WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年1月の課題図書>魂萌え! 文庫本班

魂萌え!
魂萌え!(上・下)
桐野夏生 (著)
【新潮文庫】
税込 上/580円 下/540円
2006年12月
ISBN-4101306338
ISBN-4101306346

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  久々湊 恵美
 
評価:★★★★★
普段はありそうにないようなドラマチックな話ではなく、ごく身近に起こりそうな、それでいて今までありそうでなかった話。
退職した男性が第二の人生をどんな風に過ごそうと途方にくれる物語や、熟年離婚を決意する妻の話などはどこかで目にした事があるものの、今まで夫をはじめ周囲に頼ってきた専業主婦が突然の夫の死に直面し、一体どうしたらよいのか全くわからなくなってしまうというシチュエーションは、そういうことは十分にあり得るのに想像もしたことがなかったことにハッとしてしまいました。年齢的にもまだ遠い先のこと。なんて一言では言い切れない、多分あっという間に来てしまうだろう59歳の出来事。
増して突然おきた夫の愛人の発覚や、遺産をめぐっての心無い子供達とのやりとりなど、安穏と生きていた人間にとって大きな荒波を乗り越える、という大冒険に違いありません。途中挫折して他の人の言葉に負けそうになる主人公に幾度もハラハラしました。それを頼りない足取りで息切れしながらも乗り越えようとしちゃうんだから。女は強し!

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★★☆
 「桐野夏生、丸くなったなあ!」というのが一読しての感想。だって、殺人も暴力もヤクの売人も出てこない。ぎすぎすしてみえることの多い息子や娘と主人公の関係においても、心が通じ合っていると感じられる場面が多々あった。これまで読んできた桐野作品と比べたら、穏便な内容と言っていいだろう。
 しかしもちろん、平凡な主婦が主人公だからといってこの未亡人小説(そんなジャンルあるのか知らないが)が、平凡な内容というわけではない。桐野夏生という作家はどうしてどんな立場の人間の心理でも克明に描くことができるのか(桐野さんご自身はあらゆる意味で、平凡な主婦というものとはかけ離れた存在であるように思われるが)。主人公敏子の揺れ動く心理描写に読者も翻弄されっぱなしだ。
 さて、私は常々「桐野作品は少女マンガだ!」と思っているのだが、今回も“アメリカ暮らしが長かった息子夫婦の子どもの名前が大安(だいあん)と寧賛(ねいさん)”というところに乙女チック(やや古めの)を感じた。

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  西谷 昌子
 
評価:★★★★★
 桐野夏生の描く女性は、いつも禍々しいほどの生命力に満ちている。
だがこの作品の主人公は、他の作品よりも随分ソフトかもしれない。何も知らずに平凡な主婦として生きてきたが、突然の夫の死によって、想像もつかなかったような世界を知る。夫に裏切られていた悲しみ。年を取ってから突然一人になることで襲ってくる混乱。遺産を巡って争いだす子供たち、自分が蚊帳の外に置かれる不安感。こういった数々の不条理が主人公を襲う。
だが、他の桐野作品に見られるような、女性の強い生命力はこの作品でも健在だ。逆境で悲しんだり絶望したりするのではなく、荒々しい、突き上げるような力を発揮する主人公。そんな風に、魂の強さのようなものを見せる女性の姿を見て爽快だと思う――桐野作品の一番の醍醐味かもしれない。

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  島村 真理
 
評価:★★★★★
 いつかは老後が来て、伴侶が死に一人きりになるかもしれない……と思っても、その時どうするか?なんて、真面目に考えたりしないだろう。突然夫を亡くした「平凡な主婦」敏子は、未知なる現実を容赦なくつきつけられる。彼女の右往左往しながらも、現実に真剣に向き合う姿に目が離せない。
 やっぱり女を書かせたら桐野夏生の右に出るものはいない。とくに、せっぱ詰まった女の話。夫の死を契機に、愛人登場、子ども達との関わり方、次々と難題が噴出する。はじめはアワワワワと戸惑うだけで頼りない敏子が、徐々に変化していくさまは見物だ。特に好きなのは、長男夫婦に同居を迫られて行うプチ家出。「普段したことのないことをしてみよう」というやんちゃぶりが胸のすくようだし、今後の変貌を予感させてたのもしい。
 小さな世界から大きな世界へ。そんな旅立ちは年を重ねるほど怖くなる。平凡すぎて影の薄かった敏子の成長譚は、勇気をなくしかけた我々を、なんとかなるかもよ!と励ましてくれる。

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★★★
 この作者が物語の主人公に据える女性は、村野ミロを引き合いに出すまでもなく、とにかくタフでアグレッシブなイメージが強い。しかしこの物語の主人公、59歳の主婦関口敏子は、そうしたイメージとは程遠い――どちらかといえば控えめで、ほとんど自己主張もせず、育ちが良く世間知らずな――タイプの女性である。そんな彼女が突然夫に先立たれるところから物語は始まる。
 主人公である敏子の内面の揺らぎや変化が、この作者らしいややドライな筆で、さらりと描かれてゆく。主人公やその友人たちの女性はいうまでもないが、男性の登場人物の描き方も唸りたくなるほど上手い。蕎麦にまつわる話がたくさん出てくるのだが、これがまたとても魅力的で、私も蕎麦打ちを学びたくなった。
 ところで、帯に大きな字で書かれた「女が荒ぶる」というコピーには違和感を感じた。夫の急死後、直面する容赦ない現実に打ちのめされながらも、敏子は少しずつ自分自身に目覚めてゆき、やがて毅然と、そして伸びやかに自立してゆく。決して猛々しく居直ったり、荒ぶったりなどしない。

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  荒木 一人
 
評価:★★★★★
 第二の人生の幕が開く。唐突に、劇的に、理不尽に。何の用意もしていないのに、突然の変転を強いられる。「平凡な主婦」は激変に耐えられるのか、リアルな現実がそこには、あった。彷徨する魂の行方は?
 どこにでも居そうな一家。夫の隆之が突然逝ってしまった、享年六十三歳。残された妻の敏子は五十九歳。アメリカで暮らしている彰之は三十五歳、コンビニ店員の美保は三十一歳。信じていた夫の裏切りが発覚する。自分で自分を制御できない、敏子の心は乱れる。息子と娘の身勝手な相続問題まで持ち上がる。
 人は覚悟が足りない。改めて考えさせられる。どんな事態でも用意しておけば良い。簡単に言うが実行するのは難しい。人は老い、必ず死ぬ。突然死ぬことも想定して於くべきだが、想像が現実を越え無い。桐野氏は現実を越えるから凄いのだろう。
 平凡に生きる事も、容易い事では無いのだ。

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  水野 裕明
 
評価:★★☆☆☆
 ごくごく普通の本当に自己主張もない平凡な女性が、夫の死後になって10年以上も愛人関係にあった女性がいたことを知り、さらに子どもたちの自分勝手な言動にあって、徐々に自己主張を行っていく様子を描いている、桐野夏生版“渡オニ”と感じられる作品。毎日新聞夕刊に掲載ということもあるのだろうか、「ダーク」や「残虐記」などにみられるような執拗なまでの悪意や暗い怒り、犯罪性がなく、ある意味安心して読める。解説に、作者自身作風を異にする本作のようなものを「白い作品」と形容したとあり、まさにその通りなのであろうが、その分、物足りなさも感じた。桐野作品であるからこそ、「これからは、今までしたことのない経験をたくさんしよう」と欲望する平凡な女性がどのようにデスペレートになっていくのかを読みたいとも思ったのだが……。

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