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佐久間 素子の<<書評>>


エンド・ゲーム 常野物語
エンド・ゲーム 常野物語
【集英社】
恩田陸
定価1575円(税込)
2006/1
ISBN-4087747913
評価:★★★
 不思議な能力をもちながら市井にひっそりと暮らす常野一族をめぐる常野物語の3作目は、8年前の連作短篇集『光の帝国』収録『オセロ・ゲーム』の後日譚。多くの恩田陸ファンがそうであるように、私も『光の帝国』が大好きなのだが、ダークでドライな本書はちょっと苦手な感じ。もともとバラエティにとんだ短篇集だったから、『蒲公英草紙』も本書も「常野らしい」物語には違いなく、改めて作者の引き出しの多さに驚きはするのだが。
 「裏返す」か「裏返される」か。突然現れる「あれ」に怯えながら、日々を暮らす母子。恐怖に満ちた日々に終わりはくるのか。「裏返された」父親を取り戻すことができるのか。 敵と味方、悪と善、嘘と真実が、ぱたんぱたんと裏返る様子はまさにゲームだ。楽しいゲームではないのに、とりつかれて、その果てには狂気がのぞいている。怖いというより、寒いと言った方がぴったりくるような小説だ。

砂漠
砂漠 
【実業之日本社】
伊坂幸太郎
定価1600円(税込)
2005/12
ISBN-4408534846
評価:★★★★
 確かに絶対的少数かもしれないが、どの地方大学にも西嶋みたいな人間はいると思うのだ。おそらく世代も問わない。十年前もいたし、きっと今もいる。十年後もいるのだろう。思いあたりませんか?
 周囲から浮きまくりの、暑苦しくも愛おしい人間。大学時代の象徴って、西嶋的なものなのかもしれないなあと懐かしく考える。私にとっての大切な西嶋たちは、どうしているだろうか。砂漠のどまんなかでからからに乾きそうになってしまうようなときは、遠く離れてしまった彼らの存在にそれでも救われたりして。
 普通の大学生は超能力をもっていないし、通り魔事件や空き巣事件にまきこまれたりしないが、「僕」たち五人と同じように、中身のあるようなないような話を延々として日々を暮らしているだろう。だからこれは、しごくスタンダードな青春小説なのだ。青春だからこっぱずかしいところもあるけれど、とっても楽しいです。難?「僕」がかっこよすぎだね。大学生のくせに。


うしろ姿

うしろ姿
【文藝春秋】
志水辰夫
定価1600円(税込)
2005/12
ISBN-4163245405

評価:★
 著者最後の短篇集だそうである。「この本に収めた作品などすでに過去のものである」んだそうである。ふうん、である。たとえそれが著者の切実な思いであっても、そんなことをあとがきで書いちゃうことに反感。それは例えば、本書に共鳴した自分の読者の感性を「過去のものである」と決めつけることになるんじゃないの?
 共鳴しなかった私が怒る筋合いでもないのだが。
 三十三回忌に母親の遺骨をひきとりにいった女性が、郷里と訣別する『もう来ない』。姉の最期にあたり、封印してきた過酷な子ども時代を回想する『ひょーう!』等々。この短篇集で丹念にえがかれるのは、おそらく人生最後になるであろう、ゆらぎ。分岐点ではあるけれど、何か変化が起きるわけではない。ただ高まる感情をぐっとおしつけて、さして希望の見えるでもない残りの人生に戻っていく。その強さと哀愁に心を添わせるのは、それでも色々信じていたい若造にはまだ無理みたい。


愛の保存法

愛の保存法
【光文社】
平安寿子
定価1470円(税込)
2005/12
ISBN-4334924816

評価:★★★
『パパのベイビーボーイ』、とりあえず76ページ4行目を立ち読みして欲しい。以前、不惑を前に結婚された先輩(男)が、いかに女性を扱えばよいかというテーマで、全く同じことを語っておられた。そそそんなもん??と不満げな未婚男性陣と、今更何をと呆れる女性陣。先輩はハウツー本(結婚生活の秘訣の類ですね)のウケウリだと白状して、私は、男女の壁はやっぱ厚いなと思ったのだ。女心なんて単純なのに。で、作者はそんなモチーフを、ダメなのにもてる男と、そんな男にふらふらなびいちゃう女と、そんな男を苦々しく思う男の話に料理。ダメとか、幸せとか、優しさとか、がちがちになった価値観がほどけて、肩の力がぬけていく。
ハウツーとして使えるかっていうと、やっぱり使えないのだけれど、ハウツーを越えたところにしか人間関係の楽しさはないものね。
 平均点は10月刊の『Bランクの恋人』の方が高いかなあと思うが、いずれ気もちのよい短編集である。平安寿子、もっと注目されてもいいのでは。


はるがいったら

はるがいったら
【集英社】
飛鳥井千砂
定価1365円(税込)
2006/1
ISBN-4087747921

評価:★★★★
 幼なじみを待っている。その彼に告白しようとまちうけている女の子がいる。自分に気づいて走り寄ってくる彼。二人乗りでその場を立ち去るとき、女の子と目があって、主人公は「嘲笑って」しまう。ふとした折りに思い出し、自己嫌悪に陥るような、そんな記憶、ありますか? あるなあと恥じる人は読んでみてもよいのでは。
 人にも厳しく自分にも厳しい完璧主義の姉と、草食動物系の弟の物語。弟部分は楽しく軽く読めるのだけれど、姉部分は一筋縄ではいかない感じ。一般的には、とうていかわいいとはいえない小難しい性格の、嫌なところがきちんと嫌らしく書かれている。自分で殻を作っているくせに、悪意には動揺し、愛されないことにはきっちり傷ついている。わかっているのに変えられないのが性格というものだし、他人と違うそれをひそかに誇りに思っているところもまた厄介で。ラスト、彼女らしからぬ健全な決断に一安心なのだ。て、肩入れしすぎ。


わくらば日記 

わくらば日記
【角川書店】
朱川湊人
定価1470円(税込)
2005/12
ISBN-4048736701

評価:★★★
 昭和三十年代、東京下町。人や物の記憶を読みとれる姉の周りで起きる事件を、姉を慕う妹の回想という手法でつづる連作短篇集である。短命だった聖女のような姉という設定ではしかたのないことだろうけれど、全体的に、センチメンタリズム過多。ですます調もやりすぎで、ちょっとくどいくらいだし、今にして思うと……とか、これはまた別の機会に……とか、気をもたせる記述が多いのも、これまたあざとい。逆に言えば、郷愁というフィルターをかけた、この小説世界こそが、本書の持ち味であるのだ。きっと、確信犯なんだろうなあ。あまり、意地悪な読み方をせず、素直にこの世界にはいりこむのが得策かと。残酷で悲痛な姉の初恋をつづった『流星のまたたき』は、本書の設定にジャストフィット。素直にここで感動するもよし、姉の力をもってしても真相にたどりつかない『夏空への梯子』のわりきれなさに胸を痛めてもよい。ひどく怖い話である『夏空〜』を、ここまで優しくまとめあげた手腕はすごいかも。

虹とクロエの物語

虹とクロエの物語
【河出書房新社】
星野智幸
定価1575円(税込)
2006/1
ISBN-4309017436

評価:★★★★★
 うわー変な本読んじゃった。私、どうしてこの物語をこんなに気にいったんだろう?と自問しても、しかとは説明できなくて、今、困っているところ。刺激されてしまっているのは、脳じゃなくて体なのかもしれない。人間の想像力は案外優秀で、ちゃんとした言葉を与えられれば、経験したことがない肉体感覚すら、こうして生々しく開かれるのだ。川原でサッカーボールを蹴り合うエクスタシー。妊娠二十年の胎児の欲求不満。自然の中での壮絶な一人体験。荒唐無稽な物語を、物語以上に昇華させているのは、おそらくこのリアルなのだろう。
 虹子とクロエ、かつての親友の不在は二十年にわたってお互いの人生を「余生」にした。死んだように生きてきた二人が再会することで、彼女たちの人生は再び動き出すのか。無人島に幽閉された吸血鬼ユウジは、一体化したいという欲望から解放されるのか。依存関係からの脱出はかくも寂しく困難で、答えは示されないのにもかかわらず、あまりにも明るい希望の予感に胸がつまる。奇跡は誰にだっておこると信じたくなる。


ある秘密

ある秘密
【新潮社】
フリップ・グランベール
定価1680円(税込)
2005/11
ISBN-410590051X

評価:★★★★★
 やせっぽちで一人っ子の少年は想像をする。兄を創造し、若い両親の恋愛物語を夢想する。それは生きる手段であり、楽しい行為であった。十五歳の誕生日の翌日に、家族の秘密を知るまでは。以降、彼の想像力は真実の余白を補うことに発揮される。本当に存在していた兄と、罪深い恋。何もかもをとりかえしがつかない事態においこんだ戦争の残酷に、正面から向きあう少年の姿に圧倒されるはずだ。センセーショナルな盛り上がりなどない。感情を抑えたシンプルで淡々とした文章が、それゆえ、静かに激しく感情を揺さぶる。
 ナチスによる虐殺は、もっともよく語られる人間の愚行の一つであるし、それを断罪するのは簡単なことだ。同時に、深く人を傷つけ、その事実に自らの一生涯をも傷つけられた両親に同情することも、またたやすい。でも、そんな単純な感想を拒む力が本書にはあり、それは、とりもなおさず文学の持つ力なのだろう。 傑作です。