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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

ぼくと1ルピーの神様
ぼくと1ルピーの神様
ヴィカス・スワラップ(著)
【ランダムハウス講談社】
定価1995円(税込)
2006年9月
ISBN-4270001453
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  小松 むつみ
 
評価:★★★★★
 シンクロニシティというのだろうか。必然に、限りなく近い偶然。自分自身にも経験がある。運命論者ではないが、やはりそういう時は、人為的なもの以外の力を感じずにいられない。
 大金をかけたクイズ番組と、それに挑む青年の貧困と苦渋の生い立ちとの対比が、現代社会の明暗をくっきりと浮かび上がらせる。あくまでフィクションであるので、鵜呑みにするわけにはいかないが、インドの満たされない現実と、その中で必死に生きる人々の姿は、胸に迫るものがあった。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★
 スラムで暮らす無学な青年、ラム・ムハンマド・トーマスが何故クイズに答えられたのか、はじめはその謎解きに興味があったのだが、次第に彼の回想に引き込まれていく。時系列はばらばらに語られる回想は、飢えないために働き、最低限の居場所を見つけることの連続。親友や優しかった人とも、常に別れがつきまとう。
 機転と知恵、そして優しさで主人公が危機を乗り越え幸せをつかむストーリーなので、現代のおとぎ話なのだが、おとぎ話ではざっくり語られるような点が詳細で、冒険というには過酷な体験が明らかになっていく過程で、貧しい人がそこから抜け出せない社会構造や、暮らしぶりがドキュメンタリーのように描かれている。ドキュメンタリーだけどおとぎ話。現代の話なのに、昔話の雰囲気もある。タージマハルで月を見た夜のエピソードがファンタジック。

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  神田 宏
 
評価:★★★★★
 ムンバイのスラム街ダラヴィの孤児、ラム・ムハンマド・トーマスはある日、「赤いライトが光るジープ」に乗せられて逮捕されてしまう(その後も「ジープ」はしばしばラムを悩ませることとなる)。それは彼が、テレビのクイズ番組で10億ルピーという賞金を獲得したからだった。スラム街でウエイターをやっている孤児に12問すべてのクイズに答えられるはずはないと、TV会社と癒着した警察によって拷問にかけられる。だが、孤児のラムはその12問すべての答えを知っていた。いや、むしろすべてが必然的に答えられるのだ。それは何故か? 1000ルピーからスタートして2000ルピー、5000ルピーと質問のたびに増えてゆく賞金になぞらた12章の中でラム・ムハンマド・トーマスの孤児としての生涯が描かれる、そしてそれは現代インドの貧困・人種問題・児童虐待・犯罪・売春とまるで悲惨の坩堝そのものなのだが、ラムはそれらを受け止め、しかし、その状況に甘んじることなく生き抜いてゆくたくましさを持っていた。そのラムの生き方そのものがクイズの答えにつながってゆく。12問すべてを回答していくうちに読者は優しさと勇気、悲しみとそしてちょっぴりずるがしこいラムの世界に浸ってゆく。そして読後には温かい愛に包まれて夢見心地でインドの暑い空気の中に神の3つの名を持つラム・ムハンマド・トーマスが後光を輝かせて立っているのを見るのだ。それは、畏怖と尊敬の対象としてでなく、現代を生きる愛の化身として。

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  福井 雅子
 
評価:★★★★★
 孤児で学校にも行っていない少年がクイズ番組で全問正解して史上最高額の賞金を手に入れるが、インチキだと疑われて逮捕される。疑いを晴らそうとする謎の弁護士を相手に、少年はクイズの一問一問についてなぜ答えがわかったのかを語るが、それは彼の孤独な過去の物語だった。
 「クイズ$ミリオネア」のようなクイズ番組を舞台に、謎解きの形で語られる作品の構成がとてもよくできていて、文章も歯切れよくリズム感があり読みやすい。上質のエンターテインメント作品である。だが、それ以上に素晴らしいのは、この作品がインドの貧困層が置かれた過酷な現実を率直に伝え、彼らがそこから抜け出すことがどれほど困難なことかを、考えさせる力をもっていることだろう。貧困、子を捨てる母、虐待、売春、暴力、強奪、殺人、病気、そして絶対的な身分の差と貧富の差。愕然とするほど厳しい現実だが、その中で「誠実だけれど時に要領よく」生きる孤児の主人公がなんとも憎めない少年だったり、作品全体におとぎ話のような味わいがあったりするおかげで、暗さや重さをあまり感じさせない。背景に重いテーマを置きながら、かわいらしく面白い作品に仕上がっている。

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  小室 まどか
 
評価:★★★★★
 三つの宗教を象徴する名前を持つ、ラム・ムハンマド・トーマスは、インド版クイズ“ミリオネア”で史上最高額を手に入れる。貧しい孤児として育ち、教養もなく本も読まない彼が全問正解できたのはなぜか――。
 物語は、不正の嫌疑をかけられ逮捕された18歳のラムが、問題を順に追いながら、弁護士に奇跡の理由=彼の人生そのものを語る形式で進められる。8歳からの10年間が行きつ戻りつしながら回想されるわけだが、次第につながっていく人間模様、終盤に次々明かされていく驚愕の真実――本書が暇つぶしに書いたデビュー作とは思えないほど、計算しつくされた必然性を感じる構成だ。
 宗教的対立、拡大する貧富の格差、児童虐待や売春……インドの闇の混沌のなかで、経験から学び、とっさの機転でたくましく生き抜いて運をつかみとっていく主人公ラムの魅力と、彼の生い立ちにこうした問題を自然に織り込んでいく、外交官でもある作者の鮮やかな手腕とに、惜しみない賛辞を送りたい。

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  磯部 智子
 
評価:★★
 わたしのインドに対する薄っぺらな知識ではこの作品をどう評価してよいものか。孤児で学校も行かず社会の底辺で生きてきたラム。その彼が「クイズ・ミリオネア」のような番組で全問正解し史上最高金額を勝ち取り不正を疑われる。警察に逮捕され接見した女性弁護士に、波乱万丈の18年間の人生を語り始めると、ひとつひとつがクイズの答えにたどり着く。子供に対する虐待、貧困層の悲惨すぎる生活、売春、宗教対立など漏れ聞くインド社会の問題が彼の短い人生に降りかかり、その試練の中逞しく様々なことを学び取った事が描かれている。それでも最後の「運は自分が作り出すものだってわかったんだ」というラムの言葉にめでたしめでたしと一概に同意できないのは、作家がインドの外交官であり、日本でいう格差社会などとは比べ物にならない支配層出身である可能性に、能力主義と見せかけたインドの現状肯定のように感じてしまうからだ。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 クイズ番組で史上最高額の賞金を勝ち取ったのは、学校にも行かず本も読まない少年だった。なぜ彼はクイズに全問正解できたのか。しかし、多額の賞金を勝ち取ったため、少年は逮捕される。いかさまをしたのではないかと疑われたのだ。奇跡のようにあらわれた弁護士が少年を救おうとする。どうやって答えを知ったのかと問う弁護士に、少年は答えを知っていたからだという。
「あなたが答えを知っていたわけを理解するためには、あなたの人生全部を知らなければならない」
 少年の短い人生を追うことで、インドでの過酷な状況が見えてくる。そして不思議にそれらとクイズがつながっていくことも。ただ問題と人生を追うだけではなく、時々ひねりも入って、物語が退屈にならないように動いていく。
「結局クイズって、知識のテストというより、記憶のテストなのかもしれない」
 なるほど。

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