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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年2月の課題図書 文庫本班

海の仙人
海の仙人
絲山秋子 (著)
【新潮文庫】
税込380円
2007年1月
ISBN-9784101304519
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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
海に近い一軒家で暮らす河野のもとに、できの悪い神様、その名も「ファンタジー」が現れて居候生活を始める。
静かな物語。登場人物の会話はぽんぽんと弾んでにぎやかだし、衝撃的な要素も織り込まれているけれど、それらも全体の雰囲気を壊していない。さらさらと流れるような文章も心地良い。
河野も恋人のかりんも元同僚の片桐も、それぞれが自分の足でしっかりと立っている。孤独や寄る辺なさを抱えてはいるけれど、誰かにべったりと寄りかかったりはしない。きちんと節度をわきまえて他人との距離を保ちつつ、互いに思いやりをもって接する様子がとても良い。
ファンタジーなる現実離れしたキャラクターも、するりと溶け込んでいる。こいつはいったいぜんたい何者なのだ、という疑問も、読み進めていくうちに気にならなくなる。超人的な能力を発揮したりすることもなく、過剰さがまったくないあたりがこの物語によく似合う。
白い巻貝が描かれた表紙。河野が飼うヤドカリの住み処だったこの貝が登場するいくつかの場面は、ほんの一瞬でさりげないけれど、印象に残る。
自家製ソースのバーベキュー、カワハギの肝和え、貝飯のおむすびなど、登場する食べものが非常に美味しそうな点も、魅力のひとつ。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★☆☆
 寂しさの物語である。いっぱしの大人たちの孤独を東京、敦賀、金沢、新潟、名古屋、そして敦賀、会話の舞台を移動させながら淡々と謳い上げた。佳作である。
 宝くじで当選し3億円を手にした男と大手住宅メーカーでキャリアを重ねる女。宝くじ男が唯一退職の相談をした同期総務課の女とこれまた同期でありながらフランス料理店の後継者を目指し研鑽する外商部の男ともう一人(!?)出来の悪い神様。皆、それなりの齢を重ねているはずだが独身。出来ないのではなくてたまたまそうなった。だから独りで生きている。彼らは、相手に理解は求めるが愚痴は溢さない。一人ひとりが、すくっと立って今の自分を生きている。在りそうな設定の中で「神様」は異質な存在。だが、予想だにしなかった最後の展開に「神様」の名前がそれであったことがなるほどと思う。
 「あぁ、何やってるんだろ私」と呟いた社会人5年目以降の貴方にお薦めしたい本だ。悪いけどガクセイさんには時期尚早。もっと大人になったら、ね。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★★
読み終わった時はなんだかよくわからなくてあんまり面白くなかった気がするのに、後々ものすごく心に沁みてきてとても素晴らしい作品のような気がしてくる小説が時々あるのだが、今回はこれがまさにそうだった。
 田舎の海辺で仙人みたいな孤独な生活をしている主人公のもとを、ファンタジーが訪れる。ファンタジーっていうのは神様みたいなものなんだけれど、おまえの願い事を3つ叶えてやろうとか、おまえが落としたのはこの金の斧かそれとも…(これは違うか)とかいうような何かが特別できるわけではない。つまり何もできないのだが、主人公と馬が合うので同居する。そんな神様付きだけど孤独な主人公のことを、二人の女性が好きになる。どちらも孤独で、結構悲しい境遇にある。二人が抱えるのは『哀愁的東京』のような病だ。
 『哀愁的東京』を読んで『海の仙人』も読むと(ついでに『百年の孤独』も読むとさらに)、孤独というものの帰属が何なのかちっともわからなくなる。土地なのか、人なのか、はたまた人間を超越する何かなのか。理由もない淋しさを感じている人にはぜひ読んでもらいたい作品です。

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  藤田 万弓
 
評価:★★☆☆☆
まだまだいけるのではないか?

というのが率直な感想である。
芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作の本書。受賞した理由が分かる気がした。
宝くじがあたり会社を辞め、孤独の殻に閉じこもる主人公、河野。彼に居候を申し出る役立たずの神様、ファンタジー。セックスレスだが心のつながりだけを頼りに河野はかりんと付き合う。そして、報われない恋心を抱き、唯一ファンタジーに懐かしさを覚えられなかった元同僚の片桐。
孤独をテーマに寄り添うように紡ぎ出される人間関係と‘ファンタジー’の世界。現代社会を切り取る実験作であろう。心意気はとても感じる。だが、世界の再構築に関しては川上弘美の方に軍配を上げたくなってしまう。
作者自身の生い立ちと作風は鏡である。芥川賞受賞と共に新聞などで取材を受けた彼女の記事を読んでいるからか、素直に作品に溶け込むことができなかった。
作者の背景を知りたい気持ちはあるが、知りすぎても弊害が出るのかもしれない。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★☆
 ファンタジーという名の神様が主人公の前に現れ、そして彼の家に住み着き、静かに物語りは滑り出す。
しかし、住みついた神様ってキーワードでとりあえず僕の頭には、何故かしら子供の頃に『まんが日本昔ばなし』で見た貧乏神のミドリ色で貧相な顔が浮かんでくる。
 気を取り直して読み進める。童話にしてはいやに俗っぽい話しだなと否定的な考えがまず頭をよぎる。文庫本に付いていた帯の文句があまりに絶賛だったせいだろう。素直でない僕はどうあってもこの前評判の良い物語にケチをつけたいらしい。世捨て人のような主人公にもいまいち共感できないよな、うんうん。しかし抵抗もどうやらそこまでだった。
出来そこないの神様と不器用な男女が織りなす涼やかで少し悲しい大人の童話、完成度高すぎです、ただただ脱帽です。
物語の終わり、気がつけば僕も、彼らと同じ敦賀の海岸にたたずんで鈍い色の空と海を眺め、心地よい余韻に浸っていた。
 絲山秋子さん恐るべし。芥川賞受賞作もいそぎ読ませていただきます。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 自分が今やってる企画屋って稼業は、人と逢って話をするのが仕事でして、苦手だ嫌いだと言ってられない訳ですが、それでも「ああもう一生人に逢わずに済ませられたらいいのに」と厭世的な気分に陥ることもあります。どこか山に籠もって本読んでゲームやってアニメ観て暮らしたいー、って、ただのニートですかそれじゃ。言い換えるなら、俺は仙人になりたいんですよ。それで、この本。

 仙人になるための教科書みたいなお話です。曰く、求められない限りは、決して人の心の奥底に踏み込まない。自由を享受する代わりに孤独を受容する。背負い込んだトラウマは、いっぺんに解決しようとせず、時の風化作用を待つ……

 淡々と、飄々と、日々を過ごす河野の姿を、羨ましいと思いつつも、俺にはたぶん、こんな人生は3日と耐えられないだろうなあ、と思いました。優しさだとか、悲しみだとかに対峙した時、節度を持って行動するには、俺はまだ枯れ方が足りないので。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
 いつも海の気配を感じながら読んだ。
河野勝男は会社を辞め、東京から海が美しい敦賀に移り住んでいる。一言で言えば、変わり者。まるで仙人のような暮らしぶりの彼にファンタジーという不思議な神様が現われ、年上の女性・かりんとの出会いがあり、元同僚の女性・片桐が東京からはるばるやってくる。
あくまでも自分の暮らしを大切にする彼の生き方に二人の女性が微妙に関わり、そして深くなっていく。
ずっと勝男に片思いの片桐の健気さが際立つ。元同僚以上、恋人未満の関係を実にうまく書き上げている。かりんとの遠距離恋愛もその程良さがいいと思った。
そして、いたるところで勝男の敦賀への惚れ込みよう「好きな街に住むという幸せ」をひしひしと感じた。
本山、大曽根、知多、岐阜羽島など東海エリアの地名が続出し、名古屋弁こてこての男性が登場するのも、名古屋びいきの私には嬉しい限り。
この小説を書くのに二年半かかったと著者のHPに書いてあり、そうだったのか〜としみじみ。何度でも読み返したくなる一冊。

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