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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年2月の課題図書 文庫本班

ビューティフル・ネーム
ビューティフル・ネーム
鷺沢萠 (著)
【新潮文庫】
税込420円
2007年1月
ISBN-9784101325217
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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
在日韓国人の若者を主人公とする未完の三部作と、書きかけのままパソコンに残されていた1篇から成る著者の最後の小説集。物語が終わらないままに書き手がこの世を去ってしまった特別な1冊ということで、背筋を伸ばして読みたい気分になる。
国、歴史、差別、と重いものを内包してはいるけれど、読後感はとてもさわやか。主人公やその家族、友人など登場人物が皆いきいきと前向きで、気持ちが良い。
重要な小道具として登場する図書カード、実に懐かしい。今となっては手間もかかるし問題もあるのだろうけれど、カードに書かれた過去の利用者の名前を見て、「誰々さんもこの本を読んだのか」などと、その本やその人に興味を抱いたり親近感を覚えたりもできて、なかなか良いものだった。
書きかけの作品は、続きはまた明日、とでもいう感じで生々しいほど本当に未完成のまま活字になっている。続きを読みたい、とどうしても願ってしまう。収められた物語はどれもすがすがしいけれど、ぽつんと取り残されてしまったような淋しさも同時に感じる、複雑な後味だった。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★☆☆☆
 100%無理だとわかっていても想像したことはあるだろう。「もし私が○○だったら。」
 本書は鷺沢の遺作である。「これが最後」という思いが物語の進行以上に先行してしまう。
「韓国人だからさ。韓国の名前なワケよ」
「ある朝起きたら自分がユダヤ人じゃなくなっていたらどんなにいいだろう!」
 必要以上に会話文を注視し、鷺沢の「言い遺したかったこと」に思いを巡らしてしまう。
 名前にまつわる小作品が4つ。うち最後の作品は未完のまま絶筆された。ドリカムの歌詞を引用した表題作が心を濡らす。日本に生まれ日本人のように生きている。けれど、日本人ではない。それがどうした?けれどそれが気になる。私って何?自分が自分であろうとすることがとんでもない徒労を生む。ただ生きること。それが辛さを生む。
 35歳という早過ぎる享年。自死から3年。もしあなたが韓国人だったら、未完の「たったの1年で芽衣子」の後にどんな言葉を続けるだろう。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
「美しい名前」。素晴らしすぎてタイトルを見るだけでじわっとくる。読んでいる最中、何度も何度も繰り返しタイトルを見た。あたたかく美しいそのタイトルが本文とともに、新しい優しさを心に運んでくる。
 在日朝鮮人、思春期。「どうして私は韓国人なの?」「どうしてこんな名前なの?」。日本に潜在的に存在している在日外国人への差別は、彼らに容赦なく襲いかかる。通名を使い日本で生きる少年たちの苦悩と熟考が、非常にリアルな言葉で、しかし驚くほど読みやすく綴られた短編集だ。これから先、私たちが嫌でも考えていかなくてはならないことが、著者の脳みその中にはめいっぱい詰まっていたはずで、読みながら彼女の言わんとしたことを必死で酌もうとしたけれど、たぶん彼女が伝え残したことはまだまだたくさんあるような気がする。
 小説として無邪気に読むには痛すぎるのに、その内容と反比例するような無邪気な文章の書き方が本当に素晴らしかった。ただただ続きが読みたかったと残念に思います。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★★☆
 健忘症の兆候なのか、最近とんと新しく出会う人の名前を覚えられない。
それでも、幾分か誤魔化すことは可能である。会った時に「おお久しぶり!雰囲気変わってわからなかったよ」なんて言えばいい。
でも、名前が分からないことは何を意味するのか考えると、自分の中にその人が存在していないに等しいということだ。
一人の人間を理解し、意識に鎮めるというのはやはり名前というその他大勢から差別化された時点で浮き上がってくる像なのだ。
そういうことを前提に考えると、本書の内容は切実さを持って迫ってくる。
在日韓国人という韓国でも日本でも異邦人として扱われる微妙な立場の人間にとって所属する場所は結局自分の名前になるのだろう。
島国であり他国の占領下に置かれたことのない日本人には到底理解できない感覚だ。「眼鏡越しの空」での名前の組み合わせの不幸から生じた偽りへの罪悪感や「故郷の春」での主人公の語り口調で綴られる民族意識、「ぴょんきち/チュン子」の在日韓国人としての親族とのつながりの強さを日常として描く文章は、ほほえましさを覚える。
未完で収録された「春の居場所」は、鷺沢自身の最も取り組みたかったテーマを表していたと思うと最後まで読めなかったことを悔やむほかない。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★☆
 韓国と日本そして名前をモチーフに綴られた爽やかな作品が三篇、うち一篇は未完成の遺作。
デリケートな問題を扱いながらも、原寸大で親しみの持てる後味のよい物語に仕上がっている。
特に一つ目の『眼鏡越しの空』がいい。最近めっきり涙腺が弱くなっている僕は、素敵な女性達が登場するこの作品で、何故かしら涙がにじんできた。テンポの良い彼女らの掛け合いに微笑みながらも、読み終わるまでには何度かティッシュペーパーに手を伸ばすこととなった。
 ジョン・レノンが歌うイマジンのように、あたりまえだと思えたらいいのに、お互いに構えてしまう差別と言う現実。
目からウロコの一冊でした。いろんな世代の方に是非読んで欲しいもんです。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 文学作品はあくまで、作者自身とは切り離して評価すべきものだろう、と思っています……ごめんなさい。でも今回ばかりは、切り離して考えられないので。このわずか400字ばかりの評を書くのに、幾度となく書き直し、〆切ギリギリまで引っ張りました。

 迷った結果、ファンの方には申し訳ないのですが、あえて、俺は死者に鞭打つようなことを書きます。こんなにも生き生きとして、自分の人生を謳歌している登場人物たちを置き去りにしたまま、一人でこの世から去っていった作者に、俺は怒りと哀しみを感じざるを得ません。

 在日韓国人の方々の「日本人なのに韓国人」という、引き裂かれた自我がもたらすとまどいが、悩み惑い迷い成長していく青春時代の思い出とともに語られていくさまは、まさに、この作者にしか書けない世界だと思います。☆ひとつ減点は、もし、生きて最後まで書いてくれたら、間違いなく埋まったはずなのに、という意味です。

 残念です。ほんとに心底から惜しいと思います。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
 「たったの一年で、芽衣子         」(「春の居場所」)
このあとの空白は誰にも埋められない。(未完)の文字がこれほど悲しく目に映ったことはない。
 鷺沢萠、最後の小説が収録されたこの短編集。未完の作品も二つ収録されている。
 全編を通じて、まるで鷺沢さんから直接話しかけられているような親しみを感じ、同時にその地下水脈を流れる彼女の熱い思いを感じた。そして「ビューティフル・ネーム」このタイトルに在日コリア三世である彼女のさまざまな思いが込められていることを読後に思い知る。
 在日コリア三世だが通名を使わない主義の家で生まれ育った高校時代の先輩が登場する「眼鏡越しの空」の中のセリフが忘れられない。
 ──うおおおおお! 本名書きてえッ!
重松清さんの解説で明らかにされた、彼女がいかに名前を大切にしてきたかを思わせるエピソードも深く胸に刻まれた。

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