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勝手に目利き
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 細野 淳の<<書評>>


終末のフール
終末のフール
伊坂幸太郎(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
ISBN-4087748030
評価:★★★★

 「もし、地球が滅びるとしたら、自分だったらどうしよう?」誰もが一度は考えたことがある疑問ではないか? 本書の設定はまさにそのような世界。三年後に巨大隕石が地球に衝突するという状況のなかで、人びとがどのように日々を生き、暮らしてゆこうとするのかという様子を、8つの短編で描いている。
 もちろん、そんな状況になるとテレビや新聞などで発表されれば、人びとは混乱するだろうし、暴動もあちらこちらで起こるだろう。でも本書は、そんな暴力的な描写に満ち溢れている作品では決してない。むしろ、混乱が収まった後の、不思議な小康状態の中で、人びとが自分自身とどのように向かい合ってゆくのかが、メインの話であるのだ。
 物語の舞台は、作者の本ではお馴染みの仙台。そこの「ヒルズタウン」という団地の住人たちが、各短編の主人公。作者の他の短編集と同じく、物語同士が不思議にどこかで繋がりあってゆく楽しさを味わいながら読むことができる。

そろそろくる
そろそろくる
中島たい子(著)
【集英社】
定価1260円(税込)
ISBN-4087747999
評価:★★★

 いきなり、ゆで玉子を叩きつけたり、クッキーを次から次へと食べ出したりと、何だか主人公は随分と荒れているような感じを受ける。おまけに、翌日になると前日に自分がどれだけ暴れたのか、よく理解できないでいるのだ。このような心境って、一体どのようなものなのだろう。
 主人公のこのような発作は、どうやらPMSというものらしい。生理の前に、女性が精神的に不安定な状態になってしまうことを言うのだという。自分は男なので、もちろん生理に伴う精神的な変化と言うのは直接的なものとしては良く分からない。でも、やっぱり不安定になってしまう人はそうなんだろうなー、という感じで、なんだか納得してしまいそうな、でもどこかで今一分からないような……そんな気持ちで、読み進めていった物語。

恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
評価:★★★

 食べ物と恋愛、この二つを絡めた物語って非常に多い。おいしい食べ物と恋心って、どこかで共通するものなのだろうか?
 と、そんな疑問はともかく、このような本を読んでいると、いつも食欲が湧いてしまう。食べ物の描写が、妙なところでこだわっていて、何だかその場で食べ物を出されるような気になってくるからだ。
「きみよ、しあわせに」では、ポテトサラダがある意味での主役。文中に書いてあるように、確かにポテトサラダって、男はみんな好きな食べ物なのかもしれない。そして、その食べ方をもとに、繰り広げられる、男同士の論争。何だか大人気ない気もするけれど、確かに自分も似たような論争をしていることがあるような……。
「とろける関係」のバターご飯。これは自分自身、はっきり言って大好きな食べ物。手抜き料理の定番、みたいなものだけれども、この味を分かち合えるような人がいたら、多分嬉しいだろうなー、って思う。恋愛話に食べ物談義、人間の大きな楽しみについて、より深く知りたい人であれば、読んでみることをお薦めします。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703

評価:★★★★

 東京の西のはずれにあるという、まほろ市。そこで便利屋を営む多田啓介。便利屋、というと聞こえはいいが、要するにただの雑用係といたほうが近いのかも知れない。掃除の手伝いをしたり、犬のお守りをしたり、家族に代わって入院中の老人の話し相手になったりと……。
 そんな彼の生活が、一人の男との出会いによって、大きく変わる。それが高校時代に同級生であった、行天春彦。奇抜な行動を繰り返し、何を考えているのか分からないような人物だ。高校を卒業して以来、顔をあわせることは無かった二人だが、再開したとたん、行天は多田の家に入り浸るようになり、便利屋の仕事を手伝うようになる。新たな物語が始まるには、もってこいのきっかけなのだろう。
 二人が関わることになるのは、主にまほろ市の裏の世界。麻薬の密売・ヤクザ同士の抗争・娼婦の世界などはもちろんのこと、親子の問題や男女問題まで、様々だ。行天の奇想天外な行動が、事件を思わぬ解決に導く。テンポの良さと、思いがけない人間模様が、本書の魅力。

ミス・ジャッジ

ミス・ジャッジ
堂場駿一(著)
【実業之日本社】
定価1785円(税込)
ISBN-4408534889

評価:★★★★★

 映画かテレビドラマを見ているような感じで読むことができた。是非とも映像化して欲しい作品だ。
 物語の舞台は大リーグ。レッドソックスの一員になった橘由樹は、日本で行われた大リーグの試合で、運命的な再開を果たす。その人物こそが、大リーグの審判を務める竹本速人。竹本と橘は、高校・大学の時に、先輩・後輩の間柄であったのだ。そして橘が大リーグで初めて登板した試合で、主審をしていた竹本は、橘の投げた微妙な球に、「ボール」の判定を下す。その判定を橘は長く引きずることになり、何だかパッとしない気持ちのまま、大リーグでのマウンドに立ち続けることになる。
 物語を読み進めていくにつれて徐々に明らかになってくる、橘と竹本の二人の間の過去の微妙な関係。また、再開するまでの間にそれぞれの歩んできた道のり。ピッチャーと主審という、試合中に常に向き合っている人間たち。奇妙な絆で結ばれているその二人の生き様を、とくと堪能して欲しい。


イラクサ

イラクサ
アリス・マンロー(著)
【新潮社】
定価2520円(税込)
ISBN-4105900536

評価:★★★★

 登場する人物たちの、過去と現在が上手く溶け合っていているような短編集。
 人間模様なんて、ただのひと時、一瞬の出来事で大きく変わってしまうことがある。そんなつかの間の出来事と、その人自身が今まで歩んできた人生そのもの、それらの組み合わせ具合が、独特の世界観を作り出している。
 表題作の「イラクサ」では、主人公が少女時代に出会った少年の記憶と、その人との偶然の再会、さらに老いて今に到るまで、とその三つの段階を描いたもの。とはいっても、順番にそれらが描かれているのではなくて、これらを上手く織り交ぜながら、独特の物語を生み出しているのだ。他の短編もそう。「記憶に残っていること」は、ただ一度の不倫の体験を、年老いても抱き続けている女性の気持ちを描く。そんな一度の体験と、今を生きる姿の対比が見事。過去の積み重ねの上に今がある、そんな事実を改めて認識させてくれる本だ。

ブダペスト

ブダペスト
シコ・ブアルキ(著)
【白水社】
定価2100円(税込)
ISBN-4560027404

評価:★★★★

 主人公である人物の故郷であるブラジルのリオと、ハンガリーの首都であるブダペスト。一見、ほとんどかかわりあうことも無いように見える二つの都市。ひょんなことから、主人公はこの二つの都市を行き来する生活を送ることとなる。そうしているうちに、二つの都市は、まるで表と裏、裏と表の世界のようになっていき、主人公を惑わす。「自分って一体何者?」読んでいるとそのような主人公の叫びが今にも聞こえてきそうだ。
 そのような不思議さは物語の内容だけではない。文体もそうなのだ。「」(カギカッコ)で示されるような会話文は一切無いし、句読点の使い方もかなり独特。文章がどこで終わるのか、まるで分からない。そのような観点からいえば、決して読みやすい本ではないのだろう。でも、そんなことにはイチャモンをつけずに、じっくりと作者の世界に入っていってゆきたい。この本の摩訶不思議な感覚に上手く入り込むことができたのなら、心の底から楽しむことができる一冊。

ページをめくれば

ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
ISBN-4309621880

評価:★★★

 本書の短編には、数多くの子供が登場する。大人たちから見れば子供って、時としてどこかで自分たちの理解を超えた、異邦人のような存在に映るときがある。事実、「忘れられないこと」「いちばん近い学校」「小委員会」などの短編に出てくる子供は、地球人ではない存在として描かれている。
 もちろん、出てくる子供が宇宙人ではなくても、子供の持つ大人とは少し違った価値観・世界観は、他の短編でも存分に生かされている。「しー!」に出てくるのは、両親の仲が上手くいっていない家庭の子供。その子供が、夫婦間のいざこざを逐次先生に報告してゆく。その報告の仕方が、無邪気で純粋なのだが、どこかで薄気味悪く感じてしまうものなのだ。この子供が、自分たちの理解できる範疇を超える存在であるような感覚が生まれてくる。
そして、そのような子供の世界、大人になるにつれて忘れていってしまう悲しみ・切なさを描いたのが、「ページをめくれば」。主人公は大人になっても、小学校時代の神秘的な記憶を胸に抱き続けているのに、周りはどんどんそれを忘れてしまっている。自分だけ取り残されてゆく孤独感と、その体験をいつまでも抱き続けていたい純粋さ。子供であり、かつ大人でありたい。そんな葛藤、体験したことある人は結構いるのではないのだろうか?