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 佐久間 素子の<<書評>>


終末のフール
終末のフール
伊坂幸太郎(著)
【集英社】
定価1470円(税込)
ISBN-4087748030
評価:★★★★★

 八年後に小惑星が落ちてきて、地球が壊滅的状態になると報じられて五年。当初、略奪や暴動でひどい状態だった町も小康状態となっていた。そうした世界で生きる人々の8つの物語である。軽妙だけれど、軽すぎない。つらい話もあるけれど、重すぎない。生きている人や、死んでしまった人、本書にはたくさんの人が登場するが、すごいのは、その誰もにきちんとこれまでの人生が与えられていること。この期に及んで恋人探しを始める『冬眠のガール』や、この期に及んで妻が妊娠して悩む『太陽のシール』。死んだ妻にとらわれつづける『天体のヨール』。そして、父を見捨てるひきこもりのような端役にいたるまで。正しいとか間違ってるとか、強いとか弱いとか、著者は、そんな言葉で人を割り切ろうとしない。最高傑作だと騒ぐほどではないとは思うが、当たり前のようにいいというのも、またすごいな。人が生きていくことを慈しむ思いが、強くてまっすぐで、私はこの薄い短篇集を好きにならずにいられない。

そろそろくる
そろそろくる
中島たい子(著)
【集英社】
定価1260円(税込)
ISBN-4087747999
評価:★★★★

 「私に子宮が付いているというより、子宮に私が付いている、と言った方がよい」。そうだそうだまったくだとため息が出る。結局のところ、ひとつきのうち四分の一程度は、体なり心なりが女性ホルモンの影響下にあるわけだ。うすうす気づいていたけれど、PMSという症状を知ったときは呆れたもの。それがホルモンの仕業だというのならば、感情や性格って一体なんなの、と。
 PMS=月経前症候群。生理前の、眠かったりお腹がすいたり怒りっぽかったり寂しかったりする症状をいう。最近は雑誌でもよくみかけるけれど、さすがに小説では初めて目にした。体がテーマの小説はエキセントリックなものが多い気がするし、本書のような等身大感覚はけっこう新鮮だ。穴場的存在かも。調子が悪いのも日常であるのならば、折り合いをつけて生きていくしかないのだと、すとんと腑に落ちる。ゆらゆら揺れる体がちょっと愛しく思えてきたり。実用的な効能がちゃんとある一冊だ。そして、後学のために、とりあえず男子も読んどけ。

恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
評価:★★★★

 食べ物を題材にした六編の短篇集。食と恋をかけあわせて、官能というありふれた答えを導きださないのが、作者の作者たるゆえんだろう。官能に溺れるのもまた才能のうち。ここに登場するのは、そんな才能などもちあわせない、いたって現実的な女たちだ。夢も見るが、計算も忘れない。健全な食欲も、不健全な恋愛も、とっても人間的なのだ。
 巻頭作『野蛮人の食欲』からして痛快。恋しているのに、愛されない関係に別離を告げて三ヶ月。三年間避け続けてきた男に誘われて、焼き蛤を食べにいった料理屋は、とんだゲテモノを供する店だった。この短編の最後の一文が、帯にもある「食べられるものはなんでも、おいしく、有り難く、いただきませんとね」なのだ。オチはわかったって? いやいや、短編の面白さはディティールにありだからね。荒療治な会食で、やさぐれ縮まっていた心が動き出す様子にわくわくせずにいられない。ヤモリですらおいしそう。ほとんどやけっぱちな前向きさに拍手を送りたい気分だ。

まほろ駅前多田便利軒

まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703

評価:★★★★

 東京のベッドタウンまほろ市で便利屋を営む多田と、何かと謎の多い居候の行天。犬の世話や、塾の送り迎え、些細な依頼の向こう側には、色々事情があるもので。
 二人の設定は三十代前半というところだろうか。美しい顔、子どもっぽい言動、しかもケンカをさせれば滅法強く、ときに酷薄。行天のありえないキャラにニヤリ。何というか、限りなく幻想が入ってる感じ。実際のところ、この本、濡れ場なし、事件あり、しかも文章上手なやおいだ!と思うんだけど、どうかな。著者のエッセイがサイトにアップされるのを楽しみに待っている私は、この小説も、暴走気味の脳内妄想から派生したものだと勝手に納得しているのだけど、かまわないかな。楽しかったけど、老若男女問わず支持される類の小説なのだろうか、といらぬ心配してみたり。お約束のキャラこそ、うまく動かすのは難しいこと。面はゆいような人と人との優しい距離感をみんなが楽しめるといいのにな。

トーキョー・プリズン

トーキョー・プリズン
柳広司(著)
【角川書店】
定価1680円(税込)
ISBN-4048736760

評価:★★★★

 戦時中、行方不明になった相棒の消息を知るため、NZ人フェアフィールドは巣鴨プリズンを訪れた。折しもプリズン内では密室殺人が発生。記憶喪失の囚人貴島は、記憶を取り戻す調査の手伝いを交換条件として、事件の推理をするように提案されていた。
 全く次元の違う三つの謎を同時進行で解き明かしていくという、とても魅力的なミステリなのだが、トリックに無理があったり、偶然が多すぎたりと、残念ながら醒めてしまう部分はある。ああ、でも、どうだったかと問われれば、すごく面白かった!と答えてしまうな、きっと。謎も人も雰囲気も、独自の危うさをただよわせていて、目が離せないのだ。そして、がつがつ読んでいるうちに、どうしようもなく暗いものにぶつかってしまう。戦争のおとす影の、思いもかけぬ深さに呆然とする。極限化で人がどこまで人であることを失うか、そんな疑問を宙に浮かせたまま、読者は本を置かねばならず、貴島の、貴島であった多くの人の、損なわれてしまった明るい未来を悼まずにいられない。

イラクサ

イラクサ
アリス・マンロー(著)
【新潮社】
定価2520円(税込)
ISBN-4105900536

評価:★★★★

 「長篇小説を凝縮したかのような」と帯にあるが、激しく納得の短篇集。九編という数は実に良心的だけれど、けっこう閉塞感があるので、一気読みは胃もたれ必至。ハーレクイン的で、短篇集中もっとも軽い『恋占い』でさえ、そのこってりした心理描写で、読みごたえは十分なのだ。濃厚な人生のエッセンスを、ぜひとも時間をかけて堪能してもらいたい。
 余命を告げられるほどの病気と闘っている女性が主人公の『浮橋』がいい。彼女は、体調の悪さと、うだるような暑さと、気に障る親切に責められている。医者に知らされた病気の進行状態に混乱し、自分の態度のせいで自己嫌悪に陥っている。そして、そんな一日の終わりに偶然訪れる、ささやかなドライブの時間。突然与えられる、あまりの静けさと美しさに、読者までもが息をのむ。何てことない日常の一こまでありながら、平凡で退屈な人生を輝かせる魔法のような一瞬が、こうして確かに切り取られているのだ。

ブダペスト

ブダペスト
シコ・ブアルキ(著)
【白水社】
定価2100円(税込)
ISBN-4560027404

評価:★★★

 著者はブラジルのマルチ文化人。本国では権威ある文学賞を二つも受賞していると、鳴り物入りの紹介である。「越境−対比から融合へ−」という解説も、文学然として敷居が高い感じ。融合してるのかな? どちらかというと、行ったり来たりしたあげく、居場所がなくなってしまったダメ男の話と読めるんだけど。……誤読かしら。
 ゴーストライターの主人公は、リオから逃げてブダペストへ行ったり、ブダペストに見捨てられてリオに戻ったりという生活を送っている。それぞれの地には、それぞれの女。肥大したプライドをかかえながらも、時には、あっさりとそれを手放してみたり。唯一、言語に対する執着が、彼の感受性のありかなのだ。まるでむきだしの状態で、知らない言語に対峙する彼の姿勢は、この小説におけるたった一つの誠実。それなのに、ラストは、そんな彼にこそ手ひどく効き目のある、大仕掛けの裏切りで、またもや煙に巻かれてしまう。変化球のメタ手法といえばそれまでなのだけれど、深い混沌にのみこまれるような読後感はちょっと格別かも。

ページをめくれば

ページをめくれば
ゼナ・ヘンダースン(著)
【河出書房新社】
定価1995円(税込)
ISBN-4309621880

評価:★★★★★

 著者の「ピープル」シリーズは、恩田陸が『光の帝国』でオマージュを捧げた作品である。後書きによれば、本書は再編集であるものの、未訳作品も多く、その中には「ピープル」シリーズ一編も含まれるとのこと。まさにファン待望。そして、未読の私もしっかり満足したと言い添えておかねばね。古き良きといいたくなる穏やかな筆致。多彩なストーリーテリング。期待どおりの温かさと、思いもかけぬ苦さに、心を揺らせてほしい。
 温かい作品を挙げる人は多いと思うので、私は苦い『おいで、ワゴン!』を。特殊な力を持っていても、違う星に生まれても、子どもはみな同じ。差異は大人が生むのだと考えていたであろう著者のデビュー作だ。少年の持つ不思議な力と、その消滅が、おじの目線から描かれている。少年の力を、子どもらしさと読みかえるのは簡単なこと。大人と子どもの間に立つおじがうそぶく、「おれは子どもが好きじゃない」という台詞が切ない。こぼれおちる愛情と畏れは、大人である私たちが子どもに対して感じる普遍的な気もちなのかも。