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西谷 昌子

西谷 昌子の<<書評>>



リトル・バイ・リトル

リトル・バイ・リトル
【講談社文庫】
島本理生
定価440円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752956

評価:★★★★
 母と異父妹との三人で暮らすふみ。母を通じてキックボクサーの周と出会い、恋をする。彼女をとりまく状況はけして明るくないけれど、彼女の周囲の人間はいつもおかしくて明るい。職を失ってもおどけることを忘れない母。娘を一人前の女として扱い、恋のきっかけすら作ってしまう様子はとても魅力的だ。奇想天外なジョークを飛ばす、周の姉もいい味を出している。それに十八歳の青年とは思えないほど優しくて包容力のある周。ふみは実の父との縁が切れても、彼らに支えられて立ち直っていける。こんな形で救われるふみをうらやましく思った。静かな文体で綴られるなかから、登場人物たちの優しさが立ちのぼってくる。実際にはこれほど愉快で人間のできた人たちはいないかもしれないが、たとえ現実的でなくても、読んで暖かい気持ちになれる物語だと思う。まだ若い作者のこれからが楽しみ。

天涯の船(上)

天涯の船(上・下)
【新潮文庫】
玉岡かおる
上巻定価660円(税込)
下巻定価700円(税込)
2005年12月
ISBN-4101296154
ISBN-4101296162

評価:★★★★
 日本が激動した時代、海を渡りオーストリィ人と結婚しながら、ひとつの恋を胸に秘める少女を描く大河小説。付き人として海を渡るはずが、あるじの身代わりにされ、厳しい教育を受ける少女時代は読んでいて息が詰まるほどハードではらはらさせる。留学時代、慣れない米国で生活する様子や、最初は折檻ばかりしてきた乳母と次第にうちとけていくさま、兄との関係が変容していくさまは見ごたえたっぷりだ。後半へ向かうにつれて物語が加速し、場面が飛び飛びになってしまうのが残念。後半の恋愛以外のエピソード、たとえば子育ての話やオーストリィ貴族としての誇りを身につけていく過程も見たかった。また、女性読者を必ず惹きつけるであろう豪華絢爛なアクセサリーやドレスの描写がいい。だんだん恋愛中心に話が進んでいくところといい、古き良き少女漫画を思い出してしまうのは私だけだろうか。

鞄屋の娘

鞄屋の娘
【光文社文庫】
前川麻子
定価480円(税込)
2006年1月
ISBN-4334739997

評価:★★★★
 細かく描写しているのに、説明を読んでいるような不思議な文章。筆者が脚本を書いていたことと関係あるのだろう。主人公、麻子は自らの父が放蕩な人間であったことが災いし、うまく家庭をつくれなくなっていく。だが父から受け継いだ鞄作りの才能や、父の苗字にこだわってしまう。父を愛しながら家庭を信じられなかった女性が、迷走しながら終に幸せを掴むまでの長い道のりは胸にずしんと来る。終盤、おなじく家庭をつくれなかった友人が狂ってしまうくだりが凄い。しかし、文章があっさりしすぎているせいでどうしてもドライな印象を受けてしまうのが残念。読めば乾いた話でないことはわかるのだが、心情描写が荒いせいで共感しにくい。台本を読んでいる感覚に近かった。

タンノイのエジンバラ

タンノイのエジンバラ
【文春文庫】
長嶋有
定価530円(税込)
2006年1月
ISBN-416769302X

評価:★★★★
 この短編集の主人公たちは、いつもどこか無気力だ。目の前の出来事が普通と違っても、突っ込もうとせずにただ見ている。そこに微妙な関係が生まれる。「タンノイのエジンバラ」は少女と男の物語。お互いがお互いに対して何もしないのに、何となく影響しあう……そんな関係の心地よさ。しかし家族は本来そんなものではないだろうか。何かをしてあげた、してもらったという関係は、実は薄っぺらいものなのではないかと思わせられる。「夜のあぐら」は父を必死でつなぎとめようとする姉と、姉に流される弟妹の物語。一生懸命になる姉、冷めていて姉をなだめる弟、そして緩衝材になっている妹。そんな関係がごく自然に描かれていて巧い。「バルセロナの印象」は姉を慰めるための旅行の物語。ホテルの部屋を2対1で回していくとき、いろいろな関係が生まれるのが面白い。「三十歳」は不倫で職を変えた女性の物語。若い男と本気にならない関係を持った後、初めて泣ける……こんな描き方をできる人は稀だろう。

しょっぱいドライブ

しょっぱいドライブ
【文春文庫】
大道珠貴
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4167698021

評価:★★★★★
 「しょっぱいドライブ」。恋愛でもなく、なにか目的があるわけでもない、弛緩しきった関係を持つ主人公と老人。だが、そこに安らぎを見出している主人公。リアルだと思う。何かの物語に自分をあてはめて酔うようなヒロイズムと正反対の、「これはこれでラクで、まあまあ幸せ」というスタンス。こんな女性、たくさんはいないだろうが確実にいると思う。しかし主人公に本気で情熱を燃やしているらしい九十九さんは結構可哀想な気もするが……。「富士額」は相撲取りと少女の関係を描く。不満のやり場がない少女が、やる気のないスタンスで人と交わる姿が生々しい。「タンポポと流星」には鳥肌が立った。執拗に主人公を自分の支配下に置こうとする幼馴染の姿は、女の子なら「いたいた、こんな子」と呟かずにはおれないのではないか。こうして書いていると、作者のレンジの広さにあらためて驚かされる。

レキオス

レキオス
【角川文庫】
池上永一
定価860円(税込)
2006年1月
ISBN-4043647026

評価:★★★★★
 個人的にはデビュー作から好きな作家。沖縄を舞台に繰り広げられるファンタジー。黒人系の少女デニスが、沖縄に潜む不思議な力を利用しようとする陰謀に巻き込まれていく。謎の爆発が起き、逆さまに浮かぶ女が現れる冒頭のシーンでまずぐいっと惹きつけられる。独特の軽妙な文体といい、話のシリアスさに比べてお気楽すぎる登場人物たちといい、荒々しく展開するストーリーといい、作者は天才としか言いようがない。もう我々読者は、心地よく翻弄されるしかないのだ。「ボトムレス」で海岸を歩く天才女性文化人類学者、なんて登場人物を誰が思いつくだろう。またこの女性がすぱすぱと敵を出し抜いていく様子がたまらなくかっこいいのだ。全体を流れる沖縄的な価値観は、日本で勝ち組・負け組だのと言っている様子をあざ笑っているようだ。せせこましく生きている自分がばからしくなってくる。

主婦は一日にして成らず

主婦は一日にして成らず
【角川文庫】
青木るえか
定価420円(税込)
2006年1月
ISBN-4043686048

評価:★★★★
 こんな主婦は初めてだ。ゴキブリを愛し、米に虫がわいても放置。しかし旦那さんとは異様なまでに気が合うようで、価値観がくい違ったことはほとんどない。喧嘩もするが言い返せず、うつむくだけなのに後で文章にして自分を笑ってしまうこのたくましさ。家事はめちゃくちゃで、劇団のおっかけをし、好きなものができると同人誌を作る……などと書くとただのトンデモ主婦だが、このエッセイがこれほど読んでいて楽しいのは筆者の観察眼のたまものだろう。結婚するときにウエディングドレスもうちかけも断固拒否するくだりで、どんな美人が着てもあのドレスやうちかけは花嫁をぶさいくに見せる、という言葉にはうなずくしかなかった。大音量でしか喋れず、自分の価値観を決して崩さない旦那もいい味を出している。これほどぴったり合う夫婦は滅多にいないんじゃないだろうか。うらやましい限りである。

最期の喝采

最期の喝采
【講談社文庫】
R・ゴダード
定価1040円(税込)
2006年1月
ISBN-4062752905

評価:★★★
 最初はなんだか重苦しい雰囲気だったが、どんどん謎が解けていき事件の全容が明らかになるのが面白くて、最後のほうは夢中で読んでしまった。結構な長編なのにだれず、読み進めるほど面白いのは作者の力だろう。落ち目の役者である主人公は、離婚寸前の妻から、誰かに見張られているという電話を受ける。調べるうちにその地域に昔あった工場と、妻の恋人にまつわる、忌まわしい話が少しずつ姿をあらわしていく。謎解きばかりでなく随所にハプニングがあったり、アクションシーンがあったりして読み手の緊張感をそこなわない。妻の恋人がいかにもな悪者だったり、妻への愛情表現が恋敵を貶めることだったりと、アメリカ的な話ではあるが、だからこそエンタテインメント性はたっぷりだ。翻訳が少し固くて読みにくい気がしたので、星4つのところを星3つ。

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