年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2006年12月のランキング
文庫本班

西谷 昌子

西谷 昌子の<<書評>>

※サムネイルをクリックすると該当書評に飛びます >>課題図書一覧
パンク侍、斬られて候 水滸伝(1) 自転車少年記 負け犬の遠吠え 文壇アイドル論 緋色の迷宮 獣どもの街 移動都市 ジョナサンと宇宙クジラ プラダを着た悪魔

パンク侍、斬られて候
パンク侍、斬られて候
町田康 (著)
【角川文庫】
税込660円
2006年10月
ISBN-4043777035
商品を購入する
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 強烈な読書体験だった。時代劇の舞台と言葉で紡がれる物語の中に、現代の狂騒が織り込まれる。
現代は混乱している……と多くの人は感じているだろうが、しかし、その混乱を言葉にするのは難しい。「今の日本は乱れている」「昔は良かった」と嘆く老人の繰言のようになってしまう。その繰言ですら、使い古されて借りてきた言葉のようになり、実感が伴わないのが現状だ。
しかし、この小説にはその混乱を丸呑みにし、咀嚼して再構成してしまったようなパワーがある。所々に挟み込まれる現代の人間観察のようなもの(大したことのない人物が大会社に入れることがあるのは、面接で涼しげ爽やかに振舞ったからだ、とか)も、時代劇の言葉で語られると不思議な様相を帯びる(前述の例は『涼しげ爽やかの術』と表現されている。『術』という言葉が持つおどろおどろしさに注目したい)。
狂乱の現代に生きることをこれほど鮮やかに、面白く描いてくれた作者にはただただ脱帽するばかりである。

▲TOPへ戻る


水滸伝(1)
水滸伝(1)
北方謙三 (著)
【集英社文庫 】
税込630円
2006年10月
ISBN-408746086X
商品を購入する
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★☆
 不勉強にして水滸伝に関する知識を全く持ち合わせていないので、普通の歴史小説を読むように読みはじめた。
そんな私でも面白く読み進められたのは、第一に作者のキャラクター造形がとても巧みだからだろう。登場人物ひとりひとりの個性が際立ち、各人物ごとのドラマを見せてくれる。また、ひとつの目的のために多くの人間が次第に集まってくる様子は見ていてワクワクする。この人物がどんな役割を果たすのだろう、次はどんな強い人物が現れるのだろう、といった、ものすごく単純だが強いワクワク感。少年マンガのワクワク感にも似ている(ひょっとしたら、少年マンガの担い手たちもこれを読んで夢中になっていたのかもしれない、と思う)。
ただ、随所に出てくる「男だから」「これが男だ」という言葉だけは受け付けられなかった。その言葉が説得力を持つ時代は終わったのではないか。また、女性が判で押したように皆同じ性格なのもちょっと……。

▲TOPへ戻る


自転車少年記
自転車少年記
竹内真 (著)
【新潮文庫 】
税込460円
2006年11月
ISBN-4101298513

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★☆☆
 自転車を愛する主人公が自転車で上京してから、父親になって子供に自転車を教えるまでの物語。
文体も、描かれる風景も、登場人物もとても爽やかだ。自転車での冒険の際、いつも一緒にいる幼馴染。学生時代からの恋人。青春小説ならではの爽やかさが全編に満ちている。それは自転車に乗っているときに頬に当たる風の気持ちよさと重なる。自転車に乗ろうかなあ、という気になる小説だ。
しかし、ここには青春小説にあるべき苦さが欠けているように思うのだ。主人公が体験した失敗といえば、遠距離恋愛中の彼女に浮気がバレ、ふられそうになったことぐらいだ。それも、自転車で彼女の家まで謝りに行っただけ(あえて「だけ」と言う。なぜなら主人公にとっては、自転車で長距離走ることは楽しいことだから)で許されてしまう。青春小説を型にはめようとしているわけではないが、爽やか以外の味を入れて欲しかった。

▲TOPへ戻る


負け犬の遠吠え
負け犬の遠吠え
酒井順子 (著)
【講談社文庫 】
税込600円
2006年10月
ISBN-4062755300
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 「負け犬」が流行語となり、いろいろなメディアで(多分に間違った用法で)使われていたのは記憶に新しい。
改めて読むと、「ああ、あの使われ方ってある意味罪だよなあ」と思わせられる。あの当時、おじさんたちが30代未婚子ナシの女性に向かっては「そういうの負け犬って言うんだよー」などと揶揄していたような印象がある。
だが、そういうおじさんはこのエッセイを読んでいない(あるいは読んでも理解していない)。このエッセイは『負け犬の遠吠え』とタイトルを冠することで、「結婚できない女のひがみ」というそしりを見事に免れたのだと思う。ここに描かれている「負け犬」は、仕事ができて容姿も良く、お金も趣味も恋愛経験もある、という、従来おじさんたちが思い描いていた「負け犬」像とはかけ離れた、結構かっこいい女なのだから。「遠吠え」という手法で、負け犬の長所も短所も余すところなく描けた筆者の手腕は凄いと思う。
だが、少子化は実は男のせい、というくだりになぜもっとスポットが当たらなかったのだろうか。オス負け犬は現在、ものすごい勢いで増えている。

▲TOPへ戻る


文壇アイドル論
文壇アイドル論
斎藤美奈子 (著)
【文春文庫 】
税込660円
2006年10月
ISBN-4167717085

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 斎藤美奈子には「快刀乱麻」という言葉が似合うと思う。
彼女の言葉の切れ味、そして説得力にはいつも胸のすく思いをさせられる。例えば、この本だと村上春樹の語られ方。いつも思っていたのだ。「村上春樹は確かに面白い、けれど、みんなが血眼になる理由が分からない……」。それは私の感覚や感性の問題でもあるのだろうけれど、この本の「みんな春樹の小説をゲームのように読み解くことに夢中なのだ」という解釈には、そうだよそうだよ、と机をたたきながら同意しそうになってしまった。小説そのものではなく、それに付随するもの(解釈の多様性など)によって価値が高められている例がいくつあるだろう。
また、上野千鶴子や林真理子のくだりでは、この国で女が生きることの難しさをひしひしと感じさせてくれる。そして最後の田中康夫のくだりにいたっては、目を見開かざるを得ない。それまでの分析が最後の章に至って実を結ぶのだ。
斎藤美奈子には、これからもくだけた口調でびしばしと突き進んでいってほしい。

▲TOPへ戻る


移動都市
移動都市
フィリップ・リーヴ (著)
【創元SF文庫 】
税込987円
2006年9月
ISBN-4488723012
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 移動して喰い合う都市、という世界観にまずしびれた。一度滅びた文明を再度発掘して利用している世界。主人公はひょんなことから街の英雄の秘密に触れてしまい、都市から追い出されてしまう……。
煙を噴出し、上層部には身分の高い者を、下層部には身分の低い者を乗せてがしゃがしゃと動き回る醜悪な都市。だがそれを絶対だと信じている住人たち。この世界観自体が読むものに何かを訴えかけてくる。それは文明批判というようなはっきりしたものではなく、もっとデリケートで、言葉にしにくい何かだ。もし自分が異星人で、初めて地球を目にしたならこんな想いにとらわれるだろうか……というような、物哀しさ。
少年と少女の冒険も、血沸き肉踊るというようなものではなく、辛さ哀しさが際立つ。だが、読後はほんのり暖かい気持ちになり、早く続きを読みたいと思う。極上の読書を味わえる一冊といっていいだろう。

▲TOPへ戻る


ジョナサンと宇宙クジラ
ジョナサンと宇宙クジラ
ロバート・F・ヤング (著)
【ハヤカワ文庫SF 】
税込840円
2006年10月
ISBN-4150115842
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★☆
 寝る前に、一篇読む。次の日、また寝る前に一篇読む。……そうやって少しずつ読みすすめていきたい短編集だ。
SFだがそれほど難しい設定があるわけではない。少し皮肉が利いている一篇があったり、少し哀しい一篇があったり、暖かい気持ちになれる一篇があったり。共通しているのは、極上のワインを飲んだときのように、ゆっくりと味わい、楽しみ、満足することができるという点である(高いワインなど飲んだことはないが、イメージで書いている)。
解説の久美沙織氏も書いているように、この短編集はとても上品なのだ。だが、ちっとも鼻につかない。各作品ともとても完成度が高く、一篇一篇満足を与えてくれる。こんな短編集には滅多にお目にかかれないだろう。

▲TOPへ戻る


プラダを着た悪魔(上・下)
プラダを着た悪魔 (上・下)
ローレン・ワイズバーガー (著)
【ハヤカワ文庫NV 】
税込693円
2006年10月
ISBN-4150411263
ISBN-4150411271

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★☆
 楽しかった。理屈抜きで楽しかった。とにかく出てくるブランド名が半端じゃない。プラダ、グッチ、ダナ・キャランなどの服がずらずら出てきたら、目を見張らずにはいられないというものだ。また、編集長の鬼っぷり(私生活のために編集アシスタントを使うなんて、考えられないことだ)も、スキャンダラスなものを覗き見る感覚でワクワク読んでしまう。
しかしこれほど映画向けの作品もないだろう。主人公の皮肉たっぷりの独白や、編集長のいやみったらしい態度は活字で味わうほうが楽しいのかもしれないが、これを読んだら「実際にこのブランド服の洪水を見てみたい!」と思わずにはいられない。その点で、活字ならではの楽しみは少し薄い小説なのかとも思う。

▲TOPへ戻る


WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2006年12月のランキング
文庫本班