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ドライブイン蒲生 赤い指 温室デイズ 夜をゆく飛行機 初恋温泉 ハピネス キサトア Lady,GO きみがくれたぼくの星空 数学的にありえない


ドライブイン蒲生
ドライブイン蒲生
伊藤 たかみ(著)
【河出書房新社】
定価1470円(税込)
2006年7月
ISBN-4309017665

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評価:★★☆☆☆
 家族を描いた短編集。どの一家もどこかが歪み、息子や娘がひどく冷静に自分の親のダメさ加減を観察している。ちゃちな刺青を左手に入れたショボいドライブインのマスター、「ハッキョ―」して息子を張り倒すかと思えば急に優しくなるような精神不安定な母親、革靴購入が趣味で、深海魚「リュグウノツカイ」について熱く語る父親、一様に冴えない。
 しかし、ダメ親ほど、ダメ親だからこそ愛しいとでもいうのか、子供たちは皆、さんざん恥をかかされ嫌な思いをさせられてもなお「親」への愛着を隠さず、許そうとさえするのだ。まことにお優しいことである。誰かひとりくらいは、親を徹底的に恨んで憎み倒し、記憶から抹殺して生きるような子供が見たいものだ。
 全3編、同じ読み味。何だかんだいってもやっぱり親子、絆は断ち難いものなんですよ、いいものですよネ、と諭されているようで、背中がムズムズする。

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赤い指
赤い指
東野 圭吾(著)
【講談社】
定価1575円(税込
2006年7月
ISBN-4062135264
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評価:★★★★★
 ★5個では不足。10個か、それ以上捧げたい。おそらく、本書を越える小説には当分出会えないであろう。それほど腹にズシリとこたえた。何度も息を呑んだ。身近に犯罪者を抱えたとき、家族が、人間がどうなるか。ひとの弱さ、脆さ、狡さ、哀しさ、そしてかすかな良心の煌きを、繊細かつ緻密に描き出す著者の冷静な筆致が素晴らしい。
 前半は<この親にしてこの子あり>。根性の腐り切った中学生の甘ったれ息子を溺愛する愚かな母親と、彼らの言いなりになるだけの不甲斐ない父親。とどめは老母の介護問題と嫁・姑の確執が絡んだ絶句茫然の隠蔽計画。歯ぎしりするほど腹が立つ。しかし後半、辣腕刑事・加賀の捜査が進むにつれて怒りは収まり、いつ、どのように何が暴かれるのか、加賀の手腕に興味が移る。期待に緊張感が高まり、にわかに鼓動が速くなる。「あなたは肝心なことを知らない」……?! 衝撃的な真相に胸が痛んだ。加賀刑事が長くひとり抱えてきた想いを最後の最後に語り切る、小道具の使い方も見事だ。

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温室デイズ
温室デイズ
瀬尾 まいこ(著)
【角川書店】 
定価1365円(税込)
2006年7月
ISBN-4048735837
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評価:★★★☆☆
 小学校高学年から中学校まで延々と続く、陰湿でタチの悪いいじめ風景がリアル。小学校時代に「いい気になって」いじめの先頭に立っていた女子・みちる、いじめられっ子が転校するに至って「後悔した」「悲しかった」「うわべの楽しさに流されてしまっていただけ」とは、確信犯のくせに笑わせる。小6にもなって相手を追い詰めることがわからないのは馬鹿だ。しかし、そのいじめられっ子も奇妙なのだ。中学入学式の日にかつて自分をいじめた連中と再会し、「懐かしそうに声をかけていた」ときた。お人好しなのか、ヌケてるのか。過去は水に流してオトモダチ、そんな都合の良すぎる人間関係には納得できない。
 みちるが、「強い立場」にいた人間特有の鈍感さ、空気の読めなさゆえに中学校で執拗ないじめに遭うのは当然のなりゆきだが、今度は<いじめに屈せず学校を救う>ヒロイン気取り。何なんだ、この展開。学校がそれほどご大層な場所か? ピンとこない話である。

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初恋温泉
初恋温泉
吉田 修一(著)
【集英社】
定価1365円(税込)
2006年6月
ISBN-4087748154
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評価:★★★★☆
「相模湾が見渡せ、流れ出る湯の音に混じって、夜空の下から波の音が聞こえてくる」「ヒバ造りの浴槽らしく、扉を開けたとたん、木の香りがツーンと鼻にくる」「ちょっと錆くさいお湯のにおいが鼻をついてくる」、温泉の特徴をつかんだシンプルな描写。想像力をそそる。全5編、舞台は実在の温泉旅館だが、本書を読めば行った気になる、ではなく、行ってみたい、と思わせるところがニクイ。
 一押しはなんといっても「純情温泉」。主役は17歳の高校生カップル。親公認でそれなりの仲のふたりだが、いざ旅館に来てみれば、イチャイチャしたい盛りの彼氏は湯上りの浴衣姿の彼女にウットリ、「貸し切り露天風呂」にドキドキ、「やっとふたりだけになれた」嬉しさにもうメロメロ。一生懸命で幸せそうで、実に微笑ましいのだ。17歳ならではの一途さが、照れくさく、眩しく、羨ましい。一生に一度の10代、その年齢でしか味わえない想いや体験は絶対にある。ずっと仲良くな〜!と応援したくなるいい話だ。

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ハピネス
ハピネス
嶽本 野ばら(著)
【小学館】 
定価1365円(税込)
2006年7月
ISBN-4093861684

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評価:★★★★☆
 先天性心奇形のために医師から「余命約十日」と告げられた「彼女」は、ついに憧れの「完全武装のロリータさん」デビュー。私は「ロリータさん」を知らず、「クラシカルリボンジャンパースカート」や「トーションレース」といった「お洋服」用語も初耳。ロリからの連想で<萌え〜なオコチャマ恋愛モノ>かと思ったが違った。「ロリータ」じたいは、どうでもいいのだ。残り僅かの人生を完全燃焼すべく、彼女はたまたま自分の趣味のロリータに走っただけ。自分だったら何を遂げるのか、肝心なのはソコだった。
 確実に死ぬとわかってから日々が切実に濃密になり、いろいろなものが美しく見え始め、生きる意味、死ぬ意味を問う話は珍しくない。しかし本書は、「彼女」とともに過ごす恋人「僕」に抑制が効いていて、ベタベタのお涙頂戴で終わらないところがいい。また、主人公の友人といったよくある脇役を省き、あくまで<彼女と僕>で勝負したのも正解。

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キサトア
キサトア
小路 幸也(著)
【理論社】
定価1575円(税込)
2006年6月
ISBN-465207784X
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評価:★★★☆☆
 人間を越えた、より大きな存在への畏怖や敬意、自然に対する謙虚さなど、読み方しだいでいろいろなメッセージが感じられそうな作品。舞台は架空の海辺の町。大人も子供も素朴な生活を営んでいる。正直なところ、童話ちっくで骨がなく、展開もまだるっこしい。しかし、そのユルユルさゆえに、読み手も自由にイメージに浸れるわけで、しばし殺伐とした現実から逃れ、想像世界に遊んでみるのも悪くはない。
 後半、少年・アーチが参加する「マッチタワーコンクール」、これは新鮮だ。多種多量のマッチを使って芸術作品を作るだけでなく、最終的に点火し、燃え尽きる姿の美しさを競うもの。マッチの炎は頭の色や軸の木質、組み合わせ方で変化する、よって「かなり複雑で綿密な計算」が必要、となれば、どんな結果になるかワクワクする。アーチの製作過程での苦心や作品のできばえをもう少し詳しく描写してあると、なおよかったと思う。

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Lady,GO
Lady,GO
桂 望実(著)
【幻冬舎】 
定価1575円(税込)
2006年7月
ISBN-4344011953
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評価:★★★★☆
 23歳の派遣社員・玲奈がキャバクラ嬢「みなみちゃん」デビュー。最初は繋ぎ仕事のつもりだったのに、成績アップにつれて欲が出る出る、自分磨きに精も出る出る。その心境変化はとてもよくわかるし共感もできる。努力が報われる、特に順位や金銭のような目に見えるかたちで認められるのは嬉しいものだ。
 先輩たちから玲奈が学ぶ<売り込みテク&顧客フォローテク>の数々は、小さなことだが、やるとやらないとでは明らかに差がつくことばかり。<デキる社員はここが違う>、そんなビジネス誌の見出しが浮かぶ。客商売や営業活動に壁と限界を感じているひとには、いい刺激になるかも。
 ひとりの女性の劇的変身物語に、働く人々へのエールを込めたオツな一冊。ポップな黄色のカバーにもパワーを感じる。オビのデザインがひときわ楽しい。

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きみがくれたぼくの星空
きみがくれたぼくの星空
ロレンツォ・リカルツィ(著)
【河出書房新社】
定価1680円(税込)
2006年6月
ISBN-4309204619
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評価:★★★★★
 老人ホームに暮らす主人公・トンマーゾは、80歳にして恋に落ちる。お相手の「エレナ・マッティは七十七歳で、とても美しい人」。ふたりは「年が若かったらこうはいかない」やり方で、ゆっくりと親密な関係を築いていく。トンマーゾへの誕生日プレゼントや、彼宛ての手紙から伺えるエレナの賢明さと愛情の細やかさは、とりわけ印象に残る。
 また、理学療法士・ステファノが、トンマーゾの劇的な恋愛以後を綴った最終章は必読。もはやトンマーゾは単なる恋する老人ではない。たとえば彼は言う。「もう手遅れだという日を待っていないでくれ。そんな日は遠からずかならずやって来る。その日になったら気がつくだろう」「人生はもう、わずかな部分を残して、生き直すこともできなくなっていることに。その日になって後悔しないでほしい」。長きに渡って喜怒哀楽を味わい尽くし、しかも老い先短い<人生の先達>としての彼の言葉に説教臭さは微塵もない。経験からくる事実の重みにただ打たれるのみ。最期まで自分自身を生きたトンマーゾは、幸せな男だ。

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