年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
佐久間 素子の<<書評>>


女たちは二度遊ぶ
女たちは二度遊ぶ
吉田修一 (著)
【角川書店】
定価1470円(税込)
2006年3月
ISBN-4048736825
評価:★★

 男視点から、女性をえがいた11の短編。たいていは恋愛という形で始まり、つきはなしたりつきはなされたりして終わってしまう短い関係には、甘さのかけらもない。男は断ち切られてしまった関係を深追いせず、女はあっという間に名前を失くす。無自覚に、あるいは確信犯的にという違いはあるけれど、ほとんどに共通するのは、いい加減なダメ男の一人称。ドライな筆致を保っているけれど、ダメな俺が好きというナルシスト臭が気になる。色とりどりの女性よりも、男の甘えばかりがリアルで、読んでいて愉快ではなかった。
 十三歳の少年少女が、一日限りのデートをする「最初の妻」。無邪気さゆえに、人を傷つけてしまった幼き日を、ほろ苦く思い出すという小品だ。この短編集にいれられていなければ、三つ子の魂百までとは、よく言ったもんだなんて、少年の残酷な幼稚さに、こうもうんざりしなかった気がする。しっかり、毒されてるなあ。ていうか、著者の思うツボ?

強運の持ち主
強運の持ち主
瀬尾まいこ (著)
【文藝春秋】
定価1300円(税込)
2006年5月
ISBN-4163249001
評価:★★★

 帯の「がんばって。きっといいことがあるわ」は、OLから転職して占い師になった本書の主人公・ルイーズ吉田(笑)の営業トーク。彼女、占いは適当、直感がたよりの占い師だから、けっこういい加減なのだが、人間観察の的確さがきいて、評判も上々なのだ。思い切り女子向けのパッケージだし、間口が狭い小説かと心配したが、ミステリ風味で飽きさせないし、現実的で前向きな素直さがいい。こういうまっとうな明るさは、みかけ以上の価値があると思うのだ。
 表題作。「強運の持ち主」でありながら、とてもそうは見えない、のんき彼氏の星回りに危機が訪れて、ルイーズがあわてふためく話である。たかが占い、されど占い。「自分で踏み込まないと根本的なことは何もわからない」とわかっちゃいるのに、占いにとらわれてしまうのが女ってもの。そんな彼女が最後に出す結論やいかに。占いはいいことだけを信じることにしているのー、といいつつ、悪いことも気になっちゃう小心者は読んでみてはいかが。

配達あかずきん

配達あかずきん
大崎梢 (著)
【東京創元社】
定価1575円(税込)
2006年5月
ISBN-4488017266

評価:★★★

 ささやかだけれど不思議な謎があり、明快な謎解きがあるという、スタンダードな「日常の謎」系ミステリ。ここでの、「日常」は「本屋の日常」であるというのがポイントで、そういえば、古本屋ミステリは思いついても、本屋ミステリは聞いた覚えがない。舞台にするなら、古本屋の方がロマンがある(ような気がする)ものね。普段、本を読みつけない人も多数出入りする本屋は、それは散文的だろう。でも、本書の魅力は、面倒な接客もこなしつつ、この仕事が好きだからのリアルも忘れない、書店員の魂に宿っている。決して本マニアではないが、優秀な職業人である登場人物たちも好感度高し。
 評価の対象となるべきは表題作だろうが、個人的には『六冊目のメッセージ』がお気に入り。甘いといわれようが何といわれようが、本でつながるボーイミーツガールを夢想しない(元)文学少女なんてにせものでしょ。その他、本屋でパンダといったら、という自明の回答を、無理矢理発展させていく『パンダは囁く』も捨てがたいなあ。

鴨川ホルモー

鴨川ホルモー
万城目学 (著)
【産業編集センター】
定価1260円(税込)
2006年4月
ISBN-4916199820

評価:★★★

 ホルモーとは、オニを使役し、戦わせて勝敗を競う、対戦型の競技のことをいう。ホルモーを競うのは、京都の東西南北に位置する四つの大学に代々続くサークル。これは、何の因果か、そんな京大青竜会に属することになった大学生のお話である。変な話だ。二十センチほどの大きさで、顔は茶巾絞りの如きオニは、ダメージを受けると、その絞りをめりこませ、しかし、レーズンを補給すると復活する。って何だそりゃな、変ルールの数々が具体的、かつ独創的。頭でっかちな、おこちゃま大学生に辟易しながら、割に醒めた目線で読んでいたのだけれど、途中でまきこまれてしまった。京都ならおこりかねない、大学生なら順応しかねない、大まじめなホラ話が熱く展開して愉快愉快。
 難を言えば、仮性変人しか出てこないのが少々物足りない。キャラがかぶるので、失礼して比べさせてもらえば、プライドと韜晦と妄想のせめぎあう『太陽の塔』の方が青春小説としても、一枚上手の感あり。

主婦と恋愛

主婦と恋愛
藤野千夜 (著)
【小学館】
定価1575円(税込)
2006年6月
ISBN-4093797374

評価:★★★★

 熱にうかされたような日韓ワールドカップの開催中、サッカー好きの地味な夫と、雰囲気にのっかる妻と、なんとなくお近づきになった人々との日々がえがかれる。北海道のドイツ戦で知り合った、フランクな女の子との、サッカー談義にそわそわする夫。カニパーティーで知り合った、フリーカメラマンに微妙にむかつく妻。格別、理性的でも感情的でもない彼らのゆらぎは、小学生ですら恋愛と呼ぶにはためらうような淡いもの。恋愛と銘打つにはあまりにも曖昧。お祭り騒ぎの非日常というにはあまりにも平凡。何事もなさげな毎日に、ふわふわただよっているさびしさやあたたかさは、切実なものではないけれど、やっぱりこころは波だってしまって、途方にくれるしかない。途方にくれたところで、立ち向かいもしないのだから、様々な感情は名前もつけられないまま、時間と一緒に溶けて流れていくのだ。 
 皮肉も感傷もドラマもない、あっさりした小説だ。でも、平凡を平凡のまま書いて、読みごたえのある小説にしあげるのは、きっと簡単なことではない。

空高く

空高く
チャンネ・リー (著)
【新潮社】 
定価2520円(税込)
2006年5月
ISBN-4105900544

評価:★★★

 「ここ、地上半マイルの高さからは、すべてが完璧に見える」。中古のセスナで一人の飛行を楽しむ初老の男、ジェリーは考える。確かに地上は雑事にまみれている。年老いた父は少々モウロクし、長年の恋人からは別れを告げられた。息子にゆずった会社は経営があやしく、娘は重い病気にかかる。重要な局面ではいつも逃げ腰で、大切な人を傷つけてきたジェリーは、何もしようとしないという自分の罪を十分承知している。愛する気もちに嘘はないのに、彼らは離れていきそうになり、ジェリーは彼なりに努力をはじめる。
 ジェリーの一人称は饒舌で、その思考を忠実にたどるように、あっちこっちを行ったり来たりするので、非常に長いセンテンスを必要とする。身をまかせてしまえば、そのリズムはとても心地よいもので、彼の心によりそうことは、さほど困難ではない。彼の怠惰も愛情もなんだかいとおしく、不器用な家族の再生にエールをおくりたくなってしまうのだ。

果樹園

果樹園
ラリイ・ワトスン (著)
【ランダムハウス講談社】
定価2310円(税込)
2006年5月
ISBN-4270001259

評価:★★★★

 若きりんご農園主ヘンリーと、遠い北の国からの移民だった美しい妻ソニヤ。ソニヤをモデルにする著名な画家ウィーヴァーと、芸術家気質の夫を支えてきた初老の妻ハリエット。危ういバランスで成り立つ二組の夫婦のそれぞれの愛の形は、四人の口から順々に語られる。行きつ戻りつする時制が、終焉に向けて収束していく構成。辛気くさいうえに格調が高く、はじめはずいぶんとっつきにくいのだが、辛抱してつきあっていると、四人の輪郭が次第にうかびあがってくる。著者に導かれて、人間の陰影や、それぞれの関係性の綾さえ、読者は感じることになる。著者はまちがいなく、直接書かれている言葉以上の景色を、読者に見せる力を宿している。
 故郷から遠く離れた地で、過去の不幸を受け止めあぐね、金のために、夫以外の男性に裸身をさらすソニヤ。見られているという高揚が、彼女の逃げ場のない日々をわずかに照らす。その慎ましい行為の、罪深さが恐ろしい。芸術小説としても出色なのだ。

わたしを離さないで

わたしを離さないで
カズオ・イシグロ (著)
【早川書房】
定価1890円(税込)
2006年4月
ISBN-4152087196

評価:★★★★★

 さまざまな謎を抱え込んだ物語は、ミステリともいえるし、SF的でもある。全貌をつかみたくて、読者はページをめくらずにはいられない。謎がとけたところで、この広大な世界のまんなかで呆然と立ちすくむしかないくせに。この風景は「世界の終わり」に、ずいぶん近いような気がする。
 キャシーは、提供者を世話する優秀な介護者である。かつての仲間を世話しながら、キャシーはヘールシャムという全寮制の施設で過ごした幼少時代を回想する。奇妙なルールをもつヘールシャムだが、子どもにとってはそれが全世界だ。親しい友人と、気になる男の子、なつかしい日々。穏やかな口調で、克明にたどられる過去は決して特異なものではない。彼らと我々は何も違わない。でも、謎が明らかになったとき、たじろぐ読者を置いて、当事者である彼らは、その特異な運命にむかって行ってしまうのだ。全人生をかけて培われたあきらめの深さに、たった数時間の読書行為がおいつくはずもなく、ただかなしみにとらわれて、未消化のまま、私は為すすべもない。再読すると思います