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 松本 かおりの<<書評>>


終末のフール
終末のフール
伊坂幸太郎(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
ISBN-4087748030
評価:★★

 小惑星が地球にぶつかって、あと3年で世界が終わる……。残された年月を、仙台北部の団地「ヒルズタウン」で、それぞれに達観や諦観を胸に過ごしていく人々。当初、小惑星衝突情報が流れたときは、酷いパニックが起きたらしいが、収録8編に描かれているのはそのパニック後のことで、ずいぶん落ち着いたものである。サッカーをしたり、レンタルビデオを観たり、恋をしたりと、いたって平和。多少物騒な事件が起きても、それなりにカタがつく。この穏やかさ、悪くはないが、どうも物足りない。
 先の見えた人生、「黙々と、不器用に、でも、やることをやる」、カッコイイと思う。シブイと思う。精一杯、希望を胸に生きるのも結構。しかし、どうせなら、パニック時代の描写もほしかった。暴動掠奪自殺強奪殺人何でもありの阿鼻叫喚、人間が簡単に自暴自棄に陥り鬼畜に豹変するさまを存分に見せつけてこそ、平穏に生きる姿も際立つと思うのだ。


そろそろくる
そろそろくる
中島たい子(著)
【集英社】
定価1260円(税込)
ISBN-4087747999
評価:★★★★★

 約140ページほどの短編だが、予想に反して強烈な読み応え。30歳過ぎの主人公「ヒデちゃん」の心境が、痛すぎるほど、息苦しくなるほど身につまされる。特に彼女が常に抱えている孤独感と無力感。「私は必要とされていないんだ、誰からも」「私は、なんでここにいるのだろう?」。ズコーンと落ち込んでいるとき、まったく同じことを考えるよ、私も。
 印象的な表現も多い。「大人になるほど色々なことができるようになるけれど、それを上手にできる人になれるかは、また別だ」。こんな一文にはジ〜ン……と慰められるし、「いつもと違う時は、誰にでもある。海だって、凪だったり、シケだったり。いつもの海、なんてものはない。どんな時も海は海」だなんて、考えてみればまさにそう。どんより曇っていた視界が一挙に晴れるような励まし感がある。場面転換のタイミングも巧く、展開てきぱき。ヒデちゃんの無器用な手探り状態の恋も、男女の相性の妙を思わせていい感じだ。

恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
評価:★★

 ゲテモノ系から家庭料理の定番まで、さまざまな料理や食材が登場するおかげで、想像力やら食欲やらはずいぶん刺激された。「ヤモリ」にはぎょっとしたが、蜂の子、ざざむし大好物の私には、「陸の子持ちシシャモ」=雌の子持ちコオロギ、なんぞ興味津々だし、「サソリの素揚げ」も実に美味そう。しかし、物語の展開や雰囲気はどれも似たり寄ったりで、4篇目くらいで飽きてしまった。なんだかんだいったって、どうせ丸く収まるんでしょ〜、と冷め切った予感がつきまとい、イライラが募る。
 登場人物たちにも、いまひとつ共感できない。特に、女性たちの印象がマイナス。恋愛願望が異様に強く、それこそ発情最盛期かというほど男に媚びる。フラフラとその場の気分に流されてはグジグジ悔やむ。自分に気のありそうな男を適当に挑発してゴタゴタを起こしては、ワタシ傷ついてるのよ、怒ってるのよ、と乙女気取り。勘弁してホシイ……。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703

評価:★★★

 「多田便利軒」経営者&主人公の多田クンには申し訳ないが、相棒の行天クンの魅力炸裂! 行天パワーで読ませる連作短編集、といっても過言ではあるまい。違和感を覚える部分、たとえば終盤で急に漂う湿っぽさ、多田が引きずってきた苦悩のわかりづらさ、言動の極端さ、そんなあれやこれやを補って余りあるのが、行天という男なのだ。
 飄々として掴みどころがなく、多田のジャージ・ズボンを平気でマフラーにするような変人だが、実は洞察力も度胸もピカイチ、したたかで行動力抜群。「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う」なんて、台詞も光る。また会いたいなあ、行天春彦。三浦氏には、ぜひとも続編をお願いしたい。
 カバー写真と本文イラストも好きだ。洒落ているし、なにより巧い。装丁ポイント高し。

ミス・ジャッジ

ミス・ジャッジ
堂場駿一(著)
【実業之日本社】
定価1785円(税込)
ISBN-4408534889

評価:★★★★

 歯切れのいい文体は私好みだし、MLBの裏を覗き見るようでゾクゾクした。主人公「レッドソックス」ピッチャー橘と審判・竹本の、10年以上に及ぶ先輩・後輩の確執が生々しく胸に迫る。たった1球、突然の「ボール」宣告の根底にあるのは怨恨か、否か。「グラウンドに出てしまえばすべてを支配するのは俺なのだ。『退場』を言う権利を持っているというだけで、審判は野球における全能の神になれる」。くくぅ〜、この竹本の傲慢さ、憎たらしいっ。火花散る男のメンツ対決、橘を応援せずにいられようか!
 勢いにのって終盤近くまで一気に読んだが、なんと、ここでテンション急降下の思わぬ展開。橘が、なにやらふらふらとイイコちゃんになっていくのが、とにかく惜しいっ! 竹本のただならぬ過去が明らかになり、おおっ?!と盛り上がってきたところで、そりゃないよ。橘にはもっと徹底的に突き進んでもらい、スカッとした読後感に浸りたいところ。


トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン
柳広司(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
ISBN-4048736760

評価:★★★★

 終戦後の「スガモプリズン」。監獄という超閉鎖的空間のなかで繰り広げられる複雑怪奇な人間模様。続発する不審な殺人事件とからみ合う思惑。その中心で圧倒的な存在感を放つ記憶喪失状態の日本人戦犯・キジマ。「俺は……俺にとっての事実を知りたいのだ」。
 このキジマがとにかくそそる。『オデュッセイア』を諳んじる知性と、鋭い観察眼に抜群の推理力。しかし、一方で奇行の絶えないこの男、本当に冷酷非道な捕虜虐待者なのか、それとも心ある博愛主義者なのか。昔のキジマを知る人間たちによって、捕虜の虐待証言にまったく別の視点から新たな解釈を加えるなど、細かい仕掛けが効いてスリリングだ。
 終盤のキジマの記憶喪失の扱い方は少々安易で、「そんなに都合よくいくか〜?」と不満を感じるものの、最後の最後まで謎解きで引っ張り続けて意外な結末につなげたのは見事。オーソドックスな推理方法さえも、新鮮に感じられる。

ブダペスト

ブダペスト
シコ・ブアルキ(著)
【白水社】
定価2100円(税込)
ISBN-4560027404

評価:★★★

 句点、読点が入り乱れ、会話もカギカッコに入っていない変則的な書き方! 慣れるまで少々読みにくい。改行さえも最小限に、著者の心赴くまま(実は巧妙に計算されて)、物語は続くのだ。おまけにクソ真面目に読めば読むほど、わけがわからなくなるのだから、始末が悪い。「えっ?」「おい、ちょっと待て」「ん?」。何度、悩んだことか。やっと最終章「その本を書き終えて」に至ってなお、疑問山積というクセモノだ。
 主人公「僕」はハンガリー語習得に奮闘する。ほぼ完璧に使いこなせるようになった後、「僕」は久しぶりに自分の言語を耳にして「未知なる言語」のような錯覚、「何やら人生をリセットできたような」快感まで抱く。ある外国語を体得することは、自分のなかに別の人間を創造することでもあるのだろう。単なる意思疎通の道具にとどまらない、言語というものが持つ力、思考や感情に与える影響を考えさせられる。

ページをめくれば

ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
ISBN-4309621880

評価:★★★★

 巻末の「解説」に「SF、ホラー、ファンタシー、ミステリとヴァラエティを心がけた」とあるとおり、収録全11篇すべて読み味が違い、なかなかオツな1冊だ。
 特に気に入ったのは3篇。「いちばん近い学校」では、新しい生徒を受け入れるにあたり、本人たちを前にして、先生や教育委員会関係者が動揺しまくる様子に大笑い。なんせビックリ新入生なのだが、コドモ同士の「神さまがこういうふうにお造りになったの」と互いの違いを認め合い、心触れ合う場面がとてもいい。「しーッ!」の主人公・病気がちのダビー君の想像力というか創造力の賜物「あいつ」は、「チュイーンしゅるしゅる」だの「ちゅぱっ」だの、あげくに「ずぞ、ずぞぞぞぞ」だの、気持ち悪い音のオンパレードでマジ怖い。読後はそれこそ、おぞぞぞっ。一方、心和むのが「小委員会」。やはりコドモの好奇心と順応力はたいしたもの。しかし、この物語では母親たちの賢さと勇気にも要注目だ。