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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

風が強く吹いている
風が強く吹いている
三浦 しをん(著)
【新潮社】
定価1890円(税込)
2006年9月
ISBN-4104541044

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  小松 むつみ
 
評価:★★★★★
 運がよければ1年にいちどくらい、「これは!」と思える本に出会います。本読みにとって、それは至福の瞬間です。とくに、それまで読んだことのなかった作者だとなおさらです。そこから、その作者のものを読んでいくという楽しみが始まるからです。「風が強く吹いている」は、そういう一冊でした。
 安下宿で暮らす10人の学生たちが箱根駅伝を目指すという、青春もの王道ストーリー。10人それぞれが、挫折と希望のはざ間で揺らめきながら、いつしかひとつの目標に向かって走り出す。執念ともいえる粘り強さで、彼らを引っ張るハイジ(主人公のニックネーム)の静かな、しかし力強い闘志に、誰もがエールを贈りたくなるに違いありません。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 本の中の10人とともに箱根を目指すようで心が躍りました。
 まずは、おんぼろアパートに住む学生たちが、ぎりぎりの10人だけで箱根駅伝出場を狙う無謀さに驚かされます。しかも7人は陸上の素人……。それがリーダーの清瀬の、時に老獪な、でもあくまで誠実な指導によって、各々が情熱を持ち、こつこつと鍛錬し夢を現実にしていくのです。それぞれの長所を生かして力を発揮していくプロセスがすてきです。
 キャラがみな立っていて、一人たりとも筋書きのための装置になっていません。清瀬と蔵原のBLの香りさえする固い絆に感動するもよし、運動音痴の美少年にはらはらするもよし。黒人が速いという偏見をぶっ飛ばす留学生ムサもいます。箱根を目指した一年は、このまま時が止まってほしいぐらい濃厚な時間で、一度きりのきらめきなのですが、夢の時間はそこで終わることなく、皆の胸に灯台のようなあかりをもたらします。
 箱根駅伝には、寒い中何キロも走って酔狂なというお粗末な感想しか持っていなかったのですが、今度は違います。彼らがどれだけ努力し、何を考えながら走っているのかに思いをはせながら、この正月は、力走を見守りたいと思います。

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  神田 宏
 
評価:★★★★★
 直木賞作家、三浦しをんの受賞第1作。受賞作「まほろ駅前多田便利軒」もすばらしかったが、こっちもいいぞ。しかし、三浦しをんの作品の登場人物はどうしてこうも男くさいのか? マッチョなスポ根ではないのだけれど、なよっとしていてそして時に繊細なのだが、登場人物たちはそれぞれに男のにおいを漂わせ、外見はともかく、心は超イケメンなのだ。おんぼろアパート竹青荘(通称アオタケ)の住人、清瀬灰二(ハイジ)がある晩、町を疾走する万引き犯、蔵原走をつれてくるところから物語りは始まる。アオタケの住人はそれぞれ個性豊かな寛政大生で占められていた。寛政大新入生で10人目の住人となった走を得て、ハイジは住人(10人)を前に宣言する。「十人の力を合わせて、スポーツで頂点を取る」「目指すは箱根駅伝だ」と。それから、10人のはちゃめちゃなそして厳しい練習が始まるのだった。最初は乗り気でなかった住人達も、ハイジの熱意や走の真摯な姿にうたれて、それぞれが、それぞれの目標を立ててロードに出てゆくのだった。そして、ハレの舞台箱根駅伝では……もちろん感動が待っている(10人分の感動がハイジの走りに収斂して怒涛に押し寄せる!)のだが、それは読んでからのお楽しみ。人物設定と描写の妙。笑いあり、悲しみあり。三浦しをん素晴らしすぎます。ファンおなじみの「白い車」もしっかり出てくるぞ。ページをめくるのがもったいなく、でも早く箱根の結果知りたいしで身悶えた一冊でした。

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  福井 雅子
 
評価:★★★★★
 文句なしの五つ星。素晴らしい!の一言。絶対お薦めである。
 才能に恵まれ、走ることを誰よりも愛していながらも走ることの意味を見失いかけていた走(かける)と灰二が出会い、陸上とは関係なく集まっているおんぼろアパートの住人たちとともにたった10人で箱根駅伝を目指す。
 10人の人間がひとりひとり魅力的に書き分けられ、それぞれが迷いながらも箱根駅伝に向かっていく様子を読んでいるうちに、すっかり心を奪われ、もはや気分は寛政大チームの応援団。ひとりひとりがとても個性的で人間的魅力にあふれ、応援せずにはいられない。箱根駅伝当日の丁寧で臨場感たっぷりの描写も見事で、手に汗握りドキドキしながら読んだ。全編を通したテーマである「なぜ走るのか」という問いにそれぞれが苦しみながら自分の答えを見つけてゆく姿がとてもすがすがしく感動的だ。迷う走に灰二が与えるメッセージ『「速く」なるより「強く」なれ』が、心に強く残った。

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  小室 まどか
 
評価:★★★★★
 偶然の出会いで竹青荘が満員になったとき、ハイジの静かだけど揺らがない情熱に引きずられて、ほぼド素人の寮生たちはギリギリ10人で箱根駅伝をめざすことになる――。
 無理に決まってる!と思うのはわれわれだけでなく当の本人たちも同じなのだが、相当食えない男であるハイジの妙な説得力と、今このときしかできないというノリに、これもありかと思わせられてしまう。いつのまにか彼らを真剣に応援し始め、一人ひとりのキャラクターを愛してしまっている。話運びのリズムが、トレーニングのテンポと同期する。さりげなく計算しつくされたうまさ、うなるしかない。
 三浦しをんの作品には、敢えてその後に踏み込まない余裕を残した、爽やかな“風”を感じる――直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』では、背中を押してくれる春風だったとしたら、本作ではもちろん、キリッと澄みわたった新しい年の始まりの風、速く走れば走るほど強くなる風だ。
 山口晃画伯のファンなので、大胆なユーモアで緻密に構成されたカバー装画もうれしい。但しややネタバレなので、読後に余韻に浸りつつ、じっくり細部を堪能するのがオススメ。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 正月なのに何故走る?…の箱根駅伝が舞台。面白い!ただひたすら面白いアンチスポ根小説!だけでは終わらなかった。優れた才能を持ちながら、高校時代事件を起こし陸上部を退部した走(カケル)が、灰二(ハイジ)に安い下宿を紹介すると言う名目で寛政大学陸上競技部にひっぱられたところから話は始まる。ハイジは無謀にも10人の下宿人で箱根駅伝を目指すと言う。陸上経験者は3人だけ、ありえない!ハイジに宥めたり脅されたりした彼らは…10人の個性が際立ち「混乱と怒号」のドタバタの中からスタートする。本来ならここで「捕まった」と思うところが、逆に孤独からの解放感が勝り、読み手をその興奮の中にキッチリと巻き込む。ハイジが繰り返す「速い」より「強い」とはどういうことなのかを、彼らと一緒に考えていく。500頁超の長さも一向に気にならずに夢中で読んだ。頑張れ!と思う時もあれば、やっぱりダメかとも思う。これを繰り返しながら心の底から応援し続けた。結局「強い」の意味は?……「走っていれば、いつかきっとわかる」 走る事と内面を凝視する事は並走する。団体競技が苦手、ひいては集団主義の日本に生まれたこと自体が何かの間違いかもしれないと思っていてもきっと楽しめる(はずだ…)

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★
 強く走る。箱根駅伝に出場するという、知る人にとっては無謀とも思われる目標に向かって、たまたま一緒に住んでいる下宿人たちが駅伝ランナーになる。
 蔵原走は、事情があって全力疾走していたときにハイジこと清瀬に出会う。清瀬は、故障により走ることを半ばあきらめていた時だったが、走との出会いから、再び走る魅力を追い求めはじめた。追求する先は箱根駅伝出場というでっかいもの。もちろん、そんな簡単にできることではない。なんせ、下宿人のほとんどが走ることのシロウトなのだ。だからといって、すぐさまトンデモ話なのかと思わないでほしい。大事にしていたものから離れるつらさ、けれどそれと再びめぐりあえる可能性に出会った喜び。手と足を交互に出して前に走る、そのシンプルな競技を軸に語られているこの物語は、人が心のどこかでいつも願っている普遍的なことに通じている。
 個性あふるる面々が10区それぞれ走る姿を見て、ページを繰りながら臨場感にたっぷりひたれる。読み終わったあとに、表紙の絵をみるとにんまりしてしまう。

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