精神の歪み、観念的な述懐にうんざりするが、人物描写には奥行きがある。
「曲がった夕食用のフォークの上に乗っかった、ジャムを塗った焦げたロールケーキそっくり」だと、小さな腰掛に座る巨体の医者を。「クリスマスツリーのてっぺんで輝くベツレヘムの星みたいに、けっこううれしそう」と、黒焦げの死者を表現してみせるユーモアやセンチメンタルさ。はたまた、車が怖くて立ち往生しているおじさんの手を引いて道を渡る、ある出会いのシーン。モノトーンな話に、色をさす描写が魅力だ。帯に書かれた「衝撃の最期」を読んで、純白のカバーに納得です。
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