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浅谷 佳秀

浅谷 佳秀の<<書評>>



アナン、

アナン、
【講談社文庫】
飯田譲治/梓河人
上巻 定価730円(税込)
下巻 定価770円(税込)
2006年2月
ISBN-4062753138
ISBN-4062753146

評価:★★★
 生きる気力を失ったホームレスの男性が、自殺を決行しようとした雪の日に料亭のゴミ捨て場で赤ん坊を拾う。赤ん坊はアナンと名付けられ、男性とそのホームレス仲間たちに育てられる。成長するにつれ、アナンはタイルや色ガラスを使ってモザイクを作ることに特殊な才能を発揮するようになる。
 本作は2人の作者の共作による作品である。面白くはあるのだが、紋切り型でぎこちない表現が多いし、ガクッとくるような誤り、つっこみどころもある。例えば、容疑者の起訴、不起訴を決めるのは被害者や警官ではなくて、検察官です。
 だけど私は4児の父であり、いちばん下は1歳半だ。無垢な子供が奇跡を起こすなんて話には、ほとんど反射的に涙腺がゆるんでしまうのだ。そしてこのベタな物語の締めくくりは、感動のツボど真ん中に直球を投げ込んでくるラスト。うう、反則だ。こんな球なんぞ見送り三振してやる、と思いつつも、ああ気持ちとは裏腹にバットが出てしまう。力いっぱいセンターバックスクリーンに打ち返してしまう。悔しい。

熊の場所

熊の場所
【講談社文庫】
舞城王太郎
定価819円(税込)
2005年12月
ISBN-4062753316

評価:★★★★★
「僕」の父は仲間とユタの原生林を歩いていて灰色熊に襲われる。離れたところに停めていたジープまで命からがら逃げた彼は、拳銃とスコップを手に、熊のいた場所へと戻る。「熊の場所」とは、つまり人生において克服すべき恐怖の源泉となる場所である。恐怖から逃れるためには「熊の場所」に戻らなくてはならない。戻って恐怖を克服できればいいが、できなければ破滅が待っている。「僕」の友達で、猫殺しを重ねているまー君は、果たして自分の恐怖を克服できたか。それとも…。
 表題作のほか、ミステリー仕立ての2つの作品が収録されている。どの作品も、話があちこちに飛んでいくかと思うと、いつの間にか狙い定めた一点にぴたりと着地する。一見行き当たりばったり無造作に書かれているようでいながら、その実、全体が極めて緻密に構成されているのだ。作者独特の歯切れよい文体も、おそらくは練りに練られて研ぎ澄まされてきたものだろう。3篇ともが、この作者の圧倒的な実力を十分に堪能できる、完成度の高い作品である。

レイクサイド

レイクサイド
【文春文庫】
東野圭吾
定価520円(税込)
2006年2月
ISBN-4167110105

評価:★★
 とある湖のほとりに中学受験を控える子供を持った親たちが集まり、勉強合宿をする。
そこで起こる一つの殺人事件が、親たちを巻き込んでゆく。
「繋がれた明日」の次にこの作品を読んだのは失敗だった。殺人を犯した人がどのようにその罪を背負ってゆくのかということを、とことん突き詰めてゆくような重厚な作品に、この軽いミステリーを比べることがナンセンスであることは分っているが、それにしてもこの作品の何とふわふわとしてリアリティのないことか。あたかもこってりと濃厚なメインディッシュの肉料理を食した後の、デザートのアイスクリームを舐めているといった感じ。中学受験というと、上の子が小学5年生になる私としても興味を惹かれる部分がなきにしもあらずだったのだが、う〜ん、いくら教育熱心とはいえそこまでやる親がいるかねえ。やっぱりこんな話、現実にはありえないだろう。というわけで、荒唐無稽で深みに欠けるが、さらっと読めて、そこそこ楽しめるミステリーではある。

噂


【新潮文庫】
荻原浩
定価660円(税込)
2006年3月
ISBN-4101230323

評価:★★★
 ある香水を売り出すために、広告代理店と企画会社が、一つの噂を創作して口コミで広げる。香水が売れる一方で、噂は都市伝説となり若い女の子たちの間に広まってゆき、やがてその都市伝説と酷似した猟奇的殺人事件が起こる。所轄のベテラン部長刑事・小暮と、本庁の若手女性警部・名島のコンビがその事件を追う。
 前半、企画会社のカリスマ女性社長が語る、口コミを利用した広告手法についてのくだりには説得力があって面白い。事件が起こってからの、主に小暮の視点となる中盤以降は、手堅い警察小説の印象。ストーリーは巧みに構成され、人物造形も丁寧で、ディテールの描写も過不足ない。つまりはとても良くできている作品なのだが、読後感がなんともすっきりしない。それは、心情的に全く理解不能な犯人の動機と、何といってもやっぱりラストの一行のせいである。このラストはねえ……ちょっといただけない。とってつけたみたいな感じだし、いくら何でもあんまりでしょう。インパクトが有りさえすればいいってもんでもないと思うよ。

生きいそぎ

生きいそぎ
【集英社文庫】
志水辰夫
定価580円(税込)
2006年2月
ISBN-4087460126

評価:★★★★
 本作品集は八つの短編からなる。どれも老境にさしかかりつつある男性が語り手となっている。ほの暗いタッチの、苦渋に満ちた作品ばかりなのだが、その割には読みやすい。なぜかというと、文章が端正で、過剰な表現や無駄がなく、人物や情景の描写が非常に巧みになされているからだ。そのおかげで物語世界に入り込みやすいのだ。どの作品もNHKの夜10時からのドラマに似合いそうな佳品である。
 印象に残った作品をいくつか挙げておこう。「うつせみなれば」では、夫婦の亀裂の背後にある、夫の取り返しのつかない行為が仮借ないほど残酷に描かれる。「燐火」では、山歩きをする主人公が出会った、奇妙な老婆とのいささか滑稽な交流が、やがて不気味なラストに至る。「逃げ水」では、悪夢のようなシュールな展開に、足元が崩れてゆくような感覚が味わえる。私にとってはこの作品が本作品中のベスト。「赤い記憶」は母親の死にまつわる忌まわしい記憶の呪縛が、一人の男の人生を狂わせてゆくという、哀しく怖い作品である。

陽気なギャングが地球を回す

陽気なギャングが地球を回す
【祥伝社文庫】
伊坂幸太郎
定価660円(税込)
2006年2月
ISBN-4396332688

評価:★★★
 嘘を見抜く名人、スリの天才、演説の達人、体内時計で時間を正確に測れる特殊能力を持った女という、個性的な四人組の銀行強盗団のお話。それぞれのキャラがよく立っているし、軽妙洒脱な警句や薀蓄の飛び交う会話、手品のようにひねりを利かせた仕掛けなど、この作者の面目躍如である。小道具を使った伏線の張り方も気が利いている。読後感も悪くない。強盗団のメンバーの一人の子供をみんなが気遣う様子など、心温まるものがある。
 さくさくとクリスピー、軽い口当たりの小説だ。ただ、正直なところ、ちょっと食い足りなかった。いじめられていた少年、薫君の今後が少々気がかりだし、四人組が別の現金輸送車襲撃犯に横取りされた金の行方は、予想と全然異なっていて、私としては十分なカタルシスを得られなかった。作者の独擅場ともいえる技巧の冴えも、本作ではなんだか小手先のものに終わっている感じで、読後感がやや希薄だ。
 本作品は映画化され、5月に公開される予定とのこと。小説とは一味違った小気味のいいノリのよさが味わえるかも。

繋がれた明日

繋がれた明日
【朝日文庫】
真保裕一
定価720円(税込)
2006年2月
ISBN-4022643595

評価:★★★★
 サスペンスと帯には書かれているが、むしろドキュメンタリーのような雰囲気をもった作品である。主人公は、自分の恋人につきまとう男を、喧嘩のはずみで殺してしまう。先に手を出してきたのは相手。しかし警察は彼の弁解に耳をかさず、相手の友人は主人公が不利になる嘘の証言をする。未成年だった彼は6年間の懲役刑に服した後、仮釈放になり、ひっそりと社会に復帰する。そんな彼の周囲に、ある日突然大量のビラがまかれる。そのビラには彼が犯した殺人事件の記事が彼の顔写真入りでコピーされている。
 形の上では罪を償ったとしても「人殺し」というレッテルは一生はがせない。自分の犯した罪の重大さを改めて噛みしめながらも、彼は自問自答を繰り返す。俺だけが悪いのか、と。その彼の被害者意識を溶かし、悔悛、贖罪の意識へと変えてゆくものは……。
 犯罪被害者の救済という問題が近年クローズアップされてきているが、作者はあえて加害者の更正というテーマに真正面から挑んだ。被害者にとっては模範解答などありえないこの問いに、愚直なまでに真摯に向き合い、解答を模索する作者の姿勢に心打たれる。

ファニーマネー

ファニーマネー
【文春文庫】
ジェイムズ ・スウェイン
定価780円(税込)
2006年2月
ISBN-4167705168

評価:★★★
 クロスローダー(いかさま師)について、主人公が隣人の女性に薀蓄を傾けるシーンから物語が始まる。この素晴らしい出だしに、思わず引き込まれた。この後、すぐに主人公の友人が爆殺され、前半にいきなり山場が来る。だが、そのままラストまで息もつかせず、とはいかなかった。その後もカジノでのいかさま師の仕事ぶりやら、それを防ごうとするカジノ側の防御策あの手この手などが繰り出されて、それなりに飽きることなく読めはしたが、正直、後半は前半ほどには楽しめなかった。その最も大きな原因は、主人公が追うクロスローダー集団のいかさまテクニックを私が理解できなかったことにある。
 それと引っかかったのが、主人公と息子の関係についてだ。三十過ぎの息子は金にルーズで思慮が浅く、臆病で自立心に欠けている。この馬鹿息子がいかさまギャンブルでカモにされるのだが、62歳の主人公はあっという間に彼を救ってやる。だが馬鹿息子は感謝もせず懲りもせず、その彼女ともどもすぐにまた窮地に陥り、主人公は二度三度と尻拭い。この主人公の親バカぶりには脱力させられ、感情移入を妨げられた。

小鳥たち

小鳥たち
【新潮文庫】
アナイス・ニン
定価500円(税込)
2006年3月
ISBN-4102159215

評価:★
 女性作家が、男性の依頼主のために書いた短編集だという。作家自身のまえがきによれば、彼女は窮乏状態にあり、現金収入を得るためにエロティックなものを書かざるを得なかった。それも「本来の執筆がなおざりになるほど」エロティカに打ち込んだとある。それでも作家本人は、自分の本来書くべきものと、そうでなくて生活のために書かざるを得なかったものとを明白に区別していたようだ。
 さて、そういう経緯はまあどうでもよい。本作品集を構成する短編は、どれもごく短時間のうちに書かれた即興的スケッチという感じがする。全力を投入したという前書きとは裏腹に、気楽に、かつ散漫に書き流している印象のものばかりだ。男と女が出てきて、やるべきことをやる。それだけの話がパターンを変えていくつも並んでいるだけ。特に何か趣向がこらされているということもなく、帯に書かれているような繊細さ、妖しさなんてものも別段感じなかった。結局、若く美しい女性が、金を払う男のためにこれを書いたという行為自体がエロティカなのであり、作品はおまけみたいなものだ。