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勝手に目利き
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佐久間 素子の<<書評>>


平成マシンガンズ
平成マシンガンズ
【河出書房新社】
三並夏
定価1,050円(税込)
2005/11
ISBN-430901738X
評価:★★

 史上最年少15才での文藝賞受賞作。でも、これが20代の作者だったら、受賞は本当にあったのだろうかとどうしても思ってしまう。そういった批判がついてまわるのは、目にみえている。ハンデだよなあ。15才にしてはすごい!とは確かに思うけれど、それってものすごく失礼な感想なのだろうし。
 我が身を省みるに15才付近が一番生きづらかった記憶もあり、そんなことを思い出させてしまうリアルは買う。頭と心のバランスがとれてない感じに、はっきり絶望してるのに期待を捨てられない浅ましさに、せまい世界に依存してしまう幼さに。融通のきかない真面目さが痛々しい。渦中の人が今しか書けない物を書いたのだろう。でも、物足りないのよね、足りないのはたぶん客観性、そしてユーモア。
 ラストの唐突な救いも、個性というにはまだつたない文章もと、色々言いたくなってしまう大人気ない私なのだが、こんな子どもな大人なんて軽々と飛び越えて、さらにリアルな痛々しい小説を書いてほしいなと思います。

カポネ
カポネ
【角川書店】
佐藤賢一
定価1,995円(税込)
2005/11
ISBN-4048736582
評価:★★★

 禁酒法時代のアメリカで、裏社会のボスとして君臨したアル・カポネの一代記。第一部は、カポネが裏社会の頂点に立つまで、第二部は一転して、禁酒局の特別捜査官エリオット・ネスの事情を描く。繊細なカポネと、功名心の権化のようなネス。『アンタッチャブル』も観ていない私は、先入観ゼロなので、本書が直球なのか変化球なのかわからないのだが、著者が作りこんだ緻密な人物像は十分新鮮だと思う。カポネは、情に厚いイタリア人であり、ビジネスライクに人を殺すギャングであり、マスコミ向けには陽気なスポークスマンである。そのどれもが一流実業家としての公の顔であり、持って生まれた私の顔でもあるのだろう。矛盾にみちた人間性が、トップに立つ者の条件なのかと思いめぐらせたくなる。
 後半、物語の視点はネスにシフトして、カポネの存在を外側から浮かび上げる思いきった構成。頂点をきわめたら後は下るだけ。ネスの軽薄さもあって、終盤の寂寥感がつらい。悪漢小説につきもののカタルシスはあまり期待しない方がよいかも。

スープ・オペラ

スープ・オペラ
【新潮社】
阿川佐和子
定価1,680円(税込)
2005/11
ISBN-4104655023

評価:★★★★★

 縁遠い35才の女性が、ひょんなことから、恋人でも友人でもない年上の男と年下の男と同居することになる。いつ昼メロになってもおかしくないベタな設定だけれど、ちょっとはずしてとぼけてみせる。女と男だから俗っぽい関係にもなってしまうけれど、女と男というだけじゃない人と人との関係だって同時になりたつものだよね。情熱的とは言い難い人々がくりひろげるソープ・オペラならぬスープ・オペラ。中身にぴったりのタイトルが秀逸だ。 阿川佐和子って、ほんとに多才だなあとうなる、読みやすく、読みやすいだけではない小説。
 料理上手という著者だけあって、おいしそうな料理をおいしく食べる場面が満載。 今そばにいてくれる大好きな人と、おいしいものを一緒に食べられることの、幸せとはかなさがぎゅっとつまっている。 未来も過去も関係ないとはいいながら、ついつい多くを求めすぎてしまう弱い気もちに、目をつぶってないところも好き。何となく影響されて、鶏ガラスープなど作ってみたり。

金春屋ゴメス

金春屋ゴメス
【新潮社】
西條奈加
定価1,470円(税込)
2005/11
ISBN-4103003111

評価:★★★★★

 いやいや楽しかった。一気読み。ファンタジーノベル大賞受賞作は個性がはっきりしているから、好みがわかれる作品が多いと思うのだけれど、本書は人を選ばないのでは。何かおもしろい本ないかなーの人は、読んで損はないでしょう。
 三百倍の競争率を勝ち抜き、 人工的に作られた江戸国へ入国した辰次郎が、長崎奉行の元で疫病「鬼赤痢」の謎を追う。作られた江戸とは思えない本格的な江戸に辰次郎は戸惑うが、読者も動揺を隠せない。うっかりすると、ファンタジーノベル大賞でしたって忘れてしまうほど、その描写は本格時代モノである。この著者、地の文がうまいのだ。キレのある文章でとんとん話が進むのだが、ときおりしっとりした情緒で江戸の雰囲気を疑似体験。や、ホントの意味で疑似なんですけどね。
 謎の真相にじわじわ近づいていくときのもどかしさも、大立ち回りの捕り物も、満足のゆくエンターテイメント。ド迫力の長崎奉行ゴメスは、一読忘れられない存在感で、早くも今年の最強キャラ決定。

夢のなか

夢のなか
【新潮社】
北原亜以子
定価1,470円(税込)
2005/11
ISBN-4103892137

評価:★★

 NHKでもドラマ化された人気シリーズ慶二郎縁側日記の九作目。あらゆる意味で弱い人が主役であり、それぞれに希望が与えられる、優しい話ばかりである。つつましやかな幸せが痛いような人情ものである。ただし、一話よみきりの短編集だとはいえ、ある程度設定がわかっていないと、正直つらい。主要人物は、それぞれ、娘を自殺においこまれていたり、嫁を殺されていたり、親が犯罪者だったりと、相当に暗い過去をかかえている。だから、このシリーズを大きく流れるテーマは許しや再生であるのだろう。本書に関していえば、主要人物の事情は傍流でしかないのだが、むろん一つ一つの短編に深く影をおとしており、白紙で読み始めた私には、短編そのものの味わいがきっと半分くらいしか伝わってない。もったいなかったなあ。じっくり時間をかけて、登場人物の細やかな葛藤につきあうべき小説であると思う。少ないとは思うが、本書から読み始めるという方は、せめてドラマのHPなりで予習してから臨まれることをおすすめします。

バスジャック

バスジャック
【集英社】
三崎亜記
定価1,365円(税込)
2005/11
ISBN-4087747867

評価:★★★★

 SFという規格からは少しはみだすような気もするけれど、風変わりな設定が楽しい七つの短編が収録されている。硬質な文章が知性的で、甘い方の梶尾真治から甘さをとったような味わい(ほめてます)。
 それぞれ個性的な短編なのだが、どれが著者ならではの作品とは言い難い。きっと七つとも著者ならではなのだ。「お気に入り短編投票」実施中らしいが、企画したくなる気持ち、わかるわかる。私なら?と、さんざん『動物園』と迷ったすえに、『二人の記憶』を選んでみた。同じ時を過ごしている恋人との記憶がずれていく。前回逢ったときの記憶が、5分前の食事の内容がくいちがう。自分の知らない二人の過去を彼女だけが大事に持っている。怖い怖い。ホラーかと思うほど怖い。どんなに近しい間柄でも、お互い通じ合えるなんて幻想であるという、これは寓話なのだ!と、そんなふうに、片づけられれば単純なのだけれど。何の答えも与えられないまま、なだれこむラスト、主人公の悲壮な決意に目をみはらずにはいられない。

ハートブレイク・レストラン

ハートブレイク・レストラン
【光文社】
松尾由美
定価1,575円(税込)
2005/11
ISBN-4334924786

評価:★★★

 どこかほの暗い雰囲気がただようファミレスに、どこか心のさびしい人が集い、些細で奇妙な謎に遭遇する。軽い読み口の「日常の謎」系ほのぼのミステリ。この著者にしてはおとなしく、確かに探偵役は人外の者だけれども、既刊のように安楽椅子が探偵だなんて突拍子のない設定ではない。それどころか、人品いやしからぬ「隅のおばあちゃん」は、彼の地のマープル女史ほどの底意地の悪さなどもちあわせておらず、控えめなことこのうえない。狂言回しの女性フリーライター二十八才も、片思いの相手の刑事も、キャラはややうすめなので、連作短編につきもののサイドストーリーは、正直、ちょっと物足りないかな。もっとも、スタンダードなミステリだから、くつろいで謎に没頭するのが正解。確たる悪意で暗いきもちになってしまうような結末はおろか、寂しさを誘うような結末も見あたらないので、ハートブレイク時の気分転換には最適かと思われます。

宇宙舟歌

宇宙舟歌
【国書刊行会】
R.A. ラファティ
定価2,205円(税込)
2005/10
ISBN-4336045704

評価:★★★

 ロードストラム船長とその乗組員の、宇宙をまたにかけた大冒険。小型宇宙船が行き着く星々は、何でもありだが、常識はなしの奇妙な世界だらけ。ドライにして壮大、人間という存在が神話なみに軽くて、いっそ痛快なSFである。
 国書刊行会SF「未来の文学」シリーズというパッケージと、抽象的なデザインのカバーで、ずいぶんと高尚な読み物みたいにすましているけれど、しっかりスラップスティックなので注意。悪ノリが過ぎて、しばしばついていけなくなったりしながらも、怖いモノみたさで、最後まで読了。もちろん知識が必要とされるわけではないけれど、宇宙版「オデユッセイア」ということで、原典に通じていれば、より楽しかろう。こんな所で教養が役に立つとは!って、いや役には立ってない気もするけれど、正しい使い道ではあると思うので、我と思わん人はぜひおためしあれ。

獣と肉

獣と肉
【早川書房】
イアン・ランキン
定価2,100円(税込)
2005/11
ISBN-4152086831

評価:★★★

 以前スコットランドを旅行したとき、第一作目をご当地ミステリとして旅の友に選んで、既読はその一冊だけなのだが、本作はシリーズ十五作目。まあこれはずいぶん極端な読み方だけれど、一作目が身内の事件だったということをさしおいても、リーバス警部、ずいぶん身軽になった。重厚なテーマを扱うシリーズものとしては歓迎すべき変化だと思う。 リーバスは、鼻がきくうえに、自らまきこまれ型、かつ一匹狼という、同僚にも関係者にも煙たい存在の警官である。相当粘着質なのだが、飄々とした風もあり、この矛盾した性格がなかなか魅力的。 舞台となるエジンバラも、美しい古都のイメージとは真逆の、切実な犯罪都市として描かれているが、これまた不思議な吸引力がある。
 いくつもの事件がからみあい、複雑な様相をしめす本作だが、キーとなるのは移民問題である。「私たち全員が人種差別者なんです」という、作中の人権派弁護士の言葉は、皮肉でも何でもないし、軽く読み飛ばせるような話ではない。それでも、それだからこそ、何の解決にならなくても、たとえ偽善だとしても、知ってしまったからにはと情に流されてしまうリーバスが、ホント素敵なのである。