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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年12月の課題図書

東京公園
東京公園
小路 幸也(著)
【新潮社】 
定価1470円(税込)
2006年10月
ISBN-4104718025
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  小松 むつみ
 
評価:★★★
 カメラマンを目指す青年と、毎日東京中の公園をめぐる若い母親の、ファインダー越しの邂逅と心の交流。若さが眩しい季節のひとこまを切り取ったさわやかな作品。
 枕もとのスタンドの明かりで読んでいるのに、公園の池の水面の反射が、目を細めてしまうほど眩しい。子供たちをやわらかくつつむ木漏れ日が浮かんでくる。
 毎日毎日、一定の距離を置きながらも、ともに公園を歩くうちに、ファインダー越しに見つめるうちに、少しずつ感じているものがあった、わかってきたことがあった。カメラを架け橋に、風変わりな友人たちとの生活から一歩踏み出し、心に芽生えた暖かい思いや、夫婦や家族の静かで控えめながら、深く強い絆の存在を知ることになる。
 心温まる、いいお話でした。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★
 全体にパステルカラーで甘くてほわほわした印象。一人称の語尾に、「思っていたんだ」のように「~んだ」がしばしば使われるのも、なんだかこそばゆい感じ。にも拘わらず、なんだか良かったのである。思うに、この心地よさは本書に出てくる人に真摯な人が多いからかもしれない。写真が本当に好きで、1枚1枚に心を込めて撮影する圭司の姿勢や、しごくシンプルなのに、ふだんはなかなか口に出しにくい事──たとえば、みんなが幸せになってほしいとか、をストレートに表現する富永が気持ちいいのかもしれない。
 写真は撮り方次第なのですね。善し悪しは、写し手が被写体とどう向き合うかに左右されることがよく分かる。そして良い写真にはほんとうの気持ちが写ってしまうことも。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 透明感溢れる、さわやかな一篇。写真家を目指す「ケイジ」がファインダー越しに写し取る美しい人妻「百合香さん」とこどもの「かりん」の何気ない風景。芽生える恋心、のようなもの。吉祥寺の古い一軒屋で同居する、アーティストの「ヒロ」、そこに転がり込んでくる映画好きの女性「富永」。「ケイジ」の感じる恋心のようなもの行方が、ゆっくりと展開していって、それは「百合香」の浮気を疑う夫へと投げ返されてゆく。ジム・ジャームッシュやベンダース。井の頭公園や砧公園。自分の学生時代とあわせて共感しながら読めました。そして、今も「ケイジ」のような若者たちが夢と小さな恋を胸に、都下の公園で語り合っているのだなーと、過ぎ去りし青春を回顧して、おっさんは少し切なくなったのでした。

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  福井 雅子
 
評価:★★
 公園で幸せそうな家族の写真を撮り続けている、カメラマン志望の大学生圭司は、見知らぬ男に、「公園に出かける妻と娘を尾行して写真を撮ってほしい」と頼まれる。そして、何度も通って写真を撮るうちに、話したこともない被写体に恋をする。
 晴れた日の公園で芝生の上に座って空を見上げたときの、さわやかで心地よい感覚や芝生の感触、微かな風の匂いが伝わってくるような作品である。ファインダー越しに被写体を追うカメラマンの視線で書かれているためか、読者もファインダーを覗いている感覚になり、小説を読むというよりは、公園でくつろぐ母子の幸せそうな写真を並べた写真集をめくっているような感じである(帯にある「柔らかな恋の物語」はちょっと違うと思う)。ほのぼのとした読後感はほどよく心地よい。
 ただ、女友達の富永の言動が少し不自然に感じられて気になった。「暮らしていくっていうのはそういうこと……」「誰かのために生きる……」などの言葉も、すべてはこれからという年齢の学生の言葉としてはやや違和感がある。

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  小室 まどか
 
評価:★★★★
 カメラマン志望の大学生・圭司は、家族写真をテーマに、東京中の公園を回っている。そんなある日、男性から、幼い娘を連れて公園巡りを繰り返す妻の尾行を頼まれて……。
 帯の解説を目にして、美しい人妻に恋? ドロドロしそうで嫌だな……と悪い予感を抱えたのも束の間、読み始めた途端、ともかくも居心地のよい空気に包まれる。昔ワルだった同居人・ヒロ、幼馴染のちょっと困った女・富永、血のつながらない姉・咲実と、圭司をめぐる人間関係も複雑に絡み合い、いつ均衡が崩れてもおかしくない危うさを秘めながらも、不思議と清涼感を保っている。それは彼らが、“好きな人みんなの幸せを願い、一緒に生きて行こうとしている”からなのだろう。もう少し洗練が望める部分も散見されるようにも思うが、「途中の日々」をしっかり歩んでいく若者たちの姿を描く筆致のあたたかさ、爽やかさは格別。平日の昼下がり、公園の芝生に寝転がって青空を仰いでいるような気分にさせてくれる。

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  磯部 智子
 
評価:★★
 どこまでも同じトーンで描かれた水彩画のようで、反対色の入らないそれはどこか薄ぼんやりとして夢から覚める前のおとぎ話の危うさがある。物語はカメラマン志望の大学生・圭司が、偶然知り合った男性から、妻を尾行して写真を取ってほしいと頼まれるところから始動する。育った環境も年齢も違う妻に対する夫の疑念と、23歳で2歳の子を持つ妻の「公園巡り」をカメラで追う圭司の中に生まれた感情。不自然な始まりを読み手に自然と受け入れさせるミステリのような展開は、反論を金縛りにするような優しい結末へと導く。未だ人生の「途中」にある圭司とその周辺の人々は、良いカットが撮れたなあ、と思う写真の中にいるようで、ファインダーの外にあって排除したものは何だろうか、この楽園=東京公園には蛇はいないのか、それともその存在に未だ気付いていないだけなのかと考えた。映画『フォロー・ミー』へのオマージュとして書かれたらしいが、少なくとも劇場で見た記憶が私には無く比較する事が出来なかった。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 突飛だったり、ホラーだったり、異質な設定ものを続けて読んだあとだと、この本はふつうで静かでほっとする。
 公園にくる家族の表情をとる青年ケイジ。いまは趣味でもいつか仕事にもと思いながら、その自分の気持ちを確かめるように、公園に通い、人を撮る。ファインダーごしに無言の会話を交わす時もある。ケイジの母親は写真家だった。ケイジが小さい時に死んでしまい、思い出すのは、カメラを構える母親の姿。それもあって、ケイジは今日もファインダーごしに家族をとっていた。そこで出会ったひとりから、不思議な依頼を受ける。自分の奥さんと子どもを撮って尾行してほしいと。
 静かにおだやかに、そしてクライマックスもその静けさにみあうだけのものが展開される。恋らしきものも。そのどれもが安らかで、リラックスな読書となった。

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